第2話 生田 蓮さん

 いつものように、柚希を保育園に連れていった時だった。


「おはようございます」

「おはようございます」


 柚希と同じクラスの女の子、斗和とわちゃんのパパと保育園の門の前で会い、彼から挨拶してくれて、私も返した。お互い、子供が靴を脱ぎ終えるのを待ったりして、子供と一緒に教室に向かう。


 斗和ちゃんのパパが、先生に挨拶をすると先に外に出ていく。

 私も先生に挨拶するといつものように柚希とハグをして、外に出た。


 斗和ちゃんのパパが車に乗り、黒いマスクを外し、発車させようとした時、私は分かってしまった。

 彼は、この前パートの和田さんが見せてくれた表紙の人『生田蓮』。


 もう何回も会っている。お母さんばかりが出席していた参観日にも参加していて、一緒に親子ゲーム大会をしたりも。


 ずっとマスクで気が付かなかったけれど、斗和ちゃんの苗字も生田だし、あのパパは確実に、アクションも完璧にこなす演技派イケメン俳優、生田蓮!


 まぁ、正体を知っても、同級生の親同士な関係で、深く関わることなんてないんだろうなと思っていた。



 葉が紅く染まり始めた季節。


 十七時頃、いつものように保育園に柚希を迎えに行くと、彼もちょうど同じ時間に来ていた。

 お互いに目を合わせ、会釈をした後に、それぞれ自分の子供が帰り支度をするのを見守り、玄関で靴を履く。


「斗和ちゃん、バイバイ!」

「柚希ちゃん、バイバイ!」


 親同士も「さようなら」と言い、会釈して、私と柚希は先に外へ出た。外に出るとタイミング悪く土砂降りの雨が降ってきていた。

「うわ、さっきまで降ってなかったし、天気予報もずっとくもりってなってたのに、雨すごいね」

「ママと柚希、いっぱい濡れちゃうね」


 ふたりで話をしていると、彼が話しかけてきた。


「自転車ですか?」

「あ、はい」

「車、乗ってきます?」

「はい、えっ、えっ? いや、でも……」

「うちの車、大きいから自転車乗せれますよ!」

「いや、そういうのじゃなくって」


 人気イケメン俳優の車に自転車を乗せてもらい、さらに、送ってもらうだなんて、想像しただけで、無理。心臓が飛び出そう。


「これ、多分通り雨で、ちょっとしたらやみそうなので、待ってみます」

 私がそう言った後、斗和ちゃんが叫んだ。

「柚希ちゃんと帰りたい!」

「斗和、柚希ちゃんのママは待ってるって言ってるよ! 無理言ったら、柚希ちゃんのママ、困っちゃうよ!」

「一緒に帰りたい……」

 斗和ちゃんは、泣きだしそうな気配だった。

 ――ああ、どうしよう。泣かしちゃうのもなぁ。


「あ、じゃあ、よろしくお願いします」


 斗和ちゃんが泣かないように、私は家まで送ってもらうことにした。

 




 彼は一番後ろの席をたたむ。それから自転車を軽々と持ち上げて車の後ろに乗せた。


 ひとつひとつの動きが格好良い。


「乗って良いですよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 車の種類は詳しく分からないけれど、彼の車は三列シートの大きめな白い車。

 先日姪を乗せたらしく、ちょうど柚希が座れるジュニアシートが真ん中の席に設置してあった。そこに柚希を座らせたあと、私も柚希の横の席に座る。


 助手席から斗和ちゃんがこっちを覗き込んできて、満足そうにほほ笑んだ。


 車を走らせてすぐに、斗和ちゃんが言う。

「パパ、おしっこ」

「うちのトイレまで我慢出来る?」

「出来ない!」


 前の席でそんな会話が繰り返されていた。


「あの、私のうち寄ってきます?」


 斗和ちゃんがパパよりも早く「うん」と答える。

「あ、すみません。家までまだ十分ぐらいあるし、助かります」


 イケメン俳優に「うち寄ってきます?」 なんて、何かとんでもないことを言ってしまったのではないか。 

 部屋、おもちゃとか散らかしっぱなし。片付けてないし、ちょっと恥ずかしいかも。

 でもまぁ、仕方ない。

 斗和ちゃんがトイレに間に合えば、それで良い!

 そう自分に何度も言い聞かせた。




 すぐ私の家に着いた。天気は予想通り、小雨になってきている。


 待っていたら自転車で帰れたのかな?って気持ちと、こんなふうに送ってもらう機会なんてなかなかないから、雨のお陰かな?って気持ちが交差した。


 車を降り、私はアパートの一階にある自分の家の鍵を急いで開けた。それから斗和ちゃんをトイレに連れていく。無事に間に合いほっとする。斗和ちゃんが間に合ったのを確認した彼は、自転車を車から降ろしてくれていた。

「斗和ちゃん、遊ぼ!」

 すでにリビングにいた柚希に誘われ、斗和ちゃんは走っていった。


「斗和、帰るよ!」


 彼がそう言っても、話を聞かずに子供たちはおままごと遊びを始めてしまっている。


「斗和、帰ろ?」

「いやだ、まだ遊びたい!」

「斗和……」

 彼は困った表情をしている。

「じゃあ、もうちょっとだけ遊んだら帰ろうね?」

 私が斗和ちゃんに話しかけると、斗和ちゃんは頷いた。

「斗和が、すみません……」

「いえいえ、あの、今日は送ってくださって、本当にありがとうございました」


 ふたりが遊んでいる姿を、私と彼はリビングの入口に立ち、眺めていた。


 ふと彼と目が合う。


 改めて近くで見ると、本当に格好良い。俳優さんって特に目に力がある人が多いイメージだけれども、彼は本当に目の力が強くて。ずっと見つめていたら、全てが吸い込まれそうで、ドキドキした。


 子供たちが遊びに飽きてきたタイミングを見計らって「帰ろっか」と声をかけ、ふたりは帰っていった。




 柚希が眠ったあと、スマホで『生田蓮』を検索してみる。


 出てくる出てくる、彼の記事が沢山。彼は、あちこちドラマや映画に引っ張りだこで大人気。どのサイトの写真もイケメンで、変顔すら美しい。その中で育児についてインタビューされている記事を見つけた。


 育児について、大切にされていることはありますか? という質問に対し、彼はこう答えている。


『大切なことというか、一分でも多く、娘と一緒にいたいですね。今は、仕事の量を減らし、夜中までの撮影もなるべく入れないようにしてます。撮影現場の皆さんも、娘の保育園のお迎え時間を気にしてくださったり、それに合わせてスケジュールも組んでくださっています。こうして仕事と子育てが両立出来るのは、マネージャーさんをはじめ、スタッフさん、そしていつも応援してくださる皆様のおかげです。後、台詞を覚えたり仕事のことも娘が寝てからするようにしていますね。本当は仕事を完全に休み、ずっと娘と遊んでいたいのですが、そうなると生活費が……あ、これは言わない方が良かったかな?』


 きちんと娘への愛情を伝え、周りのお世話になっている人たちへの気配りも忘れない。締めはちょっとおちゃめな感じ。お金に余裕があるからこういうことを記事で語れるとも思うんだけど。


 何この満点記事。


 多分、保育園で出会っていなくて、この記事だけを読んだのなら、世間によく思われたいために盛った言葉だと思っていたかもしれない。けれど、彼の、斗和ちゃんに対する接し方は、うちの元旦那とは比べ物にならないくらい、愛情を感じるから、本音のように感じる。


 ――こんな人が旦那さんだったら、幸せになれるのかな?


 そんなこと考えても、夢の中の夢。

 ただの現実逃避のようなものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イケメン俳優パパ『生田蓮』に恋をして――。 立坂 雪花 @tachisakayukika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