第30話 不穏(ラヴィ視点)
「はぁ……」
人魔会談の日の翌日。
また我は、自室のベランダでため息をつきながら、外の様子をただぼんやりと眺めていた。
「残念でしたね、ラヴィ様。ビエル様、いらっしゃらなくて」
「まぁしょうがないわよ。事前に連絡入れてたワケじゃないし」
いつものように我の傍らで合いの手を入れてくるこの魔族は、魔王であるお父様の最側近。我の世話役で、いつも我の愚痴とか聞いてくれるヴァンだ。
「それにしてもラヴィ様。人魔会談でのあの鋭いご指摘や堂々とした振る舞い。私、ちょっと感動してしました」
「そう?別に普通だけど」
取り立てて意識していたわけじゃなかったけど、会談前に察してしまったあの懸念に対する情報を少しでも集めようとしたら、自然とそうなっただけ。
お父様やヴァンには悟られないよう、考えて聞いていたつもりではある。会談が終わった後のヴァンやお父様の態度を見る限り、我がウォーレンとその周辺で起こっている事象の真実を知りたがっていることは、多分まだ気づかれていないだろう。
まぁ、結局ほとんどなにもわからなかったんだけどね。強いて気づいたことと言えば、現ウォーレン領主があの会談を明らかに建前だけで乗り切ろうとしていたことだけ。あれは確実に、なにかを隠している者のの会話術だった。ヴァンは会談場の警護で外に出ていたから見てないけど、もし近くにいたら同じことを感じたと思う。
「ラヴィ様は将来、きっといい魔王様になれますよ」
「我は別に、魔王とかなりたくないんだけどね」
「いえいえ。才能ありますから、ラヴィ様は」
「お世辞はもういいわよ」
実際、本当に魔族のトップになりたいとかって欲望は全然ない。そもそも我、女の子だし。そういうのって普通、男の魔族がやるものでしょ?
お父様には私のお母様(もう死んじゃったけど)以外にもたくさんの妻が子いて、その子の中には男の魔族も多くいる。そこから強そうなの適当に選んじゃえばいいだけなのよ。いくら私のお母様が正妻だったからって、我じゃなくてもよくない?
ちなみに魔族の世界は一夫多妻だから、そういうことに対して別に嫌悪感はない。強い遺伝子はたくさん残した方がいいに決まってるしね。
強い遺伝子……。
ビエルの遺伝子、強そうなんだけどなぁ……
欲しいなぁ……
「ラヴィ様。鼻の下が伸びてますよ」
「う、うるさいわね!伸びてないわよ!」
「顔も赤くなってますし、目も潤んでいます。風邪ですか?」
「ち、違うわよ!」
我としたことが……不覚。
なんであんな破廉恥な妄想をしてしまったのかしら……。これも全部ビエルが悪いんだからね!昨日は会えなかったけど、今度もし会う機会があったら、絶対タダじゃおかないんだから覚悟しときなさいよね!
「そ、そんな事よりヴァン!人魔会談から魔王宮に帰宅する途中で回収したあのエルドラゴンの骨はどうしたの?」
我は話を変えるため、ヴァンがこっそり帰路のガレスウッドで拾っていた、とあるブツの件について問いただしてみた。
「おや?それも気付かれていましたか。さすがはラヴィ様、目ざとい」
「それ、褒めてないわよね?ていうか、ごまかさないでよ」
「いや、あんなところに普通、エルドラゴンの骨なんか落ちていませんからね。オークキングの件もそうでしたけど、さすがに回収案件です」
ヴァンはガレスウッドでなにかが起こっていること自体は、私に対して正直に話してくれる。ただ、現時点で判明している可能性の高そうな仮説のことについては、一切教えてはくれない。
お父様に止められているから言えないんだろうけど。だから私は、巧妙に自分で探りを入れていかなければ真実にたどり着けない。おそらく仮説が事実だと証明できれば、お父様もヴァンも、全ての真実を教えてくれるのだろうけど……
不安なのよ。
それを待っていたら、全てが手遅れになるような、そんな漠然とした不安。もう二度と、ビエルに会えなくような。そんなどうしようもない焦りを感じるのだ。
だから……
「オークキングの頭部からは、なにか新しい情報は得られたのかしら?」
「おや?それもご存じでしたか。そうですね、それはちょっとまだ言えませんね」
「……ヴァン」
「なんですか?」
