第25話

 パチパチと、木々の焼け落ちるような音がする。同時に、目に染みるほどの白光が私の目を横から襲った。


 僅かに目を開けようとしたが、すぐに耐ショック姿勢で丸くなった。伏せるようにとヴィルからの指示が飛んできたからだ。

 それを言い終えるや否や、ヴィルは連続して叫び声を上げた。


「やめろソフィア! もう光学兵器の使用は控えるんだ! こちらの場所を知らせることになる!」

「大丈夫! 一斉掃射で全滅させるから!」


 一斉掃射? 全滅? さっきの白光は、ただの目くらましではなかったのか?


 ヘリは高射砲の二十ミリ砲を回避すべく、水面を撫でるような高度で海上に出た。

 違う、違うんだよ、ソフィア。ヴィルの言いたいことは――!


「馬鹿言え! いいかソフィア、俺はお前まで人殺しにするわけにはいかない!」

「あ、あたしだって、ヴィルや忍に死んでほしくないんだよ! リエンみたいに!」


 感情剥き出しで訴えかけるソフィア。しかし、次にヴィルの発した言葉は冷酷なものだった。


「あいつのことは忘れろ!」

「え……?」


 思わず呆然とする私を蚊帳の外にしながら、ヴィルは続ける。今度は私にだ。

 

「ソフィアの説得は失敗だ、またさっきの光線が来るぞ! 失明したくなけりゃ、神矢は伏せて頭部を守れ!」

「りょ、了解!」


 ようやく私は気づかされた。結局私は無力なのだと。

 確かに、実戦経験豊富なヴィルに従うのは定石だ。しかも、できうる限り復讐対象者以外の人間は極力殺傷しない、という点でも、私とヴィルにとっては暗黙の了解となっている。


 だが、それがソフィアには通用しない。

 彼女が強力な兵器を搭載したアンドロイドだからなのか。それとも、自分がアンドロイドであることに対する絶望感が蓄積して自棄になっているのか。


 そのどちらか(あるいは両方)なのかは、正直私には分からない。ということは、ヴィルも把握できていない、ということなのだろう。


 横合いから、連続した白光が再び、しかし今度は連続的に照射された。思ったよりは実弾兵器のような響きだが、薬莢が排出されないことから、これは質量の極めて小さい光弾を射出しているのだろう。


 まさか、論理物理学の全てを一気に引っくり返すような兵器開発が為されていたとは。

 そしてその威力はと言うと――。


 自分の瞼の裏が通常に戻ってから、私は三秒、脳内で数えた。ゆっくり目を開けると、私の顎がソフィアの頭部にぶつかっている。

 それはそうだ。私がソフィアを抱きしめるようにして覆い被さったのだから。ソフィアもうつ伏せになって、光弾を放っていたらしい。


「おい、大丈夫か? 二人共怪我は?」

「わっ、私、えと、神矢は無事です! ソフィア、痛いところは?」

「あたしは大丈夫」

「大丈夫、とのことです!」


 ヴィルは何度目かの大きな溜息をついたが、そのうちどのくらいが安堵で、どのくらいが落胆なのか、推し測ることはできなかった。


 私はゆっくりとソフィアから離れ、寝ころんだままの姿勢で海浜公園を見下ろした。

 酷い、の一言だった。


 まともに動ける人間はいない。五機配置されていた高射砲の砲塔は、十本全てが溶解し、その周りで四肢を失ったり、炎に包まれたりしている隊員たちが呻き声を上げていた。

 公園らしい遊び道具、それこそブランコやジャングルジムもまた、ほとんどが真っ赤に熱せられ、原形をとどめているのはごくわずかだ。


 見ている間に、炎は木々に燃え移った。公共の整備が入らなくなって随分経っているのであろう、この公園。真夏の海風に煽られた炎が周辺の木々を燃やし尽くすまで、さして時間はかからなかった。


