第10話 解・毒
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経」
透庵寺ーーー都内の一角にひっそりと佇んでいる小さな寺ーーー
午前4時起床、水行をして身を整え、門を開ける。
庭などを掃き掃除し、時刻が午前6時を迎えると、鐘の音を鳴らしに向かう。
日の出と共に鐘の音を辺りに響かせた後は本堂へと向かい、朝の勤めを行う。
本堂に入れば、澄んだ空気に立ちこむ朝霞と共に如来が出迎え、その荘厳な佇まいで静かな1日の始まりを告げる。
厳かで穏やかな朝を迎える度に、憂鬱だった毎日を抜け出し出家してよかったと感じる。この瞬間のために勤めを行なっていると言っても過言ではない。
本堂で経を読むなどしているうちに時刻は午前9時。
起きてきた猫とともに朝食を済ませ、その後の予定は日によるが、午後まで法要だったり夜まで葬儀だったりする。
只今時刻は午後3時。今日は珍しく厄祓いの予定が入っていた。
基本的に厄祓いは神社で行われ、寺では厄除けが行われるのが普通だが、厄祓いを行う寺が無いわけではない。
とはいえ珍しいことに変わりなく、透庵寺もそんな珍しい寺の一つだった。
そういう事情や場所柄もあってか厄祓いの依頼は滅多に来る事無かったが、不思議なことにここ最近、厄祓いをして欲しいと尋ねてくる客が増えてきていた。
透庵寺住職・澄心は厄祓いの準備に取り掛かった。
都内・マンションの一室
大瀧美奈・会社員
朝、憂鬱な一日の始まり。
目覚ましが鳴ってから家を出る時間は身支度で潰れる。
途中のコンビニで数秒チャージを買い、10時間勤務の開始。
帰宅後、買ってきた弁当を食べながらYouTubeをひたすら見る毎日だ。
特別好きというわけじゃない。体力が残っていないから動画を見ることくらいしか楽しむ気力がない。
作業用BGMを流したりゲーム実況とかローション相撲とか色々な動画を見たりしてるけど気がつけばいつもダラダラと見るのにちょうどいい動画を流していることが多くなった。落ち着いたテンションのゲーム実況動画を見つけると少し嬉しくなる。
最近は実話怪談と呼ばれるジャンルの怪談を話す動画を見ている事が多い。怖いのが好きってわけじゃないけど、テンションが高くないので見ていても体力を持っていかれないからついつい流しちゃう。
それに心霊、都市伝説、ヒトコワ、オカルト色々なジャンルの怖い話があるので飽きが来ることもない。
中には『閲覧注意!』『曰く付き』などという文字がタイトルにある動画もあったけどそんな文字すら半額セールくらいのお得感があるように思ってお構いなしに見ていた。
怪談を信じていないわけじゃないけど、どこか自分とは違う世界の話だと思って聞いていた。
繰り返しの毎日、終わりのない回廊を迷宮のようにぐるぐる回ってるみたい。
そんな日々が続いていたある日、私しかいないはずの部屋で、なにかの気配がした。
怖い話をしていると寄ってくるってよく聞く。実話怪談の中でも誰かが話していたじゃないか。
でも、独りの毎日をぐるぐる送っていると部屋に自分以外の存在がいるのも悪くないと思えてくる。
けど、そんな日々を送るのは流石によくなかったみたいで、どんどん心が深い海に沈んでいくように体が重たくなった。
それから、寝てる間誰かの息が耳元でしたり、鏡に一瞬知らない人が映ったり、友達と通話してる時に「部屋に誰かいる?」とか聞かれたりするようになった。
あまりにも疲れていたから放っておいてもよかったんだけど鏡を見た自分の顔が別人のようにやつれていた。
のでーーー
近所でお祓いをやっている場所はないか調べると、数は少なかったものの最寄りから電車で2駅ほど先にある寺がお祓いをしてくれるみたいだった。
会社が終わった後に行くのは流石に間に合いそうもないので休日に予約を取り付け、
当日を迎えた。
透庵寺へ行くとかわいらしいねこちゃんが出迎えてくれた。なんとおとなしくてかわいいんだろう。
首輪がついている寺の看板猫を撫でていると、予約の電話で話したと思われるこの寺の住職が現れた。
「大瀧美奈様・・・ですか?」
「あっ、はい!本日予約させていただきました!よろしくお願いします!」
住職はギリギリ目が合わないような視線で長いこと私の奥の方を睨んでいるみたいだった。
「あ・・・あの・・・?」
「あぁ、いえ・・・失礼いたしました。それではこちらへ」
住職さんの後をついていくとお寺のメインであろう場所(本堂)に通された。
「では、お祓いを始めさせていただきます。」
そう言って住職さんがお経を唱え始めると、次第に気分が軽くなっていくのを感じた。
なんて心地のいい住職さんの声
段々と眠りに落ちていきそうだった
深く沈んだ心が軽くなってかぷかぷと浮かんでいった
キラキラと光るみなもが見えてきた
『ぷはぁっ』
水面から顔を出して、青空が見えて
「以上でお祓いは終了です」
という住職さんの声で、麻酔から覚めたように意識が戻ってきた。
「ありがとうございました。気分がすごい楽になりました」
「・・・一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい?」なんだろう?
「プライベートに立ち入るようで申し訳ないのですが・・・何か心あたりはありませんか?」
「こころ・・・辺り?」心当たりしかない
「何か最近嫌な事があったりしませんでしたか?それとも何かモノを買ったりしませんでしたか?」
「嫌なこと・・・はないわけではないですけど・・・特別これと言って嫌だったことは・・・ありません。特にモノも買ってないです」
「例えばですが、ホラー映画を見たりとかはしていますか?」
「映画も見てないです・・・あ、でもYouTubeで怖い話聞いたりとかしています。やっぱりそれが原因なんですか?」それ以外に原因なんて多分ない
「そうですね・・・これは僧侶としてではなく私個人からのお話として聞いてください。
怖い話などをしている場には霊が寄って来やすくなります。そして身も心も疲れている時は抵抗する力が無くなっている状態、言ってしまえば取り憑かれやすい状態です。
なので、そう言った隙を無くしていく事が大事です」
顔にどうすれば・・・と顔に書いてあったのか住職さんは簡単なアドバイスをしてくれた。
「簡単な事でいいんです。部屋を掃除したり暖かいご飯を食べるなどしたり・・・心身の健康を保つのが悪い霊たちが入る隙を無くすことに繋がります」
「生活習慣をしっかりする、みたいな感じですかね?」
「そうですね。疲れた時はしっかり休むのも大事ですよ。それでは」
「ありがとうございましたー!」
足取りが軽くなったついでにどこかよって帰ろうかな!
お寺の庭にいた猫ちゃんがにゃーんと鳴いて見送ってくれた。
澄心にははっきりと美奈に取り憑いていたモノが見えていた。
出家して修行したからと言うわけでは無い。元よりこの世ならざるモノが見える瞬間は度々あった。だから出家したというわけでは無いし、それが修行によってより鮮明になったのかもわからない。
透庵寺の住職になってからは5年ほど経つが、鮮明に見えるようになったのはこのたった数ヶ月だった。修行の賜物であるのならばタイムラグが大きい。
日々のお勤めポイントが貯まって能力が貰えると言うシステムだったら確実だろうがそんな事があるはずもない。仮にポイント交換するとしても存命中では無いだろう。
この世ならざるものが見えることは特別不思議なことでは無く、知人の僧侶にもそういうものが視える奴はいる。
それでもここまでしっかりと鮮明に視えるものだろうか?仮に目、あるいは脳の領域に病気があるとしよう。もしそうだとして読経で塵のように消えていくだろうか?
