1-4 白雨の後に


うるさい奴らと野次馬が消え、場は一気に静まる。

ずっと地べたに座っていた祐は起き上がり、結束を見る。



「……………」


祐は、結束にお礼を言うべきか迷う。

本来なら当然、きちんと感謝を伝えるべきだ。

何しろ、教室の件はともかく今回は下手したら死んでいたかもしれない騒ぎを収めてくれたのだから。

だが、彼女はどんな気持ちで自分を助けたのだろう。

圧倒的な実力を持った彼女からすれば、きっとあの場を収めることは苦ではなかったはずだ。

ただの気まぐれという可能性もある。


いや、それ以前に。

これを機に彼女と話して、もし変に気に入られたらどうするか。

あくまでも仮の話だ。

決して自惚れではない。

友達を必要としていない祐にとってはこのお礼から始まる会話すら脅威になり得る。

平和を重んじる祐にとって、彼女の存在も、やはり自分の人生にはいらない存在だ。


………だが。


「なんか、ありがとな、助けてくれて。それも、2回」


やはり、きちんと礼を言うことにした。

特に理由があったわけではないが………これは、そう。

人としての礼儀だ。

さすがにこれだけ窮地を救ってもらって、この場で彼女を無視して教室に向かうというのはなんとも忍びない。


「2回?」

「教室での騒ぎだよ。あんたが『出力改変』で…」

「あれは、別にあなたを庇ったわけじゃない。ああいう場が嫌だっただけ。私、うるさいの嫌いだから」


なんてことを言う。 

おそらく本当のことだろう。

力があるから、自分が目立つことに慣れているから、欲のまま動くことに躊躇ちゅうちょがない。

なら、彼女は本当に静かな場所が好きで、騒がしいのを嫌う。

そういう人間なのだ。


「……霊符が暴発してー、とは言わないのな」

「『出力改変』を知ってる人に嘘重ねても仕方がないでしょ。あの時はいちいち説明が面倒だったから嘘つき通していただけだし」

「それもそうか。だがそれにしてもあの出力改変は見事だった。さっきも気づかれないよう長月の奴にあんだけの数の『怨衝おんしょう符』を仕掛けてて。お前、相当強いんだな」

