第90話

ああもう、らしくねえなあ





もう1度、歩き出す。

さっきよりも、速足で。

歩幅を広げて。


パンプスを履いてんのも痛くて、いっそ裸足で歩きたいくらいだ。

肩もこってるし、腹も減ったし、喉も渇いた。

あ~っ、早くビール飲みてえな。



早く見つけなきゃ。

見つけたい。

見つけるから。



ジャケットのポケットにしまっていたスマホを取り出し、画面を見ると1分前に彼女から着信があった。

慌ててリダイアル。

出てくれよ。




「もしもし!」


「やっと、繋がった」


は~っと大きな溜め息。


「ごめんなさい、ナンパに絡まれちゃって。

 逃げてたから、スマホ弄れなくて」


「おいおい、大丈夫だったんか?」


「うん、大丈夫。

 森本さん、今何処?」


「××の店の近くにいる」


「う~ん、解んないや」


「私がそっちに行く。

 近くに何が見える?」


更に歩く速度をあげる。


「居酒屋?が見えるよ」


「大雑把すぎんだろ。

 もうちょいヒントくれ」


「ヒント…う~んと、あ、すき家が見える!」


「解った。

 じゃあ、すき家で落ち合おう」


「うん、解っ…」


電話の向こうが五月蠅い。


「おい、お嬢ちゃん、聞こえてるか?」


「よ、酔っ払いが絡んで…や、やめて下さい!」


全く、何でこう彼女はいつもトラブルに巻き込まれるんだ?

護身術として、空手かボクシングか柔道でも習わせた方がいいかね。


スマホを耳に当てたまま、小走りで目的の場所を目指す。

こんな日に、こんな時に、面倒事なんて勘弁してほしい。

早く彼女の元へ行かないと。


「お嬢ちゃん、すき家の中に逃げろ」


言ってみたが、彼女からの返事は聞こえない。


「お嬢ちゃん?」


「ごめんなさい、振り切って逃げたら、すき家が遠くなっちゃった。

 酔っ払い、まだその周辺にいるかも」


「解ったから、そこにいてくれ」




この糞寒い中、何で汗かきながら走ってんだか。

風邪引いたら、絶対彼女のせいにしてやる。

けど、ベッドの中で過ごす正月はごめんだ。





ん?

あれは彼女か?

背格好もそれっぽい。

やっと見つけた。

まだ少し距離がある。


「お嬢ちゃん、後ろを振り返ってみて」


反応がない。

スマホを見てみたら、画面は真っ暗だった。

ちくしょう、こんな時に充電切れとかありえんだろ。


流石に疲れてきたから、速度も落ちる。

息も絶え絶えだ。

ヤニ中毒者を走らせんなって。

肺が悲鳴をあげてるし、明日は筋肉痛は確定だし。


サンタさんよ、プレゼントは衰えのない体をくれ、まじで。


追い付きそうなのに、信号で足止めを喰らう。

タイミングの悪さに、素直に舌打ちをした。

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