ーーー9。

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幼稚園帰り、家の近くにある公園へと立ち寄って砂場の砂を一生懸命掘りながらも「ママ落とすから待っててね」なんてちょっと危ない発言をしている心と、「もうすぐ俺の最強かっこいいお城出来る」と砂をただもさもさともり上げている真を見つめていた。




いやあー今日も平和である。




しゃがみ込んで、あたしも手元にあった心の小さいスコップで砂を無意味にザクザク掘りながらそんな事を思っていると。




「あ、光ちゃんだ!!」




ついっと顔を上げた心が突然脱兎のごとく駆けだしていった。




――――ちょっと待とう!!危ない!!




「心待ちたまえ!急に走ったらどうなるのー!」



「はっ!車にひかれるかもしれないからダメ!」



「その通り!」




慌てて呼び止めたあたしの声に駆け出していた心がピタリと急停止する。




勢いよく敬礼をして頷くと、ゆっくりと再び歩き出し公園の前を通りがかった見知った人物を。




「光ちゃあああああんっ!!」




大声で呼び止めた。




辺りに響く大きな声に呼び止められた当人である光輝が、「うるせえ…」と顔を顰めてこっちを見た。




良く気が付いたなあと感心しながらもあたしも心に続き「光ちゃんやっほー」なんて呼んでみたら。




「ぶちのめされてえのか」




と、真顔で言われたので慌てて口をつぐんだ。




奴は本気であった。




「光ちゃんだ光ちゃんだーなにしてんのー」



「うるせえよ」



「光ちゃんおひまなのー?どこ行くのー?何するのー?」



「……買い物」



「買い物おー?」




心に引っ付かれながらも、それを振り払うでも無く、ただされるがままになっている光輝はこれでもかというくらい鬱陶しそうに顔を顰めて言った。




嫌なのか嫌じゃないのか良く分からんな。




「買い物って夕飯の買い物かい?」



「光ちゃああああんっ!」




問いかけたあたしの言葉を大声で遮ってきたのは真で、勢いよく駆けてくるとそのまま光輝の腰にしがみ付いた。




「光ちゃん何やってんだよー!あそぼー」



「遊ばねえよ」



「砂でお城作って光ちゃん!」



「ねえ光ちゃんすべり台しよー」



「こらこら君達、光ちゃんはこれから買い物行くって言ってるから邪魔したらいかんよ」



「光ちゃん呼ぶんじゃねえ」



「はい、すみません」




良いじゃないか光ちゃん、可愛い呼び名じゃないか。




けれど真と心は光輝から離れるどころか、さらにぎゅっと強くしがみ付いていて。




「ねえねえ何の買い物すんのー?」



「ご飯の買い物するのー?それだったら一緒に行こうよーうちで一緒にご飯食べようよー」



「ふざけんな、行かねえよ」



「光ちゃん心の事嫌いなの?」



「光ちゃんうちでご飯食べるの嫌なのかよ」



「………」



「光ちゃん、忙しくないなら一緒に買い物行ってうちでご飯食べていきたまえよ。つーくんも喜ぶし」



「光ちゃん呼ぶんじゃねえよ」



「はいはい失礼しました」




鋭い双眸に睨まれて降参ポーズで両手を上げる。




そんなあたしと同じように真と心も「きゃー!」「わーい!」と両手を高々と上げて、これじゃあ断るにも断りにくいだろうなあ。




「用事が無ければって話しなんだけどね」



「……用事は、ねえけど」



「無いんだ。じゃあ来たまえ」




そう言う事ならばあたしもぐいぐいいかせて頂こう。だって光輝って放っておくとご飯とか面倒だったら食べない生活とか送ってそうなんだもん。




そのまま半ば強制的に真と心に連行され、光輝をスーパーへと連れてきた。




「ねえ光ちゃん俺と一緒にお菓子えらぼー」



「心も一緒にいきたいー!」



「おいしいお菓子教えてやるよー」



「君達、店内では騒いじゃいかんよ。あと光ちゃんにひっそり買って貰うの禁止だからな、特に真。母の目を誤魔化せると思うでないぞ」



「ぎく……」



「仕方ない、今日はお菓子2つまで許してあげよう」



「わああああああい!光ちゃん行こうー!」




だから騒ぐでないと言っているのに。




光輝を連れてお菓子売り場へと急ぐ心と真に溜息を吐きながらも、あたしはあたしで野菜売り場へと足を向けた。




ふと顔を上げると野菜売り場には人だかりが出来ていて、本日限定の特売がされているではないか。何だと完全に見逃していた。チラシに書いてあったんだろうか、これは大変だ。




慌てて見に行ってみると、ご家族様2袋まで限定、じゃがいも、人参、たまねぎの袋詰めがまさかの50円……だと。




「光輝っ!!光ちゃん!!!」



「てめえまじでぶっ飛ばすぞいい加減」




あたしは急いでグルリと踵を返し、お菓子売り場で心と真と仲良さそうにお菓子を選んでいる光輝の服を強引に引っ張った。




「由々しき事態である。助けてくれ」



「ママどうしたの」




どうしよう、こんな時につーくんが居ないなんて痛手すぎる。




だが日ごろの行いが良いのか、最恐(ここ重要)助っ人が居るから慌てるべからず。




光輝はあたしの手を乱暴にひっ叩くと「っち」としっかりハッキリ聞こえるように舌打ちを放ってくる、がこんなものはもう聞き慣れたので反抗期の息子くらいな感じで怯まない。




今はそう、時間が無いのだ。




「本日限定で大安売りの袋詰め合戦が開催されておる、手伝ってくれ!!」



「………あ?」



「なにそれー心もやりたいー」



「おれもやりたいー!」



「是非に頼むぞ子供達よ。だが家族で2袋までなんだ、良く聞きたまえ家族会議を行う」



「はい!」



「はーい!」




おいでおいでと手招きしたあたしの元に心と真が素早く駆け寄り、ピシっと敬礼して頷いた。




おいそこのもう一人の息子、お前もだよさっさと来なさい




「良いか、まず袋は最初に精一杯伸ばすのが鉄則である。その後はひたすら詰めるんだ。もう無理ってところで諦めてはならない。もう無理のその先まで一生懸命押し込むのだ、以上!」



『ラジャー!』




心と真は分かったのか分かっていないのか、とりあえず元気な声で頷いてあたしの手をそれぞれ握ると楽しそうにスキップしながらも着いてくる。




一方光輝は物凄い形相でこっちを睨んでくるが、絶対に逃がしてはならない助っ人なので心に確保させて無理矢理戦場へと連れてきた。




そこは大戦争が行われていたけれど、小さい子には優しい奥様方は心と真を前の方へと通してくれて押し合いへし合いに巻き込まれないようスペースを作ってくださった。




さすがスーパーを知り尽くした心優しき方々である。




ーーーーさて問題は。




「良いか光輝、全力で押し込め。お前の気合いを見せてくれ。遠慮はいらねえ」



「お前本当にうぜえな」




さっきから般若のような形相になっている光輝だけれど、真に「光ちゃん俺が袋伸ばしてやる!」と誘われると仕方無さそうに真の後ろへと着いた。




「ママこれくらいでいいー?」



「心よ、後もう少しだけ引っ張ってくれ。そしたら母頑張れる」



「分かった!」




ぐいーっと袋を引っ張った心に良し任せろと腕まくりをして人参ジャガイモ玉ねぎと袋の中に押し込んでいく。心もあたしの隣で袋の中にそれらを押しこんでくれていて。




ふと隣を見ると、何だかんだ真と協力して光輝も袋の中に渋々ながら野菜を押しこんでいる姿があって微笑ましかった。




「今日はそれ使ってカレーにでもしようか」



「話しかけんな。お前と知り合いだと思われたくねえ」



「それは無理な話だ」



「むりな話だー」



「だー!」



「………」




ちょっと光輝さんや、手が止まっていますよ。




不服そうにジロリとこっちを睨んだ光輝に視線で促すと、口をへの字に曲げてそれでも黙々と最後の追い上げに入ったのだった。







「いやあー沢山買えた買えた。我が家は暫く人参じゃがいもたまねぎさんは買わなくて済むね。光輝ありがとう助かりました」



「光ちゃんお礼に今日とまってっていいよ。おれの部屋で一緒に寝ようぜ!」



「心も一緒に寝たい!」



「泊らねえよ」



「え……なんで……おれの事嫌い?」



「……心の事嫌い?」



「………」



「あははーさすがの光輝も子供達には勝てませんな。素直に泊まって行きたまえよ」



「家族でもねえのに」




ぽつりと呟くように言った光輝の言葉は、あたしにしか届いておらず、隣を歩いている真と心は今日の夜光輝に読んでもらう絵本について熱心に討論していた。




あたしの腕から乱暴に買った食材が入ったエコバックを奪い取った光輝は、一瞬吐露してしまった言葉を遮るように歩き出したーーーーのでその首根っこをむんずと引っ掴んでやると身構えていなかったからか物凄くヨロけた。




「てめえ」




ギロリと恐ろしい双眸を向けられて肩を竦める。




「家族じゃん」



「……は?」



「少なくとも、あたしも翼もそう思っているんだが。光輝はあたしからすると反抗期の息子だし、つーくんからしたら兄弟みたいな感じだと思うぞ」



「勝手に家族にすんじゃねえ」



「そう言うと思ったから勝手に思ってる。だから家族じゃないからとかそんなの気にする必要無いよ。あたしもつーくんも心も真も光輝に居て欲しいって、我儘押し付けてるだけだからな」



「………」



「光ちゃんは何の絵本読んでくれるのかなー」



「……読まねえ」



「読んであげておくれよー」




あたしの隣を大股で通りすぎていった光輝の背中を「光ちゃん待ってよー!」「お手てつながないと危ないってママ言ってたよ」と真と心が追いかける。




数歩先を歩いていた光輝は仕方無さそうに立ち止まって、エコバックの紐を肩へとかけると両手をぶっきらぼうに突き出した。




その手を二人がぎゅっと掴み、家路に向かって歩いて行く。




その背中は完璧に家族そのもので、素直じゃない息子であると心の中で思うのだった。

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