最近はどこからか評判が評判を呼び透庵寺にお祓いを頼んでくる客が目立つ。
その都度依頼を引き受けて入るものの自分で釈然としないまま続けるのも良くないだろう。
依頼を受けるからには万全を期した状態で引き受けなければいけない。
澄心は伝手をあたることにした。
斑鳩シンリョウジョ
新バイト鶴野英司、勤務初日ーーー
大和は仕事を教えていた。
「基本的には受付をするくらいだからこれを覚えればいいかな」
「わかりました!」
「あぁあと、もしいかるさんが遅れて来た時のためにここの鍵はここにあるからね。ちょっとこっち来て」
「はいはいー!」
そんなこんなで本日の斑鳩シンリョウジョ、営業開始
終了。
「はい今日は閉店、お前ら帰った帰った」
いかるは今日分の患者を捌き終えるとバイト2人にさっさと帰るよう命令した。
「・・・いつもこんな感じなんですか?まだクローズまで時間ありますけど」
英司はほっぽり出すように館を追い出され『信じられない』と言った感じで先輩・大和に思わず聞いた。
「あはは、予定の患者がいなかったら割とこんな感じだね。緊急対応とかしないし」
「そうなんですか・・・
あ、篝さんこの後暇ですか?」
「ん?特に予定無いけど?」
「じゃあちょっと飯でも行きましょうよ!」
「おーいいねー!でも今金あんまないから今度でいいかな?」
「いいっすよぉ誘った僕が全部出しますって!」
時と場所は移って某ファミレス内
新人の鶴野は先輩である大和に次から次へと質問を投げていた。
「斑鳩シンリョウジョって何科の診療所なんですか?」
「ん・・・?んー・・・なんだろう・・・」
大和にとって難解な質問だった。答えはあるにはあるが説明が果てしなくめんどくさい。
「脳外科?じゃないか・・・心療内科・・・?」
「あーメンタルクリニックみたいな感じですか?」
「・・・かなぁ〜一番近いのは」
大和はメンタルクリニックという響きに割と納得した。
「カガリさんってどこの医大出てるんですか?」
「え?医大?出てないよ?」
「こういうところで仕事するなら医療関係出てないとじゃないっすか?」
「受付とかは大丈夫だよ。医療行為じゃないからね。ていうか鶴野くんだってそうだろ?」
「あー・・・まぁそうっすね、へへへ
やっぱあれっすか?ここに来る人たちって心の病みたいな?精神的な感じ?なんすか?」
「いや・・・そのぉ・・・」
一番難しい質問だが答える以外の道は無さそうだった。大和は今まであった事実を淡々と話した。
「え???火が出た???」
「何ヶ月か前に来た子でね、自分でも制御できないって」
「え・・・なんかここあれっすか?悪の秘密結社みたいな」
大和は突拍子もない聞き返しに思わず吹き出した。
「なんだよそれ」
「いやでもそうじゃないっすか。まるで人を怪人に改造してるみたいな」
「ヒーロー物好きなの?」
「好きっていうかちっちゃい頃なりきって遊びませんでした?」
「やったなー人間を改造するのってどれだったっけ?もうだいぶ覚えてないなー」
「あーっと・・・多分映画で見たやつかもしんないっす」
「ふーん、まぁそれはとりあえず置いといて
ここで診る人たちって他の病院で対処出来なかった人たちだからさ、シンリョウジョのことは俺よりいかるさんに聞いた方がいいかな」
「そりゃそうっすよ!火出る奴なんかいないっすって!ドラゴンかよって」
「・・・・あ、そうそう、このバンド知ってる?」
「メディカル・・・メカニカルアニマル・・・ズ・・・?」
「ここだけの話だけどね、このバンドの人がシンリョウジョに来たんだ」
「へぇー!その人が火出したんすか?」
「いやいや違う違う!この人はねぇ、電気」
「いやいやいやマジっすか(笑)バンドで電気って(笑)草生えますよ(笑)」
「あんま笑うの良くないよ?その人は悩んでるんだから」
「あーそうですよね、すみません」
「・・・・鶴野くんさぁ」
「はい?」
「いやその・・・なんか・・・いやまぁいっかなんでもない」
「えー何すか?気になるじゃないっすかぁ」
大和は初日からいうことでもないなと思って飲み込もうとしていたことを少しだけ言うことにした。
「ズレてるっていわれない?なんていうか・・・空気読めないおっさんと喋ってる感じがしてさ」
