第19話

「君の母親を殺したのは私の母だ。君の目を奪ったのは私の叔父だ。そして君の自由を私は奪った――。これで迎えに来たなんて言えるわけがない。君に愛されようなんて滑稽な望みだと思わないか? レフィ、私の愛する番。誰よりも大事だった。言えなかったのは、義兄としても、番としてもレフィに認めてもらえないだろうと思っていたからだ。私のレフィ……、遅くなってごめん」

「……エルネスト兄様?」


 ポロポロ涙が溢れて、レフィは何も言えないままエルネストに抱きついた。


「ナイゼル、キリカに治療を」

「おとがめは……」

「腹に剣を刺されてもレフィを護ろうとしたんだ。キリカのことはお前に任せる。その傷は、オメガの異常回復くらいでないと治らないと思うぞ。捨てるのも拾うのもお前次第だ――。その残骸を吊せ――」


 エルネストの声がいつもより少し冷たく感じる。周りの騎士達が慌ただしく動き始めた。


「キリカ? キリカ、傷が――」


 レフィにはキリカの様子が見えない。抱いているエルネストの服を握りレフィは身を乗り出した。


「馬鹿だな、キリカ。俺から逃げたかったのか?」


 レフィは、初めて聞く声に首を振った。多分幼馴染の上司と言っていた人だろう。


「キリカは……あんたへの負担をなくしたいって思ってた。逃げたいとかじゃない……」

「負担なんて思ったことは一度もないのに、馬鹿だなお前は――」


 キリカのことはこの男に任せておけばいいのだと思った。愛しさの溢れた男の声に、レフィは安心した。

 そして、それどころじゃないことにレフィは気付いた。


「レフィ、やっぱり私のことが嫌で逃げ出したんだな……」


 こちらが文句を言いたいというのに、ローレル、いやエルネストの激しい落ち込みようにレフィは途方に暮れた。


「……そんなわけない。エルネスト兄様に言わないわけにはいかなかった。『もう俺は待てません』って、だって、そうでないと……ローレルに……」


 嘘じゃない。もう待たないとユアに言付けるつもりだった。


「レフィ、自惚れていいのか?」


 レフィと呼ばれる度に本当にエルネストなのだと実感する。


「混乱する。エルネスト兄様だって思ってもローレルで……んぅ」


 エルネストの唇がレフィの言葉を飲み込んだ。


「私はレフィの番だ。それだけでいい。レフィ、エルネストって呼んでくれ。もう兄でもない、ローレルでもない。ただのレフィの番のエルネストだ」


 レフィの頬に温かい雫が落ちてきた。それが涙だと唇に流れてきたしょっぱい味で気付いた。


「エルネスト……、好きだ――。愛してる。俺と、……海に行こうって約束したこと、覚えてる?」


 涙を感じた瞬間、それがエルネストだと信じられた。

 後悔ばかりがお互いの胸にある。けれどもっと大事なものが二人の間に流れているのを感じる。


「レフィ、愛してる。海にはレフィが連れて行ってくれるんだろう?」


 正直になっていいのだとレフィはホッとした。エルネストを想って胸を痛めることも、ローレルを想って苦しくなることもない。

 ギュッと抱きついて、エルネストの耳に囁いた。


「抱いて欲しい、……エルネスト」


 身体に振り回されても、もう罪悪感を覚えなくていいのだ。


「煽ったら、部屋まで待てなくなるぞ」


 レフィの額に口づけてエルネストはたしなめる。けれどその歩みは速い。


「だって。身体が熱い……」


 発情期が来たのだ。

 一度目は無理矢理奪われて、番にされて、ローレルを恨んだ。あの時の気持ちをレフィは忘れることができない。

 もう一度、最初からやり直せたら……と思いながら、レフィは顔をすり寄せ甘えてみせた。


「シード、私とナイゼルはしばらく動けない。お前に任せる。アズ、来てくれて助かった。キリカに『乳母としてレフィに仕えてくれ』と伝えてくれ」


 シードが国王代理を務められるほどの人なのだとレフィは初めて知った。『ハゲそう』と愚痴っていた声からは想像もつかないけれど。


「それは――」

「キリカが私を裏切ったとは思っていない。ナイゼルがヘタレで番にしないから喝をいれたんだろう。レフィを危険にさらしたことは、一生をかけて償えと……」


 アズは懲りもせずエロイ寝間着を店で見つけたので、プレゼントしようとレフィのところに遊びに来たのだそうだ。二人がいないことに気付いてシードに報せたから間に合ったと後で聞いた。

 アズがいなければ、レフィもキリカも生きていなかった。アズはまれにみる幸運と悪運の持ち主だという。敵を討ちにきた侯爵の息子には悪運を、レフィには幸運をもたらした。


「アズ、また遊びに来て」

「はい、フィオ様。いいえ、レフィ様、発情期が終わったら遊びにきますね。可愛い寝間着を持ってきます」


 無邪気な声に、レフィは警戒心をもった。何を着せられるかわかったものじゃない。


「キリカが怪我をしたってことは、……もしかして――」


 レフィは嫌なことに気付いてしまった。


「アズが仕えることになりますね」


 シードの重い声に、アズはキャハと嬉しそうに声を上げた。


「……そうなの?」


 エルネストに訊ねると、頷くのが振動で伝わった。


「絶対の信頼をおけるものとなると難しいんだ」


 言いたい事はわかる。ちょっと外に出ただけでこの騒ぎだし、キリカが怪我をしたのも自分達の行動のせいだとレフィもわかっている。

 もちろんアズが嫌いなわけではない。


「そうだね。キリカ、早く治らないかな」


 レフィは祈るくらいしかできなかった。

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