「今から我が語る内容は全部独り言だから、別に何も答えなくていいし。ただ、ちょっと聞いていてほしいんだけど、いいかな?」
悟られないように、というのはもうやめようと思う。
ビエルの身が危ないかもしれないというのに、コソコソ回りくどいやり方を継続する時間がもったいない。大人の事情で答えられないなら答えないでいい。我は我で独自の調査をする。その行動は別にお父様やヴァンにバレても構わない。
「……わかりました。どうぞ」
目を瞑り、聞く態勢になってくれたヴァン。
ビエルと面識があるヴァンは、本当は我にも情報を共有したいのかもしれない。
「中堅都市ウォーレンの前領主とオークキングは合成獣にされた。何者かの手によって」
「……」
「貴方がオークキングの頭部を回収し、魔王宮の研究施設に検体として回してその事実が発覚したのでしょう。人と魔物の合成は不戦協定で禁止されている明らかな協約違反。だから、お父様はその犯人と原因を探るため本格的な調査に乗り出した」
「……」
「おそらく合成獣だったという事実はすぐに判明した。ただ、明確に誰と合成したかを示す明確な証拠が足りなかった。だから、人魔会談はウォーレンで行われた。ヴァン、貴方が会談中に前領主の遺伝情報を回収するためにね」
「……」
「時期が被っていたから当然よね。我でもまずはそこを疑う。そして貴方は昨日その任務を完遂し、昨晩中に遺伝情報の突合を行った。結果はもう出ているはず」
「……」
「でも違ったのでしょう?だから、お父様も貴方もいつも通り。そこの仮説が実証されていたら、こんなに落ち着いた日は迎えられていないものね」
我は一息に、自分の推察を全てヴァンに投げつけた。
彼は何も答えない。表情一つ変えない。ただ黙って聞いていただけ。
正直なところ、これだけ打てば少しくらい反応を得られるかもしれないと期待して話した。だがそこはやはりヴァン。一筋縄ではいかないようだった。
「……ラヴィ様」
「なにかしら?」
「やはり貴女は優秀です。魔王様の慧眼は間違っていなかった」
「それ、我の言ったことが大体合ってるって言っているようなものだけど?」
「これはただの独り言です」
我とヴァンが目を合わせて、微笑し合った。
ありがとう、ヴァン。
「そしてこれも独り言です。エルドラゴンの骨だけだと、必要な情報を引っ張り出すのは多くの時間がかかって大変です。骨が折れる作業です。骨だけに」
「……それは確かにいろんな意味で、独り言にしておかないと厳しいセリフね」
何故かショックを受けてうなだれるヴァン。
いや全然面白くないし、そのオヤジギャグ。
「うおっほん!ともかく!頭と違って骨だけだと、正確な情報を抽出するまでには1年くらいかかるかもしれませんので、ラヴィ様にはその間、とっとと魔術の鍛錬をしていただきたいものですね。強くならないと、なにかあっても対処できませんよ」
「それ、絶対独り言じゃないじゃん。苦言じゃん」
「いえ、ただのボヤキです」
ただ、確かにヴァンの言う通りだ。
我があれこれ動いて仮に真実が先行してわかったとしても、この事案は我だけで解決できるような甘い話ではない可能性が高い。ここはヴァンの苦言通り、我は今よりもっと強くなって、災厄に備える必要があるのかもしれない。
なにもビエルだけを守りたいということじゃない。
我は、この人と魔族がともに平和に暮らす、今の世界が好きだ。
魔王とかそういうのはどうでもいいけれど、この平和を守るために我が力を尽くすことにいささかの曇りもない。それがたとえ微力だったとしても。
「なにしてるの、ヴァン。さっさと鍛錬場に行くわよ」
「御意」
私はもっと強くならなきゃいけない。
そう。
もしヴァンの独り言から察した我の新たな仮説、すなわち《エルドラゴンとウォーレンの前領主が合成されていた》としたら。そしてそれがもし、《不戦協定を破棄するために人間側が準備していた合成獣》だったしたら。
その時は、我も戦場で戦わなければならない。
世界にもう一度、人と魔族が平和に暮らせる世の中を取り戻すために……。
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