第14話
ここから先は、テレンスの蹂躙だった。
そもそもフィールディングの森に住む気まぐれな魔法使いだと皆認識していたし、特に筋肉質には見えない彼だが、異様に戦い慣れていた。
村人たちが次から次へと襲いかかってくるのを、ローブの下に仕込んでいた杖を使っていなしていくのだ。
ベティはそれを唖然と見ていた。
「お前は! いつもいつもいつも! 邪魔をして! 村から出ることも、子を残すことも……!」
「勘違いするなよ、害獣が。お前らはここに住むことを条件に生かされているだけだ。それ以外の自由があると思うな」
普段の剽軽な口調は完全に消え失せ、テレンスは投げられた椅子は杖から出した風で吹き飛ばし、飛んでくる酒樽、コップは杖で一刀両断に粉々にしていく。
もう村長宅は酒の匂いとはちみつの匂い、そして怒気を孕んで混沌状態となっていた。
なんとかベティは起き上がり、ぐちゃぐちゃにされた服を胸元で抑えると、飛んでいった剣を取ろうとするが。その剣先をクラリッサが踏みつけたのだ。
「クラリッサ……私はあなたとは戦いたくない」
「……困るの。私たち、あの人にずっと自由を奪われてきたんだから」
彼女の口調は、被害者のものだった。しかし、既に村人全員から襲われ、危うくそのまま回され続けるところだったベティは、それが真実であったとしても間違っていないとは言い切れなかった。
なんとかベティは剣を抜こうとしても、クラリッサのブーツがずっと踏みしめているため、引き抜くことができない。
「私たちは子をつくりたいの! 男の人が欲しい! でも駐屯所にはなんでか近付けない。テレンスは怖い。だから来てくれるのを待つしかできなかったわ! 前の人は素敵だった。でもあの子はあの人を独り占めしようとしたのよ」
「前の人……ここで亡くなった騎士のことか!?」
デニスからも駐屯所の騎士たちからも聞いた、騎士と村人が駆け落ちしようとして雷に打たれて死んだ話。
雷は村人を狙ったはずであり、騎士が死んだのは事故だと思っていたが。この話だと事情が変わってくる。
クラリッサは剣先を踏みつけたまま、自分を抱き締める。普段のワンピース姿にはない色香が、古い形のドレスにはあった。
「皆であの人を共有して、子をつくろうって計画したの。ひと晩につきひとり相手してくれたら、それでよかった話だったのに。あの子はあの人を独占して、逃げようとしたのよ? だから怒ってテレンスに通報したら……あの人ごと死んじゃったわ。こんなことってある?」
「それじゃあ……その騎士は種馬じゃないか……!?」
テレンスが殺したのは、妊娠した疑惑のある村人だけじゃない。村の女たちから完全に種馬扱いされた男を殺さなかったら、子ができるからやむを得ず騎士も殺したのだ。
現状淡々と村人たちを蹂躙し回るテレンスに視線を追う。とうとう、テレンスは杖の先に光を点した……それが一閃した途端、村人が倒れ、ピクリとも動かなくなった。
邸宅内に悲鳴が轟く。焦げ臭いにおいは、どう考えてもテレンスの持つ杖から放たれたにおいだった。
「よくも……よくもトニーを……!!」
デニスが持ってきたのは、畑作業用の鍬だった。鍬をかまえたデニスを、テレンスは冷たい目で眺めた。
「その同族意識、そこの女騎士にひとつでも向けてあげたら、もうちょっと優しくしてもよかったのにね」
そう言いながら、テレンスは杖を構えた。杖に光が灯るのを確認し、デニスは大きく跳躍した。得物の長さはどう考えても鍬のほうが長く、魔法が発動する前にテレンスの頭を鍬で抉れば終わる。そう踏んだんだろうが。
テレンスの魔法が発動したのは、鍬が彼の頭を抉る直前……デニスの頭を貫いたのは、テレンスの指先から発動した光だった。テレンスは指先から焦げ付いたにおいを放ち、「ふっ」と息を吹いた。
「体が焦げるし、匂いがしばらく残るから、体を通して魔法を使うのは苦手なんですよね……あまりに殺気立っていたので、杖は囮に使いました」
