第8話 仮説

「オリンポスは今、混乱の中にある。ゼウスが突如姿を消し、それと同時に、オリンポスの神々の間で不穏な動きが起こり始めた。誰が黒幕かはまだ分からないが、何者かが裏で暗躍しているのは確かだ。そして、それが十二神の一人である可能性は高い。」


「十二神の中でか……」カイオスはアポロンの言葉に耳を傾けながら、厳しい表情を浮かべた。


「今最も警戒すべきは、アレスだ。」


「アレスか。確かに、奴ならば混乱の中で力を増そうとするだろうな。」


アレス――戦の神として知られるその存在は、力と暴力を信奉し、混乱を好むことで知られている。ゼウスの不在が彼にとって絶好の機会となるのは想像に難くない。


「アレスは戦を起こすことでオリンポスを掌握しようとしている。彼は力を得るためなら手段を選ばないし、今こそが自分の時だと信じているようだ。」


カイオスはうなずき、さらに続けた。「アレスの野望が実現すれば、オリンポス全体が戦火に包まれることになる。俺たち凡人も巻き込まれるのは目に見えている。」


アポロンはそれに応じるように頷きながら、もう一人の名を口にした。


「そして、もう一人警戒すべき存在がいる。ハデスだ。」


「冥界の神、ハデスか……」


カイオスは驚いた表情を浮かべたが、すぐに理解した。ハデスはゼウスとは異なる目的を持つ神であり、その力もまた底知れない。


「ハデスは冥界を支配する者として、オリンポスの神々との関係を保ってはいるが、彼は常に独立した存在だった。そして、今ゼウスがいなくなったことで、彼が何を考えているのか、俺たちには分からない。彼が動き出せば、それがオリンポスにとって良いことか悪いことかは未知数だ。」


カイオスは沈黙し、考え込んだ。アレスとハデス、どちらもオリンポスにとって非常に危険な存在だ。それが同時に動き出せば、オリンポス全体が大きな危機に晒されることは確実だろう。


「アポロン、もしこれが神々の戦争になるのなら、陽やレオンのような者たちが巻き込まれるのは避けられないだろう。だが、俺は信じている。陽はその試練を乗り越えられる。」


「その通りだ、カイオス。陽は必ず強くなる。そして、彼が真にその力を手にした時、オリンポスの未来を左右する存在になるだろう。」


カイオスは頷いた。


「もちろんだ。陽は俺の弟子のようなものだ。俺はあいつを見守るさ。」


アポロンの表情が少し柔らかくなり、その瞳に鋭い光が戻る。そして、カイオスは質問を続けた。


「それで、アポロン。リーナ・ハートフォワードとは一体何者だ?」


アポロンは一瞬考えるような表情を見せた後、すぐに答えた。


「リーナは、アテナの召喚者だ。」


カイオスは静かに頷いた。彼もアテナの名を知っており、その存在がオリンポス十二神の中でも特に敬意を集めていることを理解していた。


「一度しか会ったことはないが、リーナがとてつもなく強いことは俺にも分かる。戦士としての実力だけではなく、彼女の内面には強い正義感がある。戦場では冷静で的確な判断を下し、弱者を守ろうとする意志が強いだろう。それに――」


カイオスは少し考え込んだ後、続けた。


「彼女の目的が陽と一致するならば、彼女を味方にすべきだ。リーナもまた、信仰を集めるために戦っている。陽が自分の使命を理解し、その使命のためにリーナと協力できるならば、二人は強力なチームを形成できるのではないか。」


アポロンは微笑んだ。


「その通りだ。リーナは信頼に足る人物であり、陽を支えるのにふさわしい存在だ。だが、最終的には、アテナが陽をどう評価するかにかかっている。」


「アテナが陽を受け入れるかどうか……」


カイオスは思案するように腕を組んだ。アテナが陽を信頼するかどうかが、リーナを味方に引き込むための鍵となる。アテナは知恵の女神であり、感情に左右されることは少ないが、それだけに陽がしっかりと自分の価値を示す必要があった。


「どちらにせよ、陽にかかっている。というわけか…。」


その通り。と言っているかの様に、アポロンは微笑み、再び金色の光に包まれ、その姿は空気の中に溶け込んで消えていった。


カイオスは去ったアポロンの気配を感じながら、再びアレイオスの門の方を見つめた。


「陽、レオン……お前たちの旅はこれからが本番だ。決して力に溺れるなよ。」


その言葉は、風に乗って静かに消えていった。



その頃、フィオーナ草原に向かう

陽とレオンーーー。


陽とレオンは、フィオーナ草原へ向かう道を歩き続けていた。風が心地よく肌に当たり、陽は手のひらに差し込む光を感じながら、思わずその温かさに目を細めた。


「なあ、レオン。フィオーナ草原って、やっぱり特別な場所なんだよな?」陽がふと尋ねた。彼の中で、ヘリオスの力がかすかに共鳴している感覚があった。


レオンは横目で陽を見ながら、軽く頷いた。「ああ、特別だな。あそこには古代から精霊たちが根付いていて、草原全体が彼らの力で満たされてるんだ。陽のヘリオスの力にも深く関わってくるだろうよ。」


「どういうことだ?」陽がさらに質問を重ねる。


「フィオーナ草原は、ヘリオスが精霊たちに与えた力の源泉とされている。伝説によれば、ヘリオスがこの土地に光と水をもたらし、精霊たちがそれを受け入れることで、草原の大地が豊かになったと言われているんだ。草原に住む精霊たちは、光のエネルギーを持つヘリオスを信仰し、彼の力を通じて自然のバランスを保ち、大地を守っている。」


「なるほど、だから特別な場所なんだな。」陽は頷いた。


「そうだ。だけど、フィオーナ草原でヘリオスの力を解放するためには、精霊たちとの強い絆が必要なんだ。精霊たちの信仰を得ることで、ヘリオスの力を受け取ることができる。ってカイオスが言ってたぜ。」


「なるほどな…。」


「ただ、精霊族は外の者を警戒するからな。力で心を支配されているやつなんかは、そもそも精霊族に辿り着くこともできやしねえって噂だ。」


「そうか、力だけが全てではない…か。」


「その通りだな。まぁ、この旅は力を求めに行く事が目的じゃない。心を通わせ信仰を集める。これこそ、俺らがこの世界を守るために必要なことだからな!」


「大人になったな、レオンーー。」


「うるせえ!俺はもう21歳だ!大人だっつーの。」


最後に少し冗談を言いつつも、二人は再び歩みを進め、目の前に広がる景色を見つめた。遠くにはフィオーナ草原の緑がちらほらと見え始めていた。

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