第15話
※
「目標探知! 軌道予測AI起動! このままだと、ミサイルの第三波がこの船の左舷を食いちぎることになります!」
私が作戦司令室に戻るや否や、リエンが叫び声を上げた。続けざまにソフィアに指示を出す。
「ECM、最大出力! ソフィア、少しだけ人工衛星の力を借りるぞ。ミサイルの発射位置を計算してくれ!」
「う、うん!」
よし、いい子だ。
そう言ってソフィアの頭を撫でるリエン。二人は本当の兄妹のように見えた。髪や肌の色、言葉のイントネーションが違っているとしても。
私が守るべきなのは、実際のところこういった子供たちなのかもしれないな――。
と、感慨に耽ってしまいそうになる自分を頭の中から放り出し、リエンの眼前に展開された立体映像に見入った。
すると、人工衛星からソフィアへ返答があった。いや、ソフィアが人工衛星に自白させた、とでも言うべきか。
立体映像が一新され、ECCMがその性能を発揮し始める。これによって、敵から発せられている妨害電波が取り払われた。
我々が敵の攻撃から逃れるために使っていた電波妨害がECCM、敵がこの船にミサイルを当てるために使っていたのがECMだ。
一瞬ではあるが、ECMの発信源となる機材の場所が、ありありと表示された。
「よし!」
座標を確認したヴィルが、拳と掌を打ち合わせる。狙撃銃をそっと壁に立てかけ、船の火器管制システムに取りついた。
「敵が移動する前に片づける!」
慣れた手つきで、地上の映像から敵地を捜索する映像へと画面を切り替えるヴィル。
がこん、という金属音が、船尾から連続で発せられる。完全に自分の位置を晒した敵は、おそらく撤退行動に入っているだろう。だがそこは、海岸沿いの古ぼけた旧集合住宅だ。
ここにミサイルを撃ち込まれれば、生存は絶望的。最早、何階の何号室にいるのか、それすら明確になっているのだから。
いや、しかし。
「ヴィル、待ってください!」
「人質は黙ってろ!」
「海対地ミサイル攻撃を実行すれば、確実に敵は排除できます。でもそれは、簡単に言えば『殺す』ということです! あれだけ殺人を忌避してきたあなたが、どうして……!」
カーチェイスの時もそうだった。ヴィルの脳内では攻撃目標、そしてその殲滅方法までもが明確になっている。その洗練された計画ゆえ、私のような他者には理解が及ばないのだ。誰を生かし、誰を殺すのか――その判断基準が。
そして今、ヴィルは狙撃手の殲滅へと動き出している。手元で火器管制システムを操作していて、こちらを一瞥すらしない。
「悪いな神矢。俺は神や天使じゃない。敵から見れば、俺は過去の亡霊だ。言い換えれば、妻を殺されたことへの復讐だけにしがみついて顕現している悪魔だ。あんたが追っかけてたのはこういう男なんだよ」
私はぎゅっと拳を握り締めたが、どうやらヴィルにはその展開も想定内だったようだ。
「邪魔をするのは勝手だが、俺は容赦しない」
「わっ、私を殺したら人質としての価値が――」
「今までの戦闘で分かっただろう? GFの連中にとって、人質の有無は大した問題じゃない。任務の途中であんた一人くらい、誤射や誤爆に巻き込んでも痛くも痒くもない」
「それは……!」
「本当なら、今からあんたを海に投げ込んで逃がしてやりたいとも思う。いてもらっても、なんの役にも立たないからな」
「……ッ!」
私の言語機能野は、完全にのぼせていたらしい。あろうことか、私はヴィルに殴りかかろうとしたのだ。それを引き留めたのはリエンだった。
「やっ、やめろよ神矢! 今のヴィルは、あんたに止められる状態じゃない!」
「リエン、放しなさい!」
「嫌だ! ヴィルに歯向かえば、あんたは間違いなく命を落とす! それを黙って見ちゃいられねぇ!」
いつの間にか、私は襟首をリエンに引っ掴まれていた。この少年は、こんなに背が高かっただろうか? 相変わらず私よりも小柄だが。
「よし、ミサイルの設定完了だ。全員伏せて耐ショック姿勢を取れ」
やはり淡々とした口調で、ヴィルは指示を出す。
「海対地ミサイル、一番二番、発射準備よし。用意――てぇ!!」
グォン、と船全体が軋むような金属音。それに白煙。発射に伴う、目を焼くような爆光。
私はしっかり目を閉じていたはずだが、瞼の裏では、研修で見た誘導弾の映像が鮮明に描かれていた。
ミサイルは本当に命中するのだろうか……?
