第28話 久々の太陽神
ライサがミラーネを全焼させ、彼女の姿は黒い灰とともに消え去った。
「た、倒したんですか?」陽は息を整えながら尋ねた。
「いや、全焼させたはずだが、手応えがない。おそらく、本体は別にいるだろうな。」
ライサは冷静に答え、警戒を解かなかった。
その頃、ベオリアの裏路地では、ミラーネと大柄な男が静かに話していた。
「分身の気配…消えた。」ミラーネが少し残念そうに呟いた。
「ほう、分身とはいえ、お前を倒せる者がいるとはな。」男は低い声で興味深げに応じた。
「ゼルファー、私はもう疲れた。先に帰る。あとは任せた。」
「よかろう。準備は整っている。」
ゼルファーは答え、そのまま影の中に吸い込まれて姿を消した。
一方、陽たちは無事に誰一人怪我をすることなくその場を乗り切りきったが、陽の胸にはライサの圧倒的な力が強く刻まれていた。
自分が全力を尽くしても互角の戦況だったのを、彼女は覇気ひとつで圧倒的にひっくり返したのだ。
自分との差を思い知らされた陽は、意を決してライサに声をかけた。
「ライサさん、助けて頂いてありがとうございました。正直、自分は互角に持っていくのが精一杯だったので助かりました。」
ライサは陽を見つめ、少し笑みを浮かべて言った。「お前は人間でありながら、獣人化という特殊な力を持っている。だが、全てが中途半端だ。体術も、魔力のエネルギーの使い方も。そして獣人化しているのに、覇気を使えていない。」
「その、覇気ってやつは何なんですか?」
陽はその言葉の意味を理解できずに問いかけた。
「覇気とは、自分の威圧で周囲の空気を掌握し、緊張状態を作り出す力だ。ただ、あの黒マントを纏った少女は、途中で緊張状態を解いたからな。厄介な存在だな…」
陽は頷きながら、ライサの言葉の重みを感じた。
「なるほど…ライサさんの覇気を感じた時、正直生きた心地がしませんでした。」
「普通なら立っていられないさ。私の覇気に耐えられず、嘔吐する者さえいる。なのに、お前とあの剣士の少女は立っていたんだ。大したものだよ。」
ライサは陽の肩を軽く叩いた後、彼を鋭い目で見つめた。
「で、陽。お前は何者だ。なぜ人間なのに獣人化ができる。そして隣の剣士もだ。なぜ神に仕える魔獣を召喚できる?」
彼女の眼差しは厳しく、陽に真剣な答えを求めていた。
その時、アレクが転移魔法で戻り、一般市民を安全に避難させた後、陽とリーナ、ライサと再び合流した。
陽たちは、別の世界から召喚された理由や、影の組織について、さらにベオリアに迫る危機をライサに伝えた。
ライサは真剣に話を聞き終えると、静かに頷き、
「なるほど、それで獣人化ができるのか。だから精霊族の姫も一緒に来ていたというのか。オリンポス十二神の力を授かったのであれば、剣士のグリフォンに関しても納得がいく。しかし、天界オリンポスでそんなことが起きているとは…。その影がこのベオリアにも迫っているのなら、放ってはおけないな。陽、私たちはこの国の騎士団として国を守る責任がある。だからこそ、君たちだけで戦わせるわけにはいかない。何かあれば力を貸す。遠慮なく言ってくれ。」と、言った。
「神の信仰についても、ベオリアの国民はもともとアポロンとアテナの信仰者が多い。今回の件で、信仰も得られるだろう。心配しなくていい。」
陽は感謝の意を込めて
「ありがとうございます、ライサさん。」と頭を下げた。
しかし、何か言いたげな陽の姿をライサは見逃さなかった。
「陽、何か言いたそうな顔をしているな。なんだ?」
陽は少し考え込みながらも、意を決してライサに頼み込んだ。
「ライサさん、俺は獣人化できるようになりましたが、まだ魔法と併用したり、覇気を使いこなしたりできません。このままでは影の組織に対抗する力が足りないと思うんです。なので…どうか!俺に稽古をつけてください!」
ライサは少し考えた後、微笑んだ。
「よかろう。これも何かの縁があってのことだ。だが、稽古は3日だけだ。それできっかけは与えられる。それ以降はお前自身の鍛錬次第だ。」
「ありがとうございます!」
陽は心から感謝した。
その時、アレクが口を開いた。
「僕は一旦、オリンポスに戻るよ。ヘルメスに今日の報告をしないといけないと。僕は情報網でもあるからね。」
リーナも静かに頷き、
「私も明日、アテナの元に戻って鍛錬してくるわ。」と口にした。
「リーナさんもですか?」と陽が尋ねる。
「ええ。正直、今日の戦いでは、私とタリアの力があってもどうなるかわからなかった。それに、ライサさんの覇気にも全く対応できなかった…まだまだ力不足よ。」リーナは悔しそうに呟いた。
