金魚鉢

 小さい頃は金魚になりたかった。

 透明な鉢に入れられて、手の届く範囲は狭くても広い世界が一望できる。体は息苦しくても心は自由なんだと、そう思えた。

 大人になれば、この息苦しさを忘れられると思ってた。ところが現実は、より一層呼吸ができなくなっていく。家も会社もそれ以外も、どこにも私の金魚鉢がない。

 だから思い切って旅に出ることにした。寒いところ、暑いところ、人がたくさんいるところ、ほとんど誰もいないところ。

 でも、結局どこに行っても落ち着かなかった。

 家に帰って、鉢の中の金魚を見る。パクパクと息をしているのを見て悟る。

 結局のところ、金魚にも自由なんてないんだ。狭い金魚鉢の中、どこにも行けずに苦しさだけを味わい続ける。それならまだ、ここではないどこかへ行けるだけ私の方が自由かもしれない。

 パラパラと餌を撒くと、水面に上がってきて吸い込むように食べる。

 私は金魚鉢を、そっと窓際に移動させた。

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