第1話

第一話



     歌祈かおりへ。



   ☆



 長い間心配かけてごめんね。

 あたし今、ロサンゼルスにあるママの実家にいるんだ。一体何からどう伝えたらいいのか分からなくて、考えていたらだいぶ時間が過ぎちゃった。電話しようかとも考えたんだけど、冷静に話せるような状態じゃなかったから、こうしてロサンゼルスから神奈川へエアメールを送る事にしたの。

 まず初めにこれだけは言わせて。

 毅からは、

「コスモを警察の追及から逃すためには、本当の事を知っている人間は一人でも少ない方が有利なんだ」って言われてるの。でも、歌祈にだけは何が起きたのか本当の事を全部知って欲しくてあたしはこれを書いたんだ。そうでないと心置きなく歌祈とサヨナラできないから…。ただね、正直に言うと、今さっき書いたようにあたしもまだ気持ちが落ち着いてないんだ。だから分かりにくいと思われるような事も書いちゃうかも知れない。それでもできるだけ分かってもらえるようにきちんと書くからお願い、ちゃんと最後まで読んで。


 あたし、親父を刃物で刺しちゃったんだ。身を守るためにはそれしか方法がなかったの。ママはあえて「まだ生きてた」っていう言い方をしてくれてたけど、あんなにひどく刺された人がまだ生きてただなんてとても思えないし、たとえあの時点ではまだ息があったのだとしても、どのみちもう助かるとは思えないぐらい、あたしもう本当にメチャクチャに刺しちゃったんだ。だからあたしは自分が殺したんだと思ってる。

 親父のやつ、実は三年生お別れ会を観に学校へ来てたんだって。普通に考えたら、あの呑んだくれのクソ親父が学校になんか来ているわけがないって思うよね。そもそも親父のやつ、あの日は確か仕事のはずだったんだ。それがどういうわけか三年生お別れ会に来てたのよ。

 知ってのとおりあたしたち、お別れ会のライヴが終わった後、「桃色ウインドベル」のメンバーだけの打ち上げをするためにみんなでシーサイドメモリーへ行ったよね(まさか歌祈の家のお店に行けるのがこれで最後になるだなんて、あの時は夢にも思ってなかったよ)。親父のやつ、その間にだいぶ呑んでたみたい。家に着いたらもうデロンデロンに酔ってたんだ。

 打ち上げが終わった後、これまた歌祈も知ってのとおりあたしはユータと一緒に毅の車に乗せてもらったよね(あの時、わざわざお店の外に出て駐車場まで見送ってくれてたし、もちろん忘れてないよね)。車に乗り込んだ後、あたし毅にお願いしたんだ。

「もういい加減ユータと二人きりになりたい。家の近くのコンビニで降ろして」って。毅はあたしの言うとおり、コンビニまで送ってくれて、あたしとユータは一度は一緒に車から降りたの。その後ユータと二人で、やれ、

「ティアーズ・イン・ヘヴンはクラプトンが死んじゃった息子の事を想って作った曲なのに」とか、

「天国にいるコスモのお兄さんも喜んでくれてるといいな」とか、

「鎌高の文化祭が今から楽しみだね」とか、

「一年の女の子たち、コスモが声をかけたらきっとみんな文化祭へ来てくれるだろうね」とか、いつもと同じように楽しくおしゃべりをしながら家まで歩いたんだ。手を振ってユータと別れた後、家に向かったら、どういうわけか窓から電気がついているのが見えたんだ。ドアを開けたら玄関に親父の靴が置いてあった。その瞬間ものすごく嫌な予感がしたんだ。まるで自分の家じゃなくて、入ってはいけない別の世界に迷い込んでしまったかのような、そんな感じの予感を…。居間に入ったら親父がいた。いつもよりだいぶひどく酔ってるのはもう一目瞭然だった。コタツの上にはまな板と、サラミと、…それから、包丁があったんだ。

「さっきのアイツの話は一体なんだ…」

 親父はいきなりそう言い出したんだ。呂律が回ってなかったし、しゃっくりもしてたから、よけいに聞き取りにくかった。何の事を言っているのか、最初あたしにはちっとも分からなかったよ。

