0‐7王子様じゃない人と女の子じゃない人
「琴美ちゃん、あのさオレ」
「……え? あ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた。どうしたの?」
「う、うん。えっと……ああいや、やっぱりなんでもないよ。髪がサラサラだね、本当」
そう言って流星くんは、自分の胸元に接していた私の頭を撫でた。そして髪の毛先に向かって指を滑らせていく。
長い髪が珍しいのか、面白いのか、流星くんは繰り返しそうした。
なんだか自分がおもちゃになったみたいだなと思って、不思議な気分になった。
けれど、その仕草で私は閃くのである。
「脳の回路結合が行われたよ、流星くん!」
「へ?」
「王子さまだ。流星くんは、王子さまだったんだ!」
「おお、王子さま!?」
大きな目を白黒させて頬を赤く染める流星くんと、めぐちゃんの漫画に登場する王子さまの顔が重なった。
つまり流星くんの顔を身近に感じたり、久しぶりに見た気がしなかったりしたのは、私の中でそんなトリックがあったからだったようだ。
「そ、それじゃあ琴美ちゃんがお姫さまってこと?」
「えっ、私が? なんで?」
「……なんでもない」
頭に疑問符を乗せながら見上げる私に、流星くんは力なくため息を吐いた。
私の左耳を湿らせた流星くんのため息。私が吐かせたらしいため息。それならその理由を考えなければと思って、瞼を閉じて想像を豊かにしていると、とくんどくん。背中越しに流星くんの心音が伝わって来た。
最初は好奇心で耳を澄ましていたけれど、今はまるで母親のお腹で眠る胎児のように、安らかな気持ちで流星くんの体温と息遣いを感じた。
「ここ、落ち着く……」
けれど、そんな風に安心をしたから誘引した。
両親のことをだ。
母は私を身ごもって嬉しかったのだろうか。
父は私が生まれてくることを心待ちにしていたのだろうか。
二人は、私がいるお腹を撫でてくれていたのだろうか。
胸の内側から、とめどなく感情が溢れた。
「琴美ちゃん……?」
「いつまでも寄り掛かっていてごめんね。さあ特訓に戻ろう」
「待って! このままでいいから。オレの前では、大丈夫だから……」
流星くんは、離れようとする私を捕まえて言った。
「……っ。ごめん、流星くんの手汚しちゃう」
「汚れない。汚れなんかじゃないから。だから我慢しないで」
「……うん」
私は後ろから回された腕にしがみ付いて泣いた。
私にとって流星くんは王子さまなんかじゃない。
一番の安全をくれる人だ。
一緒にいたい人だ。
たくさん本音でいたい人だ。
「琴美ちゃん……オレ、琴美ちゃんに伝えたいことが——」
「ちょっと! 二人で何してんの⁉」
声でわかった。心臓が飛び跳ねた。
私は急いで涙を拭った。声に応えようと喉の準備をした。泣いていたことがバレたくなかったからだ。
けれど、そんな私よりも先に口を開いたのは、流星くんだった。
「なんでもいいじゃん」
確かにそうだなと私も思った。ここは秘密の場所でもなかったし。
それに流星くんだし。
でも信彦くんから、耳を疑うような恐ろしい言葉が返って来た。
「や、やらしー! みんなに言っちゃおー!」
流星くんに甘やかされた私の肩が小刻みに震え出した。
心臓がばくばく鳴った。女の子たちに囲まれて、めぐちゃんが離れていく姿が脳裏に浮かんだ。
私はまた感情が溢れた。
「そんなことしたら琴美ちゃんが——あっ!」
「迷惑掛けてごめん……っ」
流星くんの腕を振り解いて、私は二人の顔も見ることなく駆けた。
「待って琴美ちゃん!」
駆けて、信彦くんの前を通り過ぎて、駆けながら私は叫んだ。
「女の子じゃないもん! 私、女の子じゃない! 今っ、証明するから!」
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