少しキツく言ってしまったがこれくらいはいいだろう。
「えっ・・・いや、別に言われないですけど・・・」
「・・・まーどーでもいいけどさ。いかるさんの前でその感じ出すなよぉ?あの人あー見えて仕事にはかなり真摯だから」
「へぇー・・・」
「割としっかり怒られたからね」
「マジっすか(笑)」
時は少し戻って斑鳩シンリョウジョ
バイトを追い出した後、いかるは今日の本客を待っていた。今日はもう誰も入れないぞという感じだった。
ベルが鳴った。
「はーい今開けるよー!やーん!もうはやくしよ・・・・えっ?!」
戸を開けると二十代後半〜三十代前半くらいの坊主が立っていた。
「だっ・・・・誰ですかっ!」
「急ですみません。こちらで珍しい症状を診て頂けると聞いたものですから。まだ診療時間内、ですよね?」
「えっ・・・あー・・・まぁ・・・はい・・・えっとー予約の方は・・・ないですよね?」
「あ、こちら予約制でしたか。すみません」
「え、えぇまぁ、そんな感じです。ちなみに一応どのような症状か聞いておいても?」
「よろしいですか?」
「まぁ、もう今日の予約はないので」
完全に仕事モードが終了していたこともあってなんとか追い返したくてしかたなかった。
しかし、僧侶相手にこのような仕打ちをしてバチがあたるかもしれないと思い、急遽仕方なく診る事にした。それに僧侶がどのような珍しい症状が出たのか気になるというのもあった。
「で・・・どのような症状でしょうか?」
「ここ最近の事なのですが」
「この1ヶ月以内のことでしょうか?」
「3ヶ月くらいですかね。なんといいますか・・・その・・・心霊的なもの、が視える様になりまして」
「えっとぉ・・・それは・・・そーういうご職業だからでは〜ないでしょうか?」
大きく拍子抜けした。僧侶であれば見て当然のものだろうとすら思った。
「はい。ですが必ずしも修行を積んだからこの世ならざるものが視えるというわけでは無いのです。僧侶の中でも視える人見えない人様々です。
そして私の場合、出家する前からそう言ったものを視る、というより感じるに近いかも知れません。私には元よりそういう力がありました」
「そうですか」
いかるはさっさと玄関で返せばよかったと後悔していた。
「そしてここからが本題なのですが、最近お祓いを申し込んでくる方が増えまして」
「お祓いって神社でやるものでは?」
「えぇ、基本は神社で行われる物ですが寺でも全く行わないわけではありません。私の様にお祓いを行う僧侶も稀にいます」
「はぁ、それで症状というのは?」
さっさと結論を言え生臭坊主という言葉を押し殺しながらイライラが募っていった。
「先ほど申し上げた通り元よりこの世ならざるものが視えていましたが、この数ヶ月より鮮明に視える様になりました。
そして今までにはなかった事なのですが、私がお経を唱えると取り憑いていた物がはっきりと視えてから成仏する様に消えていくのです。今までこう言った光景は見た事がなく・・・
私の目の病気ではないかとか思ったのですが」
「・・・・・・えぇっと」
こう言った来客を防ぐためにも医療機関を経由した受診方法にしていたのだがもっと大きく打ち出すことにしようと固く決意した。
「実際のお祓いを見ていないのでなんともいえないのですが・・・まぁいいや、とりあえず診るだけ診ましょう」
いかるは坊主頭に手を当て、スキャンを開始した。
『これがお祓いの様子か』
軽く診たところ特に“症状”と呼べるようなものは無い。しかしスキャンをしている間「ん?」となにかを感じた。
「なるほど・・・少し気になった事がありますのでお経を唱えて頂きますか?」
「今ここで、ですか?視たところ・・・こちらは特にその必要はないように思われますが」
「いえ、一度私自身に向けて唱えてみてください。こちらが止めるまで」
「・・・・・・わかりました。
ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं」
「・・・・・・!」
僧侶が経を唱えている間、いかるには今まで感じたことのない感覚に包まれた。安らぎのあまり身体から魂が抜けるような・・・意識が遠のいていくような・・
いかるは、自らを叩き起こした。
「わかりました!もういいです大丈夫です!」