「…何が"いい人だったと聞いてます"だ…」

 親父はそう言いながらコタツの上にあった三年生お別れ会のチラシをあたしの足元に投げて寄こしやがったんだ。それであたしやっと分かったの、…あ、ユータの事を言ってるんだって。

「…会った事もないくせに知った風な口を聞きやがって…」

 お兄ちゃんが精神科の先生と協力して親父をアルコール病棟に強制入院させた事と、その事で親父がお兄ちゃんをずっと逆恨みし続けてた事、前にも何度か話したよね。そんなお兄ちゃんをお別れ会の一番最後で、「いい人だったと聞いています」って全校生徒に紹介したユータに、親父のヤツそうとう腹を立てながら呑んでたみたいで、チラシを放り投げるなりそれはそれはものすごい剣幕で悪く言って罵りだしたのよ。

「…しかも、"このギターが実は形見の品だったと知らされた時、その人はすでにもう天国へ旅立っていました"だって? しかもそう言った直後に、よりにもよってクラプトンのシグネイチャー・モデルのブラッキーでクラプトンの『ティアーズ・イン・ヘブン』を弾き語り? あれはあれか? 英語の歌が唄えるのを全校生徒の前で自慢したかったのか? お前の彼氏はまたずいぶんキザな男なんだな」

「それの一体どこがキザだって言うのよ!」

 あたしがそう反論したら、親父のヤツ逆ギレしやがって今度はこう言いだしたの。

「あのガキが一番大切にしてるものをメチャクチャにしてやる」

 言うやいなやあたしはスカートを掴まれて引き倒されたんだ。制服もブラウスも引きちぎられて、ボタンが取れて胸まではだけた。あたしが何度、「嫌だ! 止めて!」って言っても聞いてくれなかった。ダメ元なのはもちろん分かってたけど、親父にだけは犯されたくなくて必死になって抵抗した。そしたら弾みで畳の上に包丁が落ちたの。それを見た瞬間、今までの恨み辛みが一気に爆発しちゃった。こんな信じられないくらい臭いヤツはもう人間じゃないって思った。ためらいなんてこれっぽっちもなかった。あたしの体に乗っかろうとしてる親父の背中目がけて、何度も何度も包丁を振り下ろして突き刺した。犯されたくない一心で、必死だった。しばらくしたら親父が動かなくなった。親父の体の下から這い出ようとした時、ママが帰ってきた。ママ、一瞬で全部分かったみたい。そりゃそうだよね、制服の胸がはだけて、血だらけになってるんだもん、分からない訳がないよね。

「血のついた制服を脱いで早く着替えて! そしたらすぐに家を出なさい! そして毅のケータイに電話して迎えに来てもらいなさい!」

 あたしはママに言われたとおり、すぐに着替えて家を出たんだ。で、コンビニまで走って公衆電話で毅のケータイに、

「毅お願い! もう一度コンビニまで迎えに来て!」って連絡したの。

 まさかあたしが親父を刺したなんて夢にも思ってなかったんだろうね、

「どうした? ユータと喧嘩でもしたのか?」とかなんとか、最初はひどく呑気なこと言って笑ってたんだ。もちろん、ユータと喧嘩だなんて悠長な話なんかじゃなかったから、「違う! とにかく早く迎えに来て!」って、あたし必死に訴えたんだ。それから五分ぐらいしたら毅が迎えに来てくれた。だからあたし、親父を刺しちゃった事を車の中で正直に話したんだ。毅、そうとう驚いてた、当然だよね。とにかく、事の顛末を一から順々と話したの。そしたら毅、

「あり得ねえ。まさか叔父さんがあの現場にいただなんて…」って、頭を掻きむしりながらため息ついてた。

「…ところでフランシス叔母さんは今どこで何をしてるんだ?」

「分からない。"毅のケータイに電話して迎えに来てもらいなさい!"としか言ってなかったから…」

 あたしがそう言った瞬間、サイレンを鳴らして走ってる消防車とすれ違ったんだ。

「ま、まさかな…」

「うん、あたしもさすがにそれはないと思う…」

 あたしも毅も、その「まさか」が何を意味しているか、いちいち確かめなくても嫌というほど分かってた。でもまさか、その「まさか」が現実になるなんてその時はこれぽっちも思ってなかった。

