第23話
「ピーターを連れて行ってくれ」
リュドヴィックの言葉にマリアとエヴァが頷いた。
しかし二人だけではピーターが運べずに執事も加わって、ピーターはディアンヌから引き剥がされてしまう。
ピーターは暴れながら泣いて、ひどい有様だった。
マリアやエヴァも優しく声をかけるが、彼には届いていないようだ。
「ディアンヌがいいっ! ディアンヌッ」
周りの様子からするに、日常茶飯事なのかもしれない。
彼はライやルイ、レイと同じ歳なのだが、振る舞いが子どもっぽく見えてしまう。
ディアンヌの寝巻きの胸元の生地は、ピーターに引かれてビロビロに伸びてしまったようだ。
リュドヴィックは再び大きなため息を吐く。
「ディアンヌ嬢、昨日からすまない。すぐに着替えを……」
「いえ、構いません。わたしは大丈夫ですから。こちらこそこんなによくしていただいてありがとうございます」
「……」
「足がこんな状態で馬にも乗れず、家にも帰れなかったので助かりました」
ディアンヌはリュドヴィックに深々と頭を下げた。
ピーターのことが心配ではあるが、今はリュドヴィックの話を聞き、お礼を言うのが先だろう。
リュドヴィックが何も言わないのを不思議に思い、頭を上げると彼は目を丸くしてディアンヌを見ている。
ディアンヌも見つめ返していたが、咳払いしたリュドヴィックは視線を逸らす。
マリアがボサボサの髪と乱れた侍女服で部屋に入ってくる。
どうやらピーターはかなり暴れたようだ。
リュドヴィックの分の温かい紅茶を運んでくる。
手早くリュドヴィックの前に紅茶を置いて、ピーターの元に戻ると去っていく。
リュドヴィックは優雅に紅茶を飲んでいた。
ディアンヌも同じようにカップを持ち上げて、少し冷めた紅茶を飲み込んだ。
「昨日、陛下の言葉なんだが……」
「はい」
ディアンヌは、昨日のロウナリー国王の言葉を思い出していた。
それはディアンヌと結婚しろ、という命令のことだろう。
(リュドヴィック様はどうするつもりなのかしら。結婚には後ろ向きだったような気がするけれど……)
もしかしたら結婚の話はなくなるのだろうか。
(リュドヴィック様だって、きっと嫌よね……今のわたしと結婚するメリットなんてないだろうし)
そうしたらメリーティー男爵家への援助はどうなってしまうのか。
結婚しなくても、ロウナリー国王はメリーティー男爵家を援助してくれるのだろうか。
ディアンヌの頭には不安でいっぱいになる。
(結婚はなくなったとしても、男爵家への援助だけは……! がんばって交渉しなくちゃ)
だが、ディアンヌの予想とはまったく違うことが起こる。
「ディアンヌ嬢、よければ私と結婚してくれないだろうか?」
「──ブフェ!?」
抑揚のない声から淡々と告げられる言葉に、ディアンヌの口から紅茶が吹き出てしまう。
近くにあった布で急いで口元を拭う。
ディアンヌはまさかリュドヴィックから直接『結婚してほしい』と言わるとは思わずに驚いてしまう。
(聞き間違いではないわよね? でもこんな形で結婚を決めて、リュドヴィック様は後悔しないのかしら……)
ディアンヌは互いを思い遣り、愛し合っている両親の姿を思い出す。
リュドヴィックとディアンヌの間にそういった感情はない。
それと同時に昨日はロウナリー国王の話に否定的だった彼が、どうして結婚を決めたのか疑問に思っていた。
「リュドヴィック様は、王命に従うということでしょうか?」
「ああ、あれは半分冗談で半分本気だろう」
「……!」
どうやらロウナリー国王と幼馴染であるリュドヴィックには、彼が昨日、どういう意図で『結婚しろ』と言ったのかはわかっていたようだ。
(でもどうして急に前向きになったのかしら……)
リュドヴィックは冗談を言っている様子はない。
ディアンヌの考えを見透かすようにリュドヴィックは理由を説明してくれた。
「昨晩、じっくりと考えたのだが……私には君との結婚はメリットしかないんだ」
「メリット、ですか?」
「もちろん無理強いするつもりはない。君にとってもいい条件を提示させてもらうつもりだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます