第15話 男を黙らせる可愛さの研究でもしているのだろうか

 エレベーター前で音がしたので見に行くとそこには先ほど別れたばかりの舞がいた。


「舞?」

「……あ、あはは、さっき振りだね、秀」

 

 彼女は苦笑いし、そして俺の後ろにいる千夜を見た。


「私との遊園地デートの後は豊川さんとおうちデート?」

「デートって、付き合ってるわけじゃないし。一緒に今から夕飯を食べるだけ」


 舞の言葉を否定し、デートじゃないことを伝えると後ろにいた千夜がこちらにやって来た。


「こんばんは、中村さん」

「うん、こんばんは豊川さん。じゃ、私はこれ渡したかっただけだからもう行こうかな」


 彼女はそう言うなり、俺に可愛らしくラッピングされたクッキーを渡し、エレベーターのボタンを押す。


「ありがとう、手作りか?」

「うん、ちゃーんと味見したから美味しいはずだよ。じゃ、またね」


 ヒラヒラと手を振ると舞はエレベーターに乗って、下へ降りていった。すると、千夜は俺が手に持っているクッキーを見た。


「豊川さん、クッキー作れるんですね。私は、何度か作ったことがありますが、失敗ばかりで成功したことがないんですよ」

「へぇ、何か何でも作れそうなイメージがあったから意外」

「ふふっ、私は完璧な人間ではないですよ。失敗はいくらでもします」


 少し話してから俺と千夜は家の中に入り、さっそく夕食を作り始める。


 千夜によると今日は肉じゃがを作るらしい。肉じゃがは彼女に任せて、ご飯や副菜を俺は用意することに。


 彼女は全て任せてくださいと言ったが、何も手伝わないというのは悪い気がして、俺も少し手伝うことにした。


「秀くんは、料理、よくするのですか?」

「よくっていうかほぼ毎日。出来上がったものはお金がかかるからな」

「わかります。自分で作った方が安くすみますよね。親から仕送りをもらっていますが、無駄遣いはできません」

「そうだな」


 お互い、一人暮らしをしていて、食に関してはほとんど同じ考えを持っていた。やっぱり自炊が1番だと。


「あの、秀くん」

「ん? どうかしたのか?」

「今日は中村さんと遊んでいたのですか?」 

「えっ、あぁ、うん。試合に勝ったら一緒に遊びに行こうと誘われてたんだ」

「そう、ですか……」


 チラッと隣を見ると千夜の表情が少し暗いように見えた。視線を戻すと後ろから服の裾を千夜にぎゅっと握られた。


「ち、千夜?」

「……あの、彼女でもない私が独占するような権利はありませんが、先ほど、中村さんと遊んでいたと聞いた時、私だけと遊んでほしいと思ってしまいました」


(…………なっ、何これ、すんごい可愛いだけど)


 私だけと遊んでほしいってことはつまり、千夜は嫉妬したのだろうか。他の人に構うのではなく私に構ってと(そんなことは言ってないが)。


 後ろを振り返り、ぎゅっと掴んでいた千夜の手を優しく包み込むように握ると俺は優しく彼女に笑いかけた。


「今日が終わるまでは俺は千夜としか遊ばないよ。夕飯食べたら遊ぼう」

「……秀くん……はい。今日は私がやりたい遊びでもいいですか?」

「あぁ、いいよ」


 手を優しくぎゅっと握り、離すと料理を再開する。1人とは違う、キッチンに一緒に並んで料理をする時間は特別な時間になった。理由はわからないが、おそらく彼女といたからだろう。



***



 夕食後。俺はお腹が一杯、幸せ一杯な状態で、ソファに座っていた。


 ヤバイ、肉じゃが美味しすぎた。また是非機会があれば作ってもらいたい。自分が作ればいい話だが、今日食べた味は千夜にしか作れない。


(千夜みたいな人が彼女だったら毎日食べれたりするのかな……)


