第51話

嗚呼、これは夢だと分かるくらいの悲惨な光景が広がっていた。




 いったい何年前の出来事だったかな....。今の糞で屑な私を造った元凶。





『....(ギー、ギギギ―)』



 雑音?モスキート音の様な.....そんな異音がした。大人になったら聞こえなくなると、誰かが教えてくれたけれど、大人になってからのこの種の音は耳鳴りって言うんだっけ?




 辛いな....。私が横たわる姿を見つめる男の姿。



 声なんか聞こえないけど、口元だけが動いていて、想像する言葉は記憶を頼りに、深く深く....真髄まで呼び戻す。




『・・・ないよ・・愛・てる。』



(離さないよ、杏。愛してる。)




 だったかな。今思えば、どっぷり一人の男にはまって、その人だけに愛されていればいいだなんて、その時は酔っていたんだろうな。




 好きで好きで堪らなくて、どれだけ酷い仕打ちをされようとも、やっぱり好きで....。




 離れたというか、逃がしてもらったというか....



 まあよくある話?いや、無いか。



 夢の中で私は、その人に向かって微笑みながら、同じく声が出ない状況下で、




『(....消えろ、屑。)』と言い放った。





 夢だから、ボロボロと目の前の男の姿がパズルのピースの様に、崩れ落ちて白く眩い光りが私の目を眩ませたのだ。












――――――「....殺す、杏が起きたら、目の前で詫びろ。それから死ね。」




 眠りから覚めた時、自分の身体が横たわっているという事に気が付いた。



 一番初めに聞こえてきたのは、頭上からのドスの効いた声。



 頭部に温もり、若干揺れ動くかなり硬めの枕....。地震か?




 ゆっくりと視界が開けてゆき、目の前に正座姿で顔を顰めながら耐える天竜?さん...と、





「悪かったって、ハチ。な?あれは事故だ。」



「嘘吐くんじゃねえ!!お前杏目当てで風呂場覗きに来ただろうが。」




 ヘラヘラと反省の色を見せない、叱られているであろう白髪頭の男。



 未だ寝惚けて覚醒しない虚ろな目で、ぼんやりとその男を眺めていたら、ばっちりと目が合ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る