「……」

「神矢、聞こえるか? いや、聞こえなくても構わん、言うぞ。敵の対空砲掃射によって、戦端は開かれた。状況はとっくに開始されたということだ。気をしっかり持て」

「は、はッ」


 なんだかしゃっくりみたいな声だな。そう思いながら、私は自身を遠くから見つめているような錯覚に陥った。


「そしてソフィア。俺が射撃許可を出す。それまでは、回避行動以外の無作為な言動は、一切禁止する。分かったか?」

「……」

「分かったかと聞いているんだ!!」

「ヴィ、ヴィル、落ち着いて……。わっ、私もなんとかソフィアを援護するから。あなたに存分に戦ってもらうために。だから怒鳴りつけるのは止めて頂戴」

「……」


 今度はヴィルが黙り込んでしまった。が、適当な反省の言葉を述べられるよりはよっぽど説得力がある。

 今更ながら、この人は人間付き合いが苦手なのかもしれない、と想像する。


 ヴィル・クライン。どれだけの荷物を背負えば、彼は解放されるのだろう。

 殺めた人間の数だけ祈りを捧げるのか?

 亡くした仲間の数だけ号泣するのか?

 それとも復讐鬼と化して、もう人間に戻ることはできないのか?


「おい神矢、何を泣いているんだ?」

「へ?」

「ソフィア、神矢の涙を拭うことを許可する。いや、頼む」


 ヴィルのいるコクピットから見えたかどうかは分からないが、ソフィアにはきちんと伝わったようだ。

 私が膝立ちになって視線を合わせると、ソフィアは悲しげに顔を歪めて、ごめんなさい、と繰り返した。結局、涙は私が自分で拭うことになった。


「あなたのせいじゃないわ、ソフィア」

「……じゃあ……じゃあ、忍が泣いているのはどうして? どうして私は人を殺せるの? 普通、私みたいな幼少期の子供は人を殺す力なんてないんでしょう?」

「そ、それはそうかもしれない、けど……」


 私は喉元にナイフを切っ先を向けられているような圧迫感を覚えた。

 私にカウンセラーの資格はない。ましてや相手は子供である。眼光を使って遠距離攻撃ができる、という特性を除けば。


 ソフィアはだんだん離れていく海浜公園、それにそこを焼き尽くす炎を見つめながら、言葉を零した。


「生きていても、あんな酷い火災の中じゃとても生きられない……あたし、多くの人たちの人生を滅茶苦茶にして、苦しませて……」

「ソフィア、あなたのやったことは、仕方のないことなの。ほら、私の腕や足を見て。プロテクターを装備しているでしょう? 生きるか死ぬか、そんな問題に苛まれる仕事なのよ、治安維持っていうのは」


 それに――。

 そう言いかけて、私はわざと言葉を切った。ここはもう一人の大人にご登場いただこう。


「ソフィア、よく聞け。ついでに神矢も」

「……」

「はッ」

「今現在、我々はこの国の法の下、テロリストと定義されている。簡単に言えば犯罪者だ。逆に警察や自衛隊のような、治安維持組織も存在する。槍と盾、みたいにな。片方を立てればもう片方は成立しない。人々の総意の結果として排除されたり、蔑まれたりする」


 現役のテロリストの言葉は、やはり重い。これは人類にとって、永遠に続く問答になるだろう。私はそう思った。

 そういえば、ヴィルがGFに狙われた過程に疑問が残る。どうして日本の特殊部隊が、同盟国であるアメリカ合衆国の精鋭部隊の隊長を抹殺しようとしたのか。それこそ一種のテロリズムではないのか。

 こればっかりは、私にも、ヴィル本人にも与り知らぬところだろう。だがヴィルの胸中には、そうした『集団』や『組織』に対する憎しみも同居しているはずだ。

どうすればいいのだろう。ヴィルも、私も。


 沈黙していると、唐突にヴィルの声が重い空気を破砕した。


「五時方向に謎の飛行物体、捕捉。神矢、そこから見えるか?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 慌てて私がキャビンから顔を出すと、そこにはやや大きめのドローンが飛翔していた。

 まさか、ここでヘリを銃撃するつもりか?

 私は再び身体を丸くしたが、なにも起こらない。強いて言えば、ドローンの飛行音が近づいて来るだけだ。


 そっと顔を上げ、様子を窺う。すると、そこではある人物が信じられない行動をしていた。


「旗山二佐!」

「なんだと!?」


 旗山竜城・二等陸佐がドローンにぶら下がっていた。ヴィルに向かってハンドサインで、何かしらの方向を指示している。


「海上プラットフォーム? ほう、尋常なる勝負をお望みというわけか。神矢、ソフィア、揺れるぞ」


 そう言って、ヴィルは旗山二佐先導の下、ヘリの操縦桿を倒した。

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