第4話 気持ち
本格的に寒くなってきた季節。
彼からLINEが来た。
『ちょっとお聞きしたいのですが、柚希ちゃん、ピンクの可愛いジャンパー着ていましたよね? ボタンが花になってて、フリフリしたデザインの。あれってどこで買いました? 今日、去年着ていた斗和のジャンパーが小さいことに気がついて、駅前にある子供服のお店をまわってみたのですが、もう、あんまりサイズと種類がなくて』
『多分、もう売れちゃったのでしょうかね? 柚希が今着ているジャンパーは、ネットで買いました。一応サイトのURL貼っておきますね! そこ、女の子向けの服が売っているんですけど、手袋も靴も可愛いのが揃っています! しかもお値段もお手頃で、オススメです!』
『今サイト覗いてみましたが、可愛い服と手袋も見つけたので、一緒に注文しようと思います。ちなみに柚希ちゃんが着ていたジャンパーも見つけましたが、お揃いで買っても良いですか?』
お揃いで買うとか、自由で良いのに。そんな細かいところまで気にして訊いてくれる。
『お揃い、もちろん良いですよ! 子供たち喜びそうですね!』
『じゃあ、注文します。こんな時間にありがとうございました。では、おやすみなさい』
それから一週間ぐらい経った時、「斗和ちゃんね、私と同じジャンパー着ていたの!」って、柚希が教えてくれた。嬉しそうだった。
――私が教えたサイトで、柚希とお揃いのジャンパー。本当に買ってくれたんだ。
些細なことだけど、彼がしてくれたから、それは特別なことだった。
彼に対しての欲が出てきて、恋人同士になりたいなとも思ったけれども、彼は雲の上にいる、手の届かない人なのは変わりなくて。恋人になんてなれるはずがなかった。
ご飯を一緒に行くだけで幸せだった。
LINEで会話するだけで幸せだった。
保育園の行事や、送り迎えの時間に会えた時も話せたし。
――私の心は、完全に浮かれていた。
その記事をネットで見たのは、 暖かくなってきた季節だった。
いつも利用している検索サイトのトップにそれは書かれていた。
『生田蓮、元カノと復縁か?』
その文を読んだだけで、私の心臓がバクバクと大きくなりだし、目の前が一瞬真っ白になった。
その見出しをクリックすると、彼が昔付き合っていたらしい、とても美人な女優と、斗和ちゃん、そして彼の姿が載っていた。
この女優さんは斗和ちゃんを産んだ、斗和ちゃんのお母さんだ。つまり、この写真の風景は本来の家族。元彼女と言っても、恋愛していた仲だろうし、見出し通りに復縁することだってありえる。
彼女と、もしも彼を奪う争いなんてしても、一切勝てる要素なんてないし、そもそも同じ土俵にすら立てていない。
「はぁー……」
私は静かにスマホをテーブルの上に置いた。
ぬりえを終えた柚希が「抱っこ」と甘えてくる。私はギュッと抱きしめた。
ニッコリ微笑む柚希を見ていたら、ちょっと元気が出た。
彼に対し、私は恋愛スイッチが入り、結構本気モードになってきている。けれど、ただ私が一方的にそうなっているだけ。現実は結ばれることなんて、本当にありえない。
彼と距離を置くなら、今しかない。
――これ以上本気になったら引き返せなくなる。
彼と距離を置こう。
距離を置くと言っても、元々そんなに近い仲なわけではない。LINEで子供関係の話をしたり、ご飯を一緒に食べる程度。
距離を置こうとしていた矢先、彼からLINEが来た。
そのLINEが来たのは、夜ご飯の準備をしている時だった。『いきなりですみませんが、明日、予定ありますか? もしお時間ありましたら、花宮遊園地に行きませんか?』と彼からLINEが来た。
突然、遊園地のお誘い?
彼からLINEが来ても、ちょっと素っ気なくしてそのままやり取りしなくなれば距離が置けるとか考えていたのに。
どうしようかな……。
お誘い受けようかな? 断ろうかな?
自分では決められずにいたから、柚希に質問してみた。
「柚希、斗和ちゃんと明日、遊びたい?」
柚希は迷わずに「うん、遊ぶ!」と答え、テンションまで上がっている。
「だよね、遊びたいよね」
「ねぇ、ママ、どこで遊ぶの?」
遊園地、そういえば柚希は行ったことないな。だから言っても分からないかな? そう考えた私はスマホで花宮遊園地のサイトを開き、乗り物が紹介されているページを柚希に見せた。説明すると興味津々だった。
柚希も斗和ちゃんも毎回、四人でご飯を食べる時は本当に楽しそうだった。
せっかく子供たちが楽しめる機会だし、誘われるのも今だけかもしれないし。
断るの、勿体ないよね。
LINEの返事をする時、彼にあの女優さんと、現在どんな関係なのか、復縁したのか訊きたかった。
世間では別れたとか言われていたけれど、裏では一回も別れずにずっと付き合ったままだったのかもしれないし。
もしも明日訊けそうな雰囲気だったら、さりげなく恋の相手がいるのか、彼に質問してみようかな。
『予定あいてます! ぜひよろしくお願いします!』
そう明るめの返事をした。けれど返事をした後、私は考えた。私たちが遊園地で遊んでいる時、こっそり写真を撮られ、ネットや週刊誌に彼が不快になるような見出しと共にその写真が載ったりしないかな?って。それが気がかり……。
すぐにもうひとつLINEを送る。
『遊園地、私たちと一緒に行っても大丈夫ですか? 写真こっそり撮られてネットに載ってしまうとか……』
『大丈夫です! その辺は対策きちんと考えてありますので、任せてください。ちょっと遠いから、お迎え時間、早めの朝七時になってしまうけれど、大丈夫ですか?』
対策が気になったけれど、その確認は明日で良いかな?
『大丈夫です! 明日はよろしくお願いします!』
彼から、『よろしくお願いします!』と書いてある可愛い猫のスタンプが来てLINEを終えた。
ん? 待って? 彼からLINEスタンプ来るのって初めてだよね?
思わず私はスクショ保存した。
私の心の中は、彼と距離を置こうだとか、そんなのでモヤモヤなのに、こうやって遊園地に誘ってきたり、LINEスタンプを送ってきたり。距離が縮まりそうなことをしてくる。
――なんか、複雑な気持ち。
LINEのやりとりを終えた後は、いつも何回も読み返し、余韻に浸る。
もちろん今日も。
読み返して、感じる。強く思う。
距離なんて本当は置きたくないし、本当は、もっともっと近くにいたい――。
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