第9話 優しさ②


夫は、それからもずっとずっと、優しくしてくれた。

私はすっかり彼に虜になってしまっていたーー。


夢のようだった。


彼は、私のことを愛してくれている。ティアナや他の女性なんてもうどうでも良くて、私のことが一番大事なのだ、と。

そんな、都合の良い夢ばかり見ていたーー。



今日、知り合いに招かれたパーティーで、私たちはすっかり噂になっていた。


「…あんなに仲がよろしかったかしら」

「美男美女で、お似合いですわね…」

「とうとうルイス様も、父君と同じく愛妻家になられたか」


不思議と、心が躍った。

夫は、今夜、二度も踊ってくれた。それが嬉しくて…私は今までで一番綺麗に踊ろうと決めたのだ。


ルイス様の上手なリードに負けるものですか。


踊り終わった後に気づいたのだが、私たちは皆の真ん中で注目を浴びていた。

恥ずかしかったけれど…ルイス様は、にこっと微笑んで「上手」と言ってくれたから、それだけで満足だった。


「あら、リアム」

「…アイリス。あの男は、一体どうしたんだ?」

「どうしたもなにも、改心してくれたのよ、きっと」


私は信じきっていた。

夫は、改心し反省し、今のような態度を取り続けているのだと。


「っ、アイリス、君は騙されてる!あの男が、一体君に何をしたか…」

「黙ってっ!これ以上あの人を、侮辱しないで」


そして、それを信じている私を惨めに言わないで。


「…なんで」

「だって、大切な人だもの」


もう一度心が復活した私ができることは、夫を信じることだけだった。


「本気、なんだね」


これほど真剣な眼差しを見たのは初めて、と苦笑しながらリアムは言った。


「…でも、アイリスには、目を覚まして欲しい」


その言葉の意味はわからず、私はただ失礼なやつ、という認識をしただけだった。

ーーその相手は、私を助けてくれた幼馴染だというのに。



「今日は、出かけてきますわ」

「…!?危険だ、貴族の女性が…」

「大丈夫です、レナがいますわ」


だって、今までのことは水に流してーーあなたに、プレゼントを買いたいのだもの。

ありがとう、これからもよろしく……って。


「どこに行くんだ?」

「この前行った街です。そんな遠いところには行かないわ」

「そうか…気をつけるんだ」

「ふふ。ルイス様ったら」


本当に心配症ね。

レナも、「愛されていますねぇ」とこちらを向いて笑みを浮かべながら私の頭上に日傘を差した。


「じゃあ、行きましょうか」

「はい!」


それから、これがいい、あれがいいとレナと話し合いながら、結局私は、書き仕事の多いルイス様に、新しいおしゃれな万年筆とハンカチをプレゼントすることにしたーー。


「ただいま、帰ったわ」

「おかえりなさいませ、アイリス様!」


皆がにこやかに出迎えてくれる。

ああ、なんて私は恵まれているのかしら…そう思いながら、私は自室に行く。


すると、アークがやってきた。


「本日は、ルイス様は夕食を一緒にお召し上がりにならないそうです」

「そうなの?…忙しいのね…」


ちょっとでも寂しく思っちゃうなんて。

最近私はどうかしている。


「じゃあ、レナ。一緒にいただきましょうか」

「え!?そんなっ…私は、使用人です!奥方の地位にいらっしゃるアイリス様と同じ食卓は…」

「私が許しているのよ。さあ、一緒に食べましょう?」

「は、はい…ありがとうございます、アイリス様……!!」


しかし、それから何日も、何日も、夫は食卓を共にしてくれなくなった。

朝ですら、一緒ではなくなった。


「…レナ。私、お庭を見てまわりたいの」

「わかりました!すぐに準備しますね」


庭園を見て回る。

そこら中に薔薇が咲き誇っている。あたかもラグリー家の栄えを表すかのようにーー。


そして、私の視線の先には。


「…ティアナさん?」

「あっ…アイリス様」


レナが後ろでティアナを睨みつける。

けれど、私はそれを遮るようにしてティアナの前に立った。


「見たければ心ゆくまで見ればいいわ。ティアナさんは、仕事を真面目にこなしていらっしゃるようだから」

「…は、い…」


驚いた。

こんなにも自信のないティアナを初めて見たーー。


「ティアナ。何かあったら、相談していいのよーーなんて、私に言われても困るわね」


苦笑しながら、それでも私は確かに彼女に告げる。


「けれど、一人で背負い込む必要はないのではないかしら」


私は結局、全てを一人で背負って心を捨てるという判断までしてしまった。

けれど、今思えばーー周りの人たちに助けを求めれば良かったのだ。


「…っ、アイリス様っ…どうかお聞きください」

「えっ…」


急に胸に飛び込んできたものだから、思わず驚く。

そしてそれを、レナが「無礼ですよ!」と止めようとするが、ティアナが涙目になっていることに気づき、レナの手を私は遮った。


「…話?」

「はい。ーー私がルイス様の「愛人」になった理由と、それから、今のルイス様について」

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