第53話

この時私は何故か冷静だった。




 詠斗の腕が絡みつく腰回りを払い除け、立ち上がって目指す先には、見た目推定年齢アラフォーであろう強面のオッサンの前。




 いい歳したオッサンな筈なのに、短い刃物を持つ腕は震え上がっていて、怖いイメージなのに、何とも間抜けな面に呆れてしまうし、拍子抜けしてしまう。


 ヤクザの威厳もへったくれも無いじゃない。




「天竜さん、とりあえずそれしまってください。」



 

 そっと小さく見える男の肩に手を添えると、震えていた筈の身体が一瞬にして静まり返った。



 動きを止め、動揺を隠せない男は、アワアワと口元を震わせて私の瞳を見つめる。





「....あっ、ぁああ姐さぁああん。」



 私の慈悲に気付いたのか、感極まって泣き出してしまったオッサンは、握り締めていた筈の刀から手を離してしまい、それは当たり前だけど....





 一回転、二回転.....ぐるぐる回る刃がザクりと突き刺さった。





「―――っぶな!!何すんのよ!!」



 刺さった先は、私の足先すれすれの位置。




 条件反射で思わず振るった拳は、見事天竜さんの右頬にクリーンヒットした。そのまま横に雪崩れたおっさんは、ナナの御膝元で伸びてしまったのだった。









「ガハハハッ!!マジか、超ウケるんですけど!!」




 危うく足の指が切断か、甲を貫通するところだった。とはいえ....やってしまった。とは実にこの事だ。





 白目を剥いた天竜さんを見て、笑い転げる下品なヘラヘラ白髪。そして一発で仕留めてしまった私の顔は蒼白....そして、







「お見事、切腹よりも面白いのが見れたわ。






―――――流石は、俺が見込んだ女だ。」






 なんて、背後から笑い声が聞こえてきたんだ。







 笑えねぇから!!

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