(ほう…悔しそうにしているが、この剣士が一番最初に緊張状態を解いたけどな。まだまだ伸び代がありそうだ…)ライサは心の中でそう思い、優しく微笑んでリーナを見つめた。
リーナはその視線に気づき、「何か?」と少しムッとして尋ねたが、ライサは「いや、何でもない。」とだけ返した。
「よし、決まりだな。陽、今日はもう遅い。続きは明日、王宮で話そう。そこで待っている。」ライサはそう言い、陽たちは解散した。
宿へ向かう途中、陽はふと思った。
(そういえば、みんな気軽に神様に会っているけど、そんな簡単に会えるものなのか?そもそも、アポロンに会うにはどうしたらいいんだ?……と、とりあえず念じてみるか…。)
「ぐぬぬぬぬ、アポロン、アポロン、アポロン…!」陽は心の中で強く念じた。
すると、不意に陽の頭に響く声がした。
「はーい?呼んだ?」
「ぬわっ!アポロン!?そんな簡単に呼べるのか!?」陽は驚いて、あたりを見回した。
アポロンは少し笑いながら答えた。
「ははは、呼べるは呼べるけど、神は気まぐれだからね。応じるかどうかは別だね。」
(居留守を使うこともあるのか…)と陽は苦笑した。
アポロンはさらに続けた。
「まあ、僕らは君たち召喚者の目を通して、下界で何が起きているかは見えるしね。必要最低限で会おうかなって感じかな。これはあくまで僕の話だけど。」
陽はアポロンに向き直りながら尋ねた。「俺たちの目を通して見ているって、それなら今回の一件も…?」
「ああ、ちゃんと見ていたよ。」アポロンは軽く頷いた。
陽は少し不満そうに、「じゃあ、少しぐらい助けてくれても…」と言いかけたが、アポロンはすかさず陽の言葉を遮った。
「おっと、それは勘違いだ。今のオリンポス十二神には、直接戦う力がないんだ。」
「どういうことだ?」陽は訝しげにアポロンを見つめた。
「君たち召喚者に力を分け与えた分、僕たちの本来の力は制限されている。もし僕たちが本気で戦えば、ゼウスがいない今、神々の力がぶつかり合って天界も下界も大混乱になるだろう?だから、ゼウスが召喚者たちに力を与えるよう指示したんだ。僕らはゼウスに逆らえないからね。」
「それじゃあ…オリンポス以外の神々がやりたい放題になるってことか?」
「その通り。だから君たちも頑張ってほしいんだよ。」
陽は深く考え込んだ。「それなら、影の組織が動き始めているのも納得がいく。オリンポスの神々は影の組織についてどう考えているんだ?」
「そうだね。僕たちの見立てでは、黒幕はゼウスに匹敵する力を秘めているかもしれない。影の組織について掴んでいる情報は、彼らが闇魔法に加え、幻影や重力といった強力な術を使うらしいということくらいだ。人数や詳しい特徴はまだ不明だが、彼らの目的はおそらく天界と下界を混沌に落とし込んで、何かを企んでいるのだろう。」
「彼らは証拠を残さず、全てを闇に葬るからね。」
陽は息を飲んだ。「とんでもない連中だな…。今の俺に太刀打ちできるのか…」
アポロンは穏やかに微笑み、
「だからこそ、あの狼の娘に稽古をつけてもらうんだろう?彼女はエリュシアでも屈指の強さを持っている。必ず力になってくれるよ。」
陽は頷きかけたが、ふと疑問がよぎった。
「待てよ?ガリウスはそれを見越して俺たちをベオリアに…。いや、それだと何のために…アポロン、ガリウスについて何か知っているか?」
「ガリウスか…それは僕たちも気になる存在なんだ。ヘリオスの召喚者を追跡させたが、見事にかわされてしまってね。」
「アレクでも掴めなかったのか…」陽は驚いた。
アポロンはゆっくりと頷いた。
「結局、天界の者であっても敵になりうる者はいる。まだまだ情報が足りないんだ。だからこそ、このベオリアで起こる出来事が大きな手がかりになるかもしれない。陽、頼んだよ。」
「…ああ、そのつもりだ。」陽は力強く頷いた。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。また会おう。」そう言ってアポロンは姿を消した。
陽はその後も考えごとをしながら宿に戻った。今日の疲れを感じながらも部屋のドアを開けると、そこにはセレーナが待っていた。
「おう、セレーナ、ただい…ま…?」
陽は言葉を飲み込んだ。セレーナは明らかに怒りのオーラを漂わせ、静かに陽に近づき笑を浮かべ一言だけ言い放った。
「浮気者。」
「へ…?」
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