「別に、大したことないわよ」

「おいおい、あんだけ派手に暴れて謙遜なんて……」


そこで祐は言葉を止める。

結束の様子が少しおかしいと感じた。


「………本当に、大したことない。私なんて…」

「……………そ、そう」


そう言って結束は、どこか悲しげな表情を浮かべる。

彼女の言葉はやはり謙遜にしか聞こえないが、その妙な雰囲気に、本心を告げているかのような影を感じた。

だが彼女はすぐに気持ちを切り替えたように顔を上げて言う。


「……それに、『出力改変』を一瞬で見破るあなたも、ただものではないと思うけど」

「いや、まぁそれは…………たまたま、知ってた」

「そう。それより……」


急に話を切り上げて、違う話を始めようとする。

自分のことを押し通すあたり、さすが邦霊の人間といったところか。

なんとなくお嬢様気質のようなものを感じる。


「神崎恭也って言ったかしら。……貴方のお友達の。あの人、何者なの?」

「………は?」


なぜここで恭也の話がでる。

彼女が何を気にしているのかわからないが、とりあえず、


「そんなこと、本人に……」


と、周りを見渡していつのまにか恭也の姿がないことに気づく。


「あれ?いついなくなった?」

「……今頃気づいたの」

「いや、なんていうか……」


つまり。

今自分は彼女と二人きりだということだ。

恭也がいると無意識に思っていたため、2人だと分かった途端、妙に緊張してくる。

相手が美人だからか。

それとも邦霊の人間だからか。

祐も元は水無月の人間だったというのに、なんとも情けない。


「とりあえず、彼は何者なの」

「え?あ、いや……そうだな。何者って言っても、ただの友達ってだけでそれ以上は……なぜか強ぇーけど、どこで訓練してたとかも知らないし」

「………そういうことが聞きたいんじゃないんだけど」

「え?」

「まあいいわ。それより…」


と、また話を切り替える。

なんとも傍若無人なものだ。


「あなた、この学校に何しにきたの」

「………は?」

「あれだけ周りにバカにされて。夏越家の人間なら、こうなることぐらい入学前から予想がついていたでしょ」

「あー、そこら辺はあんま気にしてない。俺、打たれ強いから」

「それに教室での先生の話も聞いていなかった。入学初日からやる気すら見えない」


前の席にいたくせに、よくもまぁそんなことまで気づいたものだ。

祐はだんだん自分が面倒くさくなっていくのを感じていた。

よく考えれば、邦霊の人間に自分のことを話す必要など何もない。

彼女がなんらかの命を受けて、祐のことを探っている可能性もある。

なら、この場はとりあえずしらばっくれるべきだろう。


「いやいや、よく勘違いされるけど、俺聞いてないように見えて意外と集中してるところあるっていうか……」


だがその言葉を遮り、結束は声を張って言う。


「その昔、まだ地球が誕生して間もない頃、この世界で3人の人間が生まれたのが、生物史の始まりと言われている」

「は?なんの話だ?」

「聞いての通り、歴史の話よ。さっきの先生の話を聞いていたら分かるでしょう?」

「あー……なるほど」

「その3人の名はそれぞれ『フレイ』、『ゼフ』、『レクト』と言った。じゃあ、その3人に共通するファミリーネームは何?」


祐は少し考えたフリをして一呼吸置き、答える。


「……『ラウドアース』」

「なんだ、本当に聞いていたのね」


祐は元々水無月家の人間として、幼い頃から訓練の一環で霊術士としての一般的な知識や常識、帝王学を叩き込まれていた。

両親がいなくなってだいぶ時間が経っていたが、自分が知っている知識で助かった。


「ま、本当はそんな話していなかったんだけど」

「なっ」

「それに突っ込まないということは、やっぱり貴方は話を聞いていなかったということよ」

「………はぁ、なんなんだよお前。なんでそこまで俺にこだわる」

「………それは」


その言葉に、結束は視線を落とす。

さっきの祐の様に考えるフリではなく、本当に何かを考えていて、発言に躊躇ためらっている様子だった。

だが、すぐに顔を上げ、口を開く。


「『日天子アドウェルサの厄災』」

「っ!?」


突然のその言葉に祐は思わず反応してしまう。


「それは知っている顔ね」

「…………」

「去年の3月。貴方なら覚えてるでしょう?水無月家の当主たちが失踪した事件と同時に起きた、もう一つの事件」

「…………」


迂闊うかつだった。

祐は邦霊に所属していた頃の慣行で敵に情報を与えないよう何を言われても動じないように常に意識を巡らせている。

それでも彼女の口からその言葉が出るとは思わず、つい反応してしまった。

おそらく彼女も言うタイミングを図っていたのだろう。

そもそもなぜ祐が『日天子アドウェルサの厄災』という言葉に反応すると知っていたのかは疑問が残るが。


「あの日は水無月が崩壊の危機に陥ったことにばかり霊術界の目は集中していたから、水無月の中の小さな施設で起きたもう1つの事件は闇雲になり、あっという間に風化してしまった」

「…………」

「かつて水無月が運営していた霊術の養成学校、『天尚てんしょう学園』が何者かに襲撃され、ほぼ全ての生徒と教師が惨殺された。そこには当時水無月家の次期当主候補だった水無月家の子息もいたとされているわ。生死は不明だけど」

「…………ペラペラと、いきなりなんの話だ」

「私はちょっとした事情でこの事件について調べているの。貴方なら何か知っているでしょ」

「………俺は水無月の傘下の家として、軽く事件の概要を聞かされただけだ。お前が今言った内容以外、知っていることはほとんどない」

「嘘ね。残念ながら貴方があの事件の関係者だという確かな情報は得ている」


確かな情報ときた。

彼女は様子を見る限り、祐が水無月の人間だったことは知らないようだ。

それならなぜ厄災の関係者だということを知っているのか。

情報元は気になるが、これ以上彼女の話に付き合うのは危険だ。


「そんなの知らねーよ。どっちにしろ、俺がお前に何かを教える義理なんて何も無い。だから俺は何も言わないし、脅してきたところで何も知らないから何も話せない」

「あくまでもしらばっくれる気のようね。でも、あなたが事件の関係者であるかどうかはともかく、話したところでメリットがないのはたしかね。………それなら………」

「…………」

「勝負をしましょう」

「………はぁ?」


また唐突な提案に、祐は思わず声が上がる。


「この後、入学後の確認試験がある。サバイバル形式で霊符の行使能力を測定する、実技試験よ。その試験で勝った方が、相手の言うことをなんでも一つ聞くっていうのはどう?」

「試験って、なんでそんなのあるって分かるんだよ」

「私は邦霊の人間よ。学校の予定なんて、一般公開されてない行事も含めて全て把握しているわ。それにこの条件ならあなたの方がメリットが大きいでしょう?私が勝ってもあなたに情報をもらうだけなのに対して、あなたは私になんでも命令ができる。下僕になれと言われれば、私は如月と縁を切って、あなたの下につくわ」

「げ、下僕って……」

「未来永劫、あなたの命令に従うってこと。こんなにいい条件中々出さないわよ」

「いやいや、それ以前に俺がお前に勝てるわけないだろ!それに、サバイバル形式っつーことは他の生徒も参加するんだろ?あいつらは全員、夏越家の俺を狙ってくる。戦いに関しては明らかに俺が不利だ」

「それは確かに。ではこうしましょう。まず最初に、あなたを狙う人全てを私が迎撃する。それが終わってから私が霊力を消費した状態であなたと戦う。これでどう?」

「は?お前そんなの……」


一見、あまりにも無茶な話だった。

サバイバル形式というのが何人まで参加するものなのか分からないが、仮にクラスごとでの試験だとしたら、30人以上と戦ったのちに祐の相手をするということ。

それに、一人一人順番に戦うわけじゃない。

サバイバルという言葉をそのまま捉えるなら、極論、全員が一気に襲ってくる可能性もある。

もし集中放火を食らえば、いくら彼女といえどさばき切るのは難しいはずだ。

だが、彼女は当たり前のように話を続ける。


「さらに条件を加えるなら、私があなたを守りきれなくて他の生徒の攻撃であなたがダメージを負ったり、逆にあなたと戦う前に私が戦闘不能になっても私の負けでいい」

「………まじかよ」


あまりにもこちらに分がある条件だった。

もし、この勝負に勝てば、邦霊での最高権力を持つ彼女を自分のものにできる。

邦霊の情報を知るだけでなく、彼女をスパイにして潜入操作させることなんかもできる。

もしかすれば、あの事件のことも……


「…………」


そこまで考えて、祐は思考を打ち切る。

今更そんなこと調べて何になる。

自分は平和だけを求めて生きると決めたはずだ。

それは世界平和なんかではない。

自分だけが誰の影響も受けず、ひっそりと生きていく世界。

それが今の祐の目的だ。



なら、もし勝負に勝った時、何を命令するか。

平和を目指すために、何をするべきか。

今はそれを考えるべきだ。

例えば、彼女の婿に入るというのはどうだろう。

彼女に如月の全てを任せて、自分はそこに張り付く権力者として人生を謳歌する。

………いいな。

なかなかに名案だ。


「………如月祐か。悪くない」

「なっ……」


結束はボソッと呟く祐の言葉に薄く頬を赤らめる。


「なっ、何考えてるのあなた!?」

「え、だって、お前と結婚すれば夏越の名前を捨てて楽できそうだし」

「あ、そ、そう。そういう…………………って、なんでそれで結婚になるのよ!」


慌てた様子の彼女は一旦冷静になり、またすぐに声を上げる。


「それが一番楽だろ」

「紛らわしい事言わないで!い、いきなり変なこと言うから……」


と、そこで途中で失言を撤回するように彼女は目を見開いて言葉を止める。


「……変なこと言うから?」

「……………い、いえ、何でもないわ」

「………………」

「………………」


少しの静寂。

だが祐はそれを自分から壊していく。


「……お前、もしかして」

「ち、ちょっと黙って。それ以上言ったら……」

「自意識過剰になっちゃった?」

「黙れと言ってるでしょう!」


今まで凛として冷静だった彼女が、意外にも可愛らしく声を上げていた。

なるほど。

恭也が人をからかう気持ちがなんとなく分かった。

これは何というか、ちょっと楽しい。


「とっ、とにかく!変な命令はだめよ!」

「それ、どんな命令でも変って言えば拒否できるじゃんかよ」

「そこは、その……なんとなく分かるでしょ!」

「いやまぁいいけどね。分かった。その条件でやろう」


ふぅ、と荒れた呼吸を戻すように、結束は一呼吸置いて言う。


「………とりあえず、やる気にはなったみたいね」

「ああ。どっちにしろ、逃がしてくれるとは思わないしな」

「分かってるじゃない。じゃあ、また試験の時に」


そう言って彼女は教室へ戻っていった。



「………………………」



一人になり、祐は急に冷めていくように我に帰る。


少し、長く話しすぎてしまったかも知れない。

厄災の話や勝負の件は事務的な内容というか、友達と呼ぶには他人行儀な会話だったが、その他では祐自身が会話を楽しんでしまった節が確かにあった。


「…………なんか、もう、何やってんだ俺」


平和こそ人生の極致。

祐の指針となっている言葉。

この言葉を元に、祐は友達を作らないと決めた。

だが。


………平和。


祐が思う平和とは、いったい何か。

一人で、静かに、のんびりと暮らすことか。

あるいは、いつか誰かに誓ったような、争いのない誰もが平等に暮らせる世界か。

また、あるいは。


「…………」


だんだん自分の中で何もかもが分からなくなっていく。