「・・・なにか・・・わかりましたか?」
事情が変わった、ちゃんとこの患者を診なければならない。そしてこの僧侶の症状が想定したものであれば、不可能を可能にできるかも知れない。
「確実では無いのでなんとも言えませんが、こちらで処置する必要はない、というよりむしろしない方がいいかも知れません」
「悪い症状では無いという事ですか?」
「おそらく。
少し試してみたい事があります、後日になりますが協力お願いできますか?」
「この症状に必要な事であれば是非とも」
「ではこちらで都合をつけますのでまたこちらへお越しください。日程は決まり次第お知らせしたいのですが連絡先はどちらに?」
住職・澄心は懐からスマートフォンを取り出し、番号を読み上げた。
「ありがとうございます。それではこちらから連絡いたしますのでお待ちください」
「わかりました。本日は急な申し出を受けて頂き、誠にありがとうございました」
澄心はしばらくいかるを見ていた。
「・・・どうされました?」
「支払いはいくらでしょうか?」
「えっ、あぁそうですね。えーっとどうしようかな・・・」
チャイムが鳴った。時刻は午後5時を回っていた。
「あっ!今日は大丈夫です!また今度!」
「え?いいんですか?」
「えぇえぇ!大丈夫です!ちょっと特殊なので次回までに計算しておきますので![#「!」は縦中横]」
「そうですか。重ね重ね申し訳ありません。ありがとうございます」
「いえいえ!ではまたよろしくお願いします!」
澄心住職が門を出ると、タッパのある赤いジャケットの女が立っていた。
澄心は猫の世話をしに透庵寺へ帰っていった。
「やーるんるんお久しぶり!」
「りんりん待ってたよお!」
互いの呼び名が進化した二人だった。
「今の坊さん誰?」
「あそうだ、ちょっと興味深い事になっててね、ちょっと待ってて」
そう言いながらいかるはどこかへ通話をし始めた。
バイト2人は食事を終えて帰路に着いていた。
「今日はありがとうございました!」
「いやいや、僕から誘うのも気が引けてたしちょうどよかったよ!今はパワハラになっちゃうかも知れないからさそーいうの!」
「あはは!気にしすぎですヨォ!また今度ご飯いきましょー!」
「おう!またな!」
大和は『なんて気持ちのいい爽やかな後輩なんだ』という思いに胸が充満した。ふと足元を見ると、キャラクター物のラバーストラップが落ちていた。
「これは・・・鶴野くんのやつだ」
なんとなく彼のバッグについていたものという記憶があり、急いで彼が帰った方向へ向かった。
しかし、道には老人が一人歩いているだけだった。
「あのー・・・すみません」
「はい?」
「今ここで若い男性が歩いてたと思うのですが見ませんでしたか?」
「いやぁ?見とらんねぇ?」
「そうですか・・・すいませんありがとうございます」
『次会った時に渡せば・・・っていうかシンリョウジョに置いておけば大丈夫かな』
そう思いながら大和は帰路に着いた。
時刻 PM6:50
「・・・・なるほどね。つまりあのお坊さんのお経は能力を解く力があるかもしれないんだ」
「うん」
「けど能力を解かれる感覚っていうの?想像つかないなぁ」
「私の場合は症状だけど、使い方がわからなくなりそうな感じがあった」
「じゃあるんるんの仕事無くなっちゃうね」
「んっ・・・ねぇ、りんりんの方もなんかわかったんでしょ・・・っ・・・」
「もうちょっと後で話すね」
二人は服を着るのをもう少し後にした。
時刻 PM8:30
「え?タンパク質?あの飴から?」
「そ」
麗麗はお土産だけでなく実に興味深い情報を持ち帰ってきていた。
「しかもこのタンパク質、おそらく人間由来なんだ」
「おそらくって言うのは?」
「この二つの表を見て」
麗麗が出した表には比較した二つの図のようなものがあった。
「こっちが本来の人の持つタンパク質、でこっちが飴から見つかったタンパク質。この二つの遺伝子解析表を重ね合わせると・・・」
「ほぼ一致するけど・・・少し歪ね」
「そう、つまり何かしらの影響によって純粋な人間の遺伝子ではなくなっているように見える」
「ん?そもそもなんで人のタンパク質が飴から出てくるわけ?」
「これは・・・トンデモな話だと思って聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「飴で能力が発現する理由がこのタンパク質によるもので・・・このタンパク質はいわゆるオリジン的な人物の細胞から採ったものなんだと思う」
「ん?能力の始祖がいるって事?」
「そんな感じだと思う。多分このオリジンに当たる人物はすでに何かしらの人体実験を受けていた・・・」
「アメコミっぽいなぁ」
「で、この飴にはもう一つ・・・新種の神経毒が見つかった」
「ええぇ・・・新種って・・・適当に言ってない?」
「だからトンデモ話って言ったでしょ
この神経毒っていうのがこの植物から採れるものなんだ」
「・・・・・?普通の花じゃん」
「いや、この青い花は私の故郷のごく一部にしか生息していない花なんだ」
「ふーん・・・なんで新種なの?」
「
「なんで」
「いわゆる禁足地のような場所なんだ。しかも辿り着こうと思って辿り着けるような場所じゃあない」
「・・・・よく帰ってこれたね」
「昔一度だけ行った事があってさ、記憶を頼りにね」
「うーん・・・釈然としなさすぎるなぁー」
「でさ、ずーっと気になってた事があるんだけど」
「なに?」
「るんるんこの飴食べた?」
「いや?なんで?」
「いい?るんるんがここで診ているのは症状、この飴で発現するのは能力・・・」
「・・・・・」
「るんるんの症状はいつ発現したの?」
「あ・・・・そっか」
「ね?おかしいでしょ?ここに来る人たちは飴とは関係なく特殊能力じみた症状が出ている・・・」
麗麗はここからがサビだと言わんばかりに話を続けた。
「つまりこの飴は症状をさらに進化させるための道具。最初に症状が出た人間がいてさらに人体実験をさせられたのかも知れない。例えばこの神経毒を注入されたり」
「ちょちょちょちょっと待って一気に喋らないで!
りんりん・・・一回誰かあたし以外の人にもその話した方がいいよ」
「非常識には非常識をぶつけるんだよ」
「で・・・この話の結論はどこに向かうの?」
「るんるん、ちょっと細胞もらっていい?」
「・・・・同じ因子があるかも知れないと」
「そ」
「じゃ、ちょっと採取するね♡」
いかるの細胞を口から採取しながらさらに話を続けた。
「実はこの飴から見つかった神経毒はこれだけじゃなくてさ、何種類もの毒が混ざってできてたんだ」
「はんほはえひ?(なんのために?)」
「間違いなく確実なのは痛み止めの作用ね。能力によっちゃ痛みで死んじゃうかも知れないからね」
「痛み・・・」
いかるは先ほど連絡をとった相手を思い出していた。あの姉弟も能力が引き起こす望まない痛みに苛まれていた。
橘姉弟があの後どう過ごしているかが気がかりではあった。
弟・燕太の症状は自分の処置によって落ち着いてはいるがいつまた暴発する可能性もゼロではない。
そして問題は姉・結羅の方だ。
先ほど声を聞いた限りではあの男からはすでに離れているような感じだった。しかし家庭の環境や彼女自身の行き場のない暴走など不安要素はまだまだ解消できていない。
そんな事を考えていたからか、麗麗に両頬をくにっと掴まれた。
「るんるんー顔固くなってるぞー」
「んー・・・」
麗麗はいかるの頬を掴んで伸ばしたりしてから、そのまま顔を近づけ舌を絡ませた。
後日、斑鳩シンリョウジョーーー
澄心住職と約束を取り付けた日になった。
シンリョウジョには橘姉弟が来ていた。
「あの、呼ばれたから来ましたけど・・・なんなんですか?」
明らかに乗り気でない結羅が燕太に引っ張って連れてこられて来たようだった。
「結羅さん、燕太くん久しぶり。今日は一つ、実験をしたいんだ」
「ゔぇっ、なにすんの・・・」
結羅は実験という言葉にいいように使われるという意味合いがあると思っている。
「こちらの姉さんは結羅ちゃん、隣にいるのが弟の燕太くんです。
じゃあまず二人とも、なんでもいいから火を出してみてくれる?」
「・・・なんで?」
「ボクもうあんま出ないけど・・・」
いかるは燕太に
「君は火が出なくなっているわけじゃなくコントロール出来るようにしている状態だ。出そうと思えば出せるよ」と言ってから結羅の方に向き直り
「結羅さんと燕太くんはこの症状をどうしたい?」と、最終確認を行なった。
「どうしたいって?」