このサイズの船舶に搭載されているとしたら、それほどの火力はあるまい。だが、敵のいるビルごと倒壊させてしまえば確実に仕留められる。
もっともその理屈だって、ミサイルの着弾したビルに敵が潜伏していれば、の話だが。
頭が回転していたのはそこまで。
想像よりもやや高い爆音に続き、ざざざっ、とノイズが走る。
命中したのだろうか。
その疑問を、私に代わってヴィルが言葉にした。
「リエン、命中したか?」
「……」
「リエン!」
「ご、ごめんよヴィル、着弾の直前に敵のECCMが再起動したようなんだ。衛星からの補助観測のデータが……」
爆風を警戒し、皆がまだ寝そべっているうちに、ヴィルはこくこくと頷いた。
「確定ではない、ということだな」
「……」
「気にするな、リエン。それにソフィア、よくやった」
扉の向こうから匍匐前進してきたロブと顔を合わせたのは、ちょうど皆が立ち上がる頃合いになってからのことだ。
※
よっこらしょ、と日本人しか使わないような言葉を発しながら、退避命令を出されていたロブが作戦司令室に入ってくる。
私たちは全員、ようやく落ち着きを得たところだった。どうしても、自分たちの安全が確保されたと思うと気は緩む。
そうでなければ、突然戻ってきたロブに向かって拳銃を向けるくらいのことはしていたかもしれない。
「おいおい神矢一尉、撃たないでくれよ。一応僕たちは一蓮托生、呉越同舟ってところだからね」
「なっ! 私、別にあなたを撃とうなんて……」
「冗談だよ、君がそこまでポンコツだなんて、ここにいる誰も思っちゃいない」
ポ、ポンコツ……? そう思われていないのは幸いだ。だが少なくともロブは、最初に私と出会った時には、私の実力を見くびっていたということになる。
思わず口元が歪むのを、私は自覚した。
「まあまあ怒らないでくれ、神矢一尉」
そう声をかけ、私の肩を叩くロブ。続けて声をかけた相手はヴィルだ。
「で、どうする? 俺たち船舶組は?」
「ふむ」
ヴィルは中央のテーブルに紙製の地図を展開し、目を上げずに唸った。聞かされたところによれば、ヴィルと私から成る『陸戦組』とロブ、リエン、ソフィアから成る『船舶組』で部隊編成が行われているらしい。
「船舶組は、どうして地上に寄るんです?」
私が尋ねると、リエンが割り込んできた。
「海岸沿いに配置した武器庫から、最高の状態で銃火器を運び出すためだよ。それに、単純に二組に別れて行動されたら相手も捕捉しづらいだろ?」
「ああ、そういう単純な理由だったのね」
そう言うと、リエンは急に頬を膨らませた。
「単純、ってどういう意味だよ! 俺だってこのチームの一員なんだぞ、それなのに単純っていわれたらムカつくぜ!」
「あー、ご、ごめんなさい……」
地団太を踏むリエンに、私は素直に頭を下げた。顔を上げると、やはりリエンの顔は赤い。
好いてくれているとすれば嬉しいが、年端もいかない少年の恋心を弄ぶなど、言語道断である。
私がよっぽど深刻な顔をしていたのか、リエンはいつになく心配そうな顔でぽつんと立っている。
なんだかなあ、と首を捻っていると、突然リエンに手首を掴まれた。
「ちょっと来て!」
「えっ? あ、何?」
「いいものあげる!」
はて、いいもの……? この船内に宝石でも隠されているというのか?
私は首を傾げたまま、リエンに連れられていった。
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