デニスが脳天から煙を出して倒れたのを、ベティは茫然と見ていた。ここでなにも起こらなかったのなら、ベティは平気でテレンスを恨むことができたし、デニスに対して悼むことができた。が。
デニスが自分が襲われているのを見守られ、同じ顔の他の男たちに服を剥かれるのを眺められたときに、既にふたりの関係には温度差があることに気付いてしまった。
フィールディングの村民は、自分たちとそれ以外でばっくりと区分してしまっていた。子を孕もうが子を孕ませようが、そこから先にはどうしても入れないのだ。
「兄さん……! このっ……!」
とうとうクラリッサが剣先を足でへし折ると、それを拾い上げてベティの首筋に押し当てて「動かないで!!」と叫ぶ。
「テレンス! 止まりなさい! 魔法を使うのを止めなさい! でないとこの女殺すわ!」
「おやあ? 君の兄は今死んだし、彼女はこの村唯一のよその女になりますが?」
再び丁寧語を使って挑発的な物言いをしてくるテレンスに、内心ベティはイラリとしたが。それより先にクラリッサが吼える。
「全然言うこと聞いてくれないから、もういらないわ! ならいっそ、あなたがさっさと脱いで村の女を全員抱いてくれたら、それでおしまいですもの!」
それにベティはぞっとした。先程は騎士を種馬扱いし、今度はテレンスを種馬扱いする。どこまで言っても節操がなく、貞操観念もない。
本当にどこまでもフィールディングの同じ顔の人々は、村の存続以外には全てのことを捨て去っている。
しかしクラリッサの申し出を、テレンスは鼻で笑うのだ。
「どこまで言ってもおめでたい連中だ。僕ぁ別に、この村で大人しくしている限り手を出さないだけで、村外の人間に手を出した時点で、生きて終わらせる気は毛頭ないけど」
「な……この女、本当に殺すから……っ!」
「どうぞご自由に」
ベティは半眼になった。テレンスは常々ベティに毒消しハーブティーを出す程度には、配慮はしていたが。クラリッサに剣先を向けられても助ける気はないらしい。
つまりは。
(……自分でできることは自分でしろってことか……私は先程まで付き合っていた恋人に死なれたばかりなんだが、甘やかす気はないってことか)
ベティは溜息を付くと、掴んでいた剣の柄を握り、柄の底を使って思いっきり自分に剣先を宛がっていたクラリッサを殴った。
「ぐぉっ……!」
「……私は、これでも訓練を受けた騎士なんだ」
男の前では多勢に無勢であったとしても、同じ女の前では負ける訳にはいかない。
服は乱されたままで胸も開き、ジャケットは着ている暇がなかったが。剣先の折れた剣を握りしめて、ベティは叫んだ。
「……婦女暴行の件で、貴様ら全員しょっ引く!」
「甘いこと言いますね、全員虐殺ですよ!」
「いい加減なことを言うな。そもそもお前は結局何者なんだ」
ベティは半眼でテレンスを睨んだ。
ここまで戦い慣れていて、村人のまずさを熟知した上で監視していた以上、一介の魔法使いな訳がない。
「ああ、どうもー。宮廷魔術師団第一師団所属なんですよ、これでもー」
そう軽口を叩くのに、ベティは半眼になった。
宮廷魔術師の中でも、特に第一師団所属の者たちは国王にも意見をできるほどの魔法使いであり、民間の魔法使いとは権限も知識も段違いな存在だ。
でもそんな宮廷魔術師が、わざわざ監視して、わざわざ村人を虐殺して終わらせようとしている案件。
(これは……なにも言わず、なにも聞かず、なにも知らないまま立ち去れって案件。相当まずいことなのでは?)
ひとまずベティは、全部が片付いたらテレンスを問い詰めないといけないと思った。
服まで剥かれ、剣も折れた。せめて真相を聞き出さないとやってられない。
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