王は約束の香りを娶る

さちさん

第1話オークション

「今回の目玉商品は高貴なる方に隠されていたオメガ。その美貌とフェロモンで寵を得、高貴なる方を誑かした女の息子。目が見えないのが残念ではありますが、それを補うほどの価値はございます。名手と呼ばれるリュートで曲を奏でさせるもよし、美しい顔が蕩ける様を鑑賞されるもよし」


 仮面を被ったオークショナーの声が、特別な招待を受けたという自負に満ちあふれた貴族達を高揚させた。秘密のオークションであることも彼らのプライドを刺激しているのだろう。

 オークショナーが手を上げた先に薄い衣と宝石で飾られた小柄な青年が立っていた。黒い髪がシャンデリアの光を反射し瞳の色まではわからない。人々の視線を平然と受け止めている様に見えるのは目が不自由だからかと客を納得させた。商品として台にあげられた者達は怯え、恐怖で身体をすくめているのが普通なのだ。青年のように顔をくもらせながらも前を睨みつける気概のあるものは少ない。だからこそ、嗜虐心のあるものはほくそ笑みながら、従者に値段の札をあげさせた。


「では、一万エランから……三十万エラン! 皆様もご趣味がよろしいようで……五十万エラン……八十万エラン! 落札! この目の見えないオメガは――」


 打ち鳴らされた木槌の音に続く興奮気味な声を止めたのは、乱暴に開かれた扉の音だった。

 武装した男達がなだれ込んでくると、悲鳴がホールに響き渡った。客の護衛達は黒い覆面で顔を隠した襲撃者に剣を向けた。部屋はそれほど広くはない。ホールには両手の数で足りるほどの貴族しかいなかったが、彼らの護衛と従者が主人を守ろうと動くだけで混乱が広がった。


「フロレシア王国エルネスト陛下のご命令により、この場は騎士団暗部が仕切る。怪我をしたくないものは跪き、手を上げろ。抵抗するものは容赦しない――」


 黒い覆面の男達の一人、リーダー格だとわかる男の低く重い声がホールに響き渡った。

騎士団暗部は言葉の通り容赦のない鋭い剣さばきであっという間にその場を制圧していった。

 反抗をしていた者達も暗部の名を聞いて顔色を失いその場に跪いた。暗部は国王から直裁が許されている。その組織形態を知らなくても、貴族であれば聞いたことがあるはずだ。陰に潜む国王の目や耳の存在を。『皆殺しの暗部』『血の海に手向けられたローレルの葉』『消えた伯爵』など、聞いた子供が悪夢にうなされるくらい苛烈な噂を知らないものはいない。 


「あれが現国王の犬――」


 口を滑らせた男が側にいた暗部の男に蹴り倒された。前王の時代、暗部は消滅したと言われていた。


「オメガの売買をエルネスト陛下は禁止された。それを知っていながら馬鹿なことを――」

「オメガなど顔と身体だけの木偶人形だ。人権保護など馬鹿らしい。陛下は間違っておられる――」


 暗部の一人に引き摺られながらやってきた主催者のアンヴィル伯爵は叫んだ。この場にいるもののほとんどがそう思って、人を売買することに微塵も罪悪感をいただいていなかった。ほんの数週間前までは公然とまかりとおったことが今では反逆となるのだと初めて気づいたものもいただろう。


「陛下を愚弄した罪で口を引き裂いてやろうか」

「ヒッ! 陛下を愚弄など……」

「陛下の勅命を無視したのだ。覚悟はできているのだろうな?」

「陛下の叔父である侯爵閣下の命令に従ったまででございます!」


 それで許されると思っているアンヴィル伯爵だが、暗部のまとめ役である男は「連れて行け」と命じた。暗部の調べですでに首謀者が誰だかわかっている。今頃国王の叔父であるブローナード侯爵も拘束されているはずだと男は告げなかった。どうせすぐに顔を合わせることになるからだ。冷たく暗い牢で――。




 隣りの大ホールには仮面舞踏会を楽しむ人々が大勢集まっていたが、そちらはもっと酷い混乱状態だった。フロレシア国の紋章をつけている兵士が取り囲み、貴族を威圧していたからである。騎士は爵位をもつ貴族から構成されているが、兵士は平民である。本来なら兵士が貴族を捕らえるということは考えられないことだった。

 しかし、今回の襲撃は兵士が大多数を占めている。新しい王は王太子の頃からオメガの人権だけでなく、国民の生活の向上へも関心をしめし務めていたため国民からの人気も高かった。兵士は国王となったエルネストの期待に応えようと剣を掲げた。

 小競り合いは続いたもののこちらは『国王への反逆』を問われているわけではないためか混乱は長く続かなかった。

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