「……………あー、やめだ!もうやめやめ!」


逃げるように祐は思考を端に追いやった。

今はこんなことを考えている場合じゃない。

なによりも今大切なのは如月結束との勝負だ。


如月家。

現在霊術界の頂点に君臨する、絶対的な称号。

そして、その家の血筋の人間との勝負。

まだ何を命令するかは決めていない。

具体的に何をしたいといったことはないが、それでも彼女の提案が魅力的なのは確かだ。

だが、それ以前に。


俺は、彼女に勝てるだろうか。

こちらの報酬に対してリスクが低かったためつい了承してしまったが、いくら好条件でもまともにぶつかって勝てる自信はあまりなかった。

一応、モラルには反するが、彼女が提案したルールの虚をついて勝つことはできる。

例えば、一対一の勝負になる前にわざと敵に突っ込んで、自分から怪我を負えばいい。

だが、ここまでハンデをもらっておいて姑息な手で勝つというのは男としてどうか。

祐は自分が人よりも自己中心的なのを自覚はしているが、さすがに最低限のプライドはある。


だが、色々考えてとりあえず言えることは。


「……めんどくせぇ〜」


祐はため息とともに肩を落とし、歩き出した。











「さて、お前らは今日からこの学校の生徒になったわけだが、まずこの学校で一番大切なルールをひとつ、教えておく」


教室に戻るとすぐにチャイムは鳴り、休み時間を堪能する間もなく授業が始まった。

どうやらこれからHRのようで、岩垣が教室に入るなり話し始める。

この後は試験という話だったが、その前振りだろうか。


「まず、結論を言う。この学校の敷地内で『霊能力』を使うことを禁止する」


とのこと。


『霊能力』というのは『霊術』の一つである。

霊術。この世界に当たり前の様に存在する異能力。

ひとことで『霊術』といってもその種類は様々だが、大きく分類すれば霊術というのは2つに分けられる。それが『霊能力』と『媒体ばいたい霊術』だ。


『霊能力』は誰もがが生まれた時から持っている一人一つの固有能力であり、各々がそれぞれ別の能力を持っている。いわば先天的な霊術。

『媒体霊術』は強力な霊能力を持つ人間から霊力を採取し、霊能力を司る脳機関を解析することで能力を再現させ、誰もがその能力を使うことができるという技術。つまり後天的な霊術だ。再現された能力は霊符や触媒石板リトグラフといった霊力を吸いやすい媒体に封印し、その媒体に霊力を流せば能力を行使できる。


この学校では霊能力が使えないということはつまり、媒体霊術しか使うことができないことを示している。


なぜ霊術を学ぶ学校で霊能力が使えないんだと言いたくなるが、祐はこの学校で霊能力を使えないのはあらかた予想がついていた。

それは周りの生徒達も同じだったようで、自然と騒ぎは起こらない。

思ったより生徒が冷静だったのか、岩垣はゴホンと軽く咳払いをして話を続ける。


「まぁ、だいたい想像できていたと思うが、『霊能力』ってのは個人固有の能力だ。生まれてから死ぬまで、一生その能力が変わることはない。つまり、一度バレたら終わり。対策されて無力化されれば、もう媒体霊術しか戦う術はない。この邦霊の人間が集う学校で霊能力を使用して、他国やどこかの反邦霊勢力なんかに情報が漏れたら、その情報損害は想像できない。よってこの学校では『媒体霊術』のみを授業で取り扱うということを覚えててくれ」


要は「学校では責任が取れないから霊能力の訓練は外で勝手にしててくれ」ということだった。

祐は敵だらけとも言えるこの学校で霊能力を使う気は元からなかったので、むしろ都合のいい話だ。


「さて、次に今日の予定を説明する。これより、入学後の確認として、実技試験を行う」


と、抜き打ちの試験の知らせ。

やはり、結束が言っていたことは本当だった。

さすがにこれはあまりにも突然のことだったようで、生徒達もざわつき始める。


「試験は学校敷地内の仮想訓練施設で行う。試験場のシステムはそこで説明するが、とりあえず、この場では試験の概要だけ言っておく。そのために、まずは『媒体霊術』の仕組みについて、詳しくいうと『霊符』と『結界』のことについて説明する」


そう言って岩垣はチョークを手に取り、霊符と結界の絵を簡易的に描いて、霊符の絵をコンコンと叩く。


「まずは『霊符』について。お前らは今まで、霊符を感覚的に使ってきたんだろうが、その仕組みを紐解ひもといていけば、そこにはきちんとした手順が存在するんだ。それを今から説明する」


そこまで聞いて、祐は少し驚く。

岩垣は当たり前の様に言っているが、周りの生徒達は今まで霊符の仕組みを知らないで使っていたのか?

祐が霊術の訓練を始めたのは5歳だったが、まず最初に