 リモコンを手に取り、テレビをつけると隣に千夜はちょこんと静かに座る。


「肉じゃが美味しかったよ。また食べたいぐらいに」

「本当ですか? 嬉しいです。秀くんのリクエストであればまたいつでも作りますよ」


 ふふっと小さく笑う千夜はそう言って少し俺の方へ寄ってきた。


 近い、いつもより近い気がする。いつもは少し間を空けて座るのだが、彼女は俺にピトッとくっつくように座っている。


「千夜、いつもより近くない?」

「ふふっ、秀くんの隣にいると安心するので」

「…………あんまり他の男にそういうこと言うなよ。勘違いするから」

「……ふふっ、わかりました。秀くんになら構わないのですね」

「えっ、いや、そういう……」


 言い方を間違えてしまったと思った頃には遅く、千夜は俺の腕に抱きついてきた。


「今日の遊び変更です。今日は秀くんが照れるまで私がイタズラするという遊びをしましょう」


(理性がごりごりに削られるゲームじゃないか……)


 いつもの天使のような笑みはどこへと思うぐらいに彼女は悪巧みしている小悪魔のような表情をしていた。


「では、まずは膝枕です。頭をよしよししてあげますから、ここに頭を置いてください」 

「せ、千夜さん、その遊びはちょっと……」


 俺の心臓が持たないからやめないかと言おうとしたが、千夜はうるっとした目でこちらを見てくる。


「遊んでくれないのですか?」

「っ!」


 ズルい、ズルすぎる。日々、男を黙らせる可愛さの研究でもしているのだろうか。


「そ、そうだな。約束は破らないが、遊ぶ内容を変えないか? さっきの遊び内容を聞いている限り、俺が得するだけの遊びになる」

「私も得してますよ。秀くんの頭を撫でることができますし」


 彼氏でもない、ただの友達の頭を撫でることに得なんてあるのだろうか。得か、得じゃないかはまぁ、人それぞれだろうが。


「あの、もしかして、膝枕はお嫌いでしたか?」

「えっ、いや、嫌い、ではないよ……」

「そうですか。でしたらどうぞ、遠慮なさらず」


 千夜はそう言ってトントンと両手で、自分の太ももを優しく叩く。


 多分、逃せばこんな機会はもうないのかもしれない。女子に、清楚系美少女に膝枕してもらう機会なんて彼女ができない限り今後あるとは思えない。


「し、失礼します……」

「はい。どうぞ」


 少し恥ずかしさはあったが、頭を彼女の膝に乗せて、仰向けに寝転ぶ。


 目を開けるとそこには見てはいけないものがあり、俺は目を閉じ、顔を横にして、寝転ぶことにした。


(わかっていたが、近くで見て凄さがさらにわかった気がする……)


「秀くん、撫でても良いですか?」

「あ、あぁ……いいよ」


 勝ち負けなんてないが、もう寝転んだ時点でこの遊びは俺の負けだ。鏡を見なくても今、自分がどんな顔をしているのかわかる。


「秀くんの髪、さわり心地良いですね」

「そ、そうか?」

 

 ドキドキして心臓に悪い。けど、俺はこの今の時間がとても幸せで、ずっと続いてほしいと、そう思った。


「はい。頬もさわり心地いいですよ。ふにふにしていて」


 千夜はそう言うと俺の頬をツンツンとつつき、幸せそうな表情をする。


 ふにふにされることなんて千夜以外にないのでもちろん耐性はついていない。なので、ふにふにされる度に理性が削られていく。


「そうです、猫さんみたいです」

「どうした急に?」

「秀くんの髪の毛を触っているのと猫さんを撫でている感覚は似ています」

「俺は猫か」

「ふふっ、モフモフしてるところが似てます」

「モフモフか……」


 自分の髪をモフモフだと思ったことはないのでそうなのかどうかわからない。


「また猫カフェ行きたいですね。ひよこさんに会いたいです」

「……そうだな。また行こう」

「はい」


 頭を撫でられ続けているとだんだん眠くなっていき、俺は寝てしまった。


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