「とりあえずいつでも連絡が着くように、うちのガレージで待つ事にしよう。多分フランシス叔母さんもそういうつもりで俺に連絡しろって言ったんだと思う。それと一応念のため、俺の親にはコスモを連れて来ている事は内緒にしておこう。本当の事を知っている人間は、この場合一人でも少ない方がいい。コスモはバレないように裏口からガレージへ入れ」

 まさかお兄ちゃんや毅はもちろんの事、歌祈やユータたちとも一緒にバンドの練習をした思い出の場所で、日本での最後の夜を過ごす事になるだなんて、やっぱりこの時は夢にも思ってなかった。

 しばらくしたら毅の言うとおり、ママもガレージへ来たんだ。

「まだ生きてたケダモノに、灯油を撒いて火をつけた。一緒に焼け死のうかとも思ったんだけれど、死ねなかった。それでママもここに来た…」

 そう聞かされた瞬間、やっぱりあの時すれ違った消防車は、ママが火をつけた家を消火するために走ってたんだ。…あたしも毅も、目を見合わせお互いそう考えてるって確信し合った。

「…家を出る時、コスモのパスポートと最低限の着替えだけは持ってきておいた。ロサンゼルスへの行き方は覚えてるわよね。コスモを見送ったら自首する。おばあちゃんの所へ行きなさい」

 ママがそう言うから、あたし、最初は一緒に逃げようって言ったんだ。でも、ママはこう言って聞かなかったんだ。

「ママが悪かった。お兄ちゃんが死んだ時も、お父さんは何もしなかった。あんな人はあの時点でとっとと見限って二人でアメリカへ帰るべきだったんだ」って。

 それからママ、こうも言ってたの。

「日本にいたら、犯罪者の家族と言われて肩身のせまい生き方をする事になる。ただでさえ、お父さんの酒癖が悪いせいで肩身のせまい思いをさせてきたのに、本当にごめんね、お父さんにされそうになった事は誰にも喋らない。焼死体の刺し傷も、ママがやったと証言する。ママ達がコスモをそんな風に育ててしまったの、だから罪は全部ママが被る。あんな人は死んで当然なの。だからこの事でコスモは苦しまなくていい。とにかく、あの日あの時、あなたはあの家にいなかった。学校が終わった後、毅と一緒に真っ直ぐ毅の家に来た。いいわね?」

 ママがそう言った時、正直あたし、安心しちゃったんだ。さっきまで一緒に逃げようって言ってたくせに、逆に自首して欲しいと思ってしまったの。あたしってホント、ヒドイ女だよね。

「罪を償ったらママもアメリカへ帰る。もう日本へは戻らない」

 あたしももう、日本に戻る事はないと思うんだ。歌祈とは一生友達でいたかったけど、もう、無理だよ。ママは何度も、何度も何度も、そして何度も、「まだ生きてた」って言ってくれてたけど、そんなの嘘だとあたしは思ってる。何度も何度もそう言っていた、…という事それ自体がもうすでに、「嘘」だって事の何よりの証拠だよ。最初に言ったように、あんなにたくさんメッタ刺しにされて動かなくなった人がまだ生きてたなんてあるわけない、たとえまだ息があったのだとしても、どの道親父はもう助からないよ。つまり、たとえ正当防衛だろうとなんだろうと、あたしはもう立派な人殺しなんだ。

 あたしとママはその後一晩だけガレージに泊めてもらったんだ。

「昨日もこの事にはチラッと触れたが、フランシス叔母さんとコスモがここにいる事は、俺の親には知られない方がいい、バレないうちに早くここを出るんだ…」

 毅に言われたとおり、羽田空港でキャンセル待ちのチケットを取るために、明け方のかなり早い時間にガレージを去ったんだ。

「…警察の追及からコスモを逃すためには、本当の事を知ってる人間は一人でも少ない方のが有利なんだ、ただしユータだけは例外だ。なぜならユータはコスモの家のすぐ近くに住んでるからだ。コスモの家が火事になった事はすでにもう知ってると考えた方が自然だろう。それだけじゃない、火事で焼け死んだのは叔父さんじゃなくコスモだと思い込んでる可能性もある…」