「完全に治すことができるかもしれないけど、どうしたい?」
二人は少し考えていたが、燕太が
「姉ちゃん、治してもらおうよ」というと結羅も決意が固まった。
「・・・わかった。お願い」
「じゃ、火を出して」
二人は空に向けて燃え移らない程度の軽い火を放った。
ボウッという音と主にあたりが一瞬明るくなる。
その様子を目の当たりにした澄心住職にとって、とても信じられるような光景では無かったが信じないと話が先に進まない。それに、実際に一つだけ不可解な事があった。
「もう一度、やってみてくれませんか?」
二人の姉弟はもう一度同じように火を放った。その時、澄心には二人の身体から火ではない黒い何かが放出されるのを見た。
「これが・・・こちらで診るような症状なのですか?」
「はい、そしてこの症状は」
いかるは二人の火の症状についてのこれまでの事を話した。
「なるほど・・・それはなんとも・・・それで私はなにをすればいいでしょうか?」
「この二人に向けてこの間のお経を唱えていただけませんか」
「はっ?ちょっ、なに?!」
結羅は急に胡散臭い展開になったのですぐさま燕太を連れて帰ろうとした。
「・・・・なるほど、わかりました。では・・・」
結羅の抵抗も虚しく、始まりを告げる鐘が静かに鳴った。
ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं
澄心の読経に導かれ、結羅と燕太は澄み渡る空へ飛んでいくような軽さを感じていた。
身体から魂が抜けていくような
重くのしかかっていた鉛が溶け出して逝くような
澄心の目には、二人の体から黒々とした塊が塵となって風化していくような光景が写っていた。
『これが呪いなのかもしれない』
そう感じながら唱え続けた。
やがて、黒いものが出なくなり、完全に消えたのを確認すると
終わりを告げる鐘の音が鳴った。
姉弟にかかった呪いが解かれ、二人の火の能力が消えた。
二人はやっと苦しみから解放された。
「澄心さん、ありがとうございました。初診のお代は以上で結構です」
「今唱えていて視えるものがありました。この二人から出てきていた黒いもの、あれは呪いなのでしょう」
「澄心住職、これがあなたの”症状”かもしれません」
「これが?」
「これはあくまで私の推察ですが、あなたの症状は”超共鳴”です」
「超・・・共鳴・・・?」
「おそらく声から発せられる周波数によってこの二人の脳を揺らしリラックス状態にする事で、ある種の抗うつ剤のような効果をもたらしている、いわば能力・・・いや、呪いの解除」
思わず澄心は苦笑した。
「それはなんとも・・・この職業らしい症状ですね」
「この能力はまだわかっていない事が多いですが、脳と心の状態が大きく関係しているようです。
そして私にも澄心住職のような”症状”がありましてね」
「あぁ・・・それであの診療所を」
「まぁ、私の場合は脳に電気を流して症状を改善する程度ですが、住職の場合は声による共鳴を起こす事で身体全体に作用するのかも知れません。
これを言霊というのでしょうね。私は門外漢ですからよくわかりませんが・・・」
「いえ、案外そうかも知れませんね。呪いを解くのに最適な周波数が出る言葉を選んでいたのかも知れません」
「今回はご協力いただき本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。これでやっと安堵できます」
「近々またご協力お願いするかも知れません」
「えぇ、このような手伝いならいつでも」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「さて」
いかるは橘姉弟を見た。
「結羅さん、立里アズマについて知っている限りを教えてくれるかな?」
透庵寺に戻った澄心は留守番をしてくれていた猫のまさかどくんをよしよしと撫でてからペットフードを出し、自身の夕食にありついた。
住職をやっていると不思議なことはよくあるが、ここまでのことは聞いたこともなかった。
自分は今を生きているのだろうか
大きな安堵の中に、現実感のない不安を感じる夜だった。
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