010

 彼は、書を閉じる。

 するとその書は、自ずとその書の表紙に文字を刻み付け始めた。


【Mercy from the King in Yellow(慈悲の書)】


 愛すべき羊たちの姿を見て、映し出すうちに、彼は「慈悲」を思い出してそして憎んだ。

 兄との仲たがいはこれがすべてだった。兄は、羊たちの存在をなんともおもっていない。愛しても、憎んでもいないのだ。いうなれば無関心。ただそこにいるだけのちっぽけな存在……いや、きっとそれすらも思わず、塵芥としか思っていないのかもしれない。だから、邪魔をしたときにはすぐに消す。兄は、そういうものなのだ。


「お前には、自覚がない」

 ふざけるな。

「お前のそれは、偽善だ」

 ふざけるな……。

「そんなもの、今すぐ捨ててしまえ」

 ふざけるな!

 

 力を持つ者の役目は、弱きを助けること。弱気を助けるということは、自らの力を増すということ。

 兄は、己の持つ力が数多の羊たちの〝信仰〟で成り立っているということを、理解していない。自分たちが、力を持つものであれるのは、信仰と慈悲というようにしてそこにある契約関係があるからなのだというのに!

 ……いつしか彼は、兄に謝罪したい、とそう願っていた心をしまい込んだ。

 兄と自分は、水と油。あるいは、風。

 ならばもう……。


 彼は、ひとりでに本が名乗るべき名が刻まれた書を手に取り、胸に抱く。

 そして傍らにいる、すっかり寝入ってしまった羊の体に埋もれるかのようにせを預けて、足を延ばし、そっと目を閉じてしまった。

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