 毅にそう聞かされるまで、ユータがそう思い込んでいる可能性なんてあたし全然考えてすらいなかったんだ。自分の事ばっかりで、きっと気持ちに余裕がなかったからなんだろうね。今更もいいところなんだけど、もしそうなら、ユータのやつきっとショックを受けて相当泣いてるだろうな、って、あたしは心底からそう思ったんだ。

「…ユータにはこの後、直接会って俺からこう言っとく。『もし万が一警察が来て事情を聞かれたら、"昨夜家の近くのコンビニまで送ってもらった後、僕は一人だけで車から降りました。その後毅さんとコスモがどこへ行ったのかは知りません。何も聞かされてないんです"と答えろ。とにかく、何をどう聞かれても"何も聞かされてない、知らない、知らない事には答えられない"と言い張って切り抜けろ』って。もちろん、もし来るとしたら警察は、ユータよりもまず先に俺の所へ来るだろう。その時はフランシス叔母さんの話に口裏を合わせてこう答える。"確かにコスモは昨夜ここにきた。バンドの方針について話し合いたかったからガレージへ連れてきたんだ。そのままコスモはガレージに寝泊まりした。朝起きたらいなくなってた。てっきり学校へ行ったんだろう思って特に何も気にしなかった。後は何も知らない"ってな。大丈夫、俺はお巡りの職質には慣れてる、だから心配するな」

 大丈夫、と言う割には毅、なんだかひどく不安そうだった。当然だよね。人殺しを警察から逃すだなんて立派な犯罪だもん。いくらワルの毅でも、ここまでひどい悪事を経験した事なんてあるわけがないんだ。だけど、とにかく今はもう毅に頼るしかなかったから全部任せる事にしたんだ。

 最後にガレージを出る時、あたし毅に強くお願いしたんだ。

「ユータと歌祈の事、どうかこれからもよろしく面倒見てあげてね…」って。

「…特にユータは、お兄ちゃんや毅なんかと違って喧嘩はぜんぜん強くないし、だからもしイジメられそうになってたら助けてあげて」って。

「任せろ! もっとも、バックに俺が控えてる事はすでにもう全校中に知れ渡ってるし、ユータに手ェ出すような物好きはそうそういないだろうけどな。ま、とにかく心配するな」

「それだけじゃない。あたし本当は分かってたの…」

 あたし今まで決してユータに言えなかった本音を毅に泣きながら打ち明けたの。

「…ユータのやつ、あたしと付き合うまでは本当はもっと友達多かったんだ。それがあたしと付き合っちゃったばっかりに友達がうんと減っちゃった。もちろんあたしだって気まずかったよ。でもあたしが鎌高へ進学するためにはユータの力どうしても必要だったから、その事にはあえて気づいてないふりしてずっとユータに甘えたの…」って。

「…だから毅、お願いだからユータと友達になってあげて!」

「言われなくたってそのつもりさ。まあもっとも、ユータが俺をどう思ってるかは分からんがな。どうもアイツには俺を避けてるようなところがあるから」

「そんな事ないよ。だって昨日ユータのやつ、"確かに俺たち音は合う"って認めてたもん。それともちろん、歌祈の事もお願いね」

「とにかく、分かったよ。日本での事は全部俺に任せろ!」

 最後にあたし、「毅と顔を合わせるのはこれで最後かもね。今まで本当にどうもありがとう」、そう言ってからガレージを出たんだ。後は打ち合わせどおり、羽田空港でキャンセル待ちをしてあたしだけロサンゼルスへ逃げて来たの。



   ☆



 あたしは歌祈だけは絶対的に信じてる。信じてるからこそ全部を正直に話したんだ。でももし本当の事を話したと毅に知られたら、

「歌祈ちゃんが信用できる相手だったとしても、コスモは自分の置かれた状況を読めてない。何度も言うように本当の事を知ってる人間は一人でも少ない方がいいんだ。にも関わらずお前は甘い。甘すぎる!」、きっとそう言って叱られると思う。でもそうだとしてもきちんと本当の事を知って欲しくてこれを書いたの。最初に言ったように、歌祈とだけは心置きなくキチンとお別れをしたかったから…。


 あたしね、今までずっと歌祈に言えなかった事があるんだ。

 あたし、お兄ちゃんがガンで死んじゃった後、本当は後を追って自分も死のうと思ってた事があったの。親父が酒を飲んで暴れても、もう助けてくれる人はいないんだ、それならいっその事って、そう思って絶望してたの。ちょうどその頃だったのよ、ユータの一家があたしの家の近くに引っ越してきたのは。引っ越ししてるユータの雰囲気がなんとなくお兄ちゃんに似てるような気がして、仲良くなれるかも知れない、そんな予感を感じたんだ。そしたら運よくユータと春休みに知り合えた。もしもユータと初めて対面したのが、春休みじゃなくて学校だったら、ユータとあんな風に仲良くなる事はなかったって思ってる。そもそもとっくに自分の命を投げ捨ててた可能性だってある。あれはユータが初めて、「一緒に学校へ行こう」って迎えに来てくれた時の事だった。あたしユータにこう言われたのよ。

「コスモにだっていいところはあるんだ。自分から壁を作ってないでもう少しだけ心を開いてみないか? 悪く言うヤツには言わせておけ。クラスの全員から好かれてるヤツなんているわけがないんだって開き直っちゃえ。きっと友達できるよ」って。そのすぐ後だったんだ、歌祈と初めて話をしたのは。事実、そしたら本当に歌祈と友達になれた。もしもママが言うように、

「お兄ちゃんが死んだ後、ママと二人だけでアメリカへ帰っていた」なら、あたし、ユータと歌祈には出逢えてなかったはずなんだ。アメリカで友達ができてたかどうかも怪しいってもんだよ。本当は、何が一番良かったんだろう、人同士の縁って、解らないものなんだね。でもね、ユータと歌祈に逢えた事だけは一生の財産だったって思ってる。まさかクラスの子たちと一緒にバンドを組むなんて、二年前までは夢のまた夢だった。三年生お別れ会の時に、一年の女の子たちからあんなに応援してもらえるなんて、人生でこんなに幸せな事はもう二度と起こらないだろうとすら思ってる。そんな素敵な思い出たちと、歌祈はいつまでもセットになって残り続けるんだね。でももう歌祈とは会えない。なんと言っても、あたしは人殺しだから。自殺するよりは人殺しの方がまだ少しはマシかも知れない。でも、たとえそうだとしてあたしはもう立派な犯罪者なんだ。しかもその罪をママになすりつけて外国へ高飛びだなんて、これじゃまるきりヤクザだよ。あたしはもう、歌祈とは対等には付き合えない。日本にだってもう戻れない。でもね、だからこそ逆にこれをいい機会だと思ってアメリカで一からやり直そうとも思ってるんだ。ユータと一緒にM高を目指して受験勉強したおかげで、自分で言うのはなんだけど、あたしは自分で思っていたよりももっとずっと頭が良かったんだって事にも気づけたしね。

 それに、めっちゃ悲しいけど事実、あたしの素性を知ってる人はこのロサンゼルスの地にはいないから、…ね。


 …歌祈、こんなあたしみたい女なんかと今までずっと友達でいてくれて本当にどうもありがとう。

 …知り合って間もない頃、放送室で泣いてるあたしの事、受け止めてくれて本当に嬉しかった。

 …借りたままのザードのCD、返せなくてごめんね。

 …一緒に行った海、楽しかったね、ナンパは超ウザかったけどさ。

 …毎週毎週、シーサイドメモリーからマーロウのプリンこっそり持ってきてくれてありがとう。美味しかったよ。

 …一度、ユータと付き合い始めて間もない頃、嬉しさのあまり調子に乗り過ぎて、あたしたちだけのたまり場だった放送室で悪ふざけでキスしちゃった事もあったよね、あの時はホント、驚かせちゃってゴメンね。でも、正直言うとちょっぴり楽しかった。驚いてる歌祈の顔、可愛かったよ。歌祈のファースキス、あたしが奪っちゃってゴメンね。

 …一個一個の思い出、全部大切する、忘れないから。

 …最後になるけど、ユータや毅たちとは仲良くしてね。桃色ウインドベル、みんなと一緒に成功させてね。


 It was a wonderful time with you.

 Wish you good luck.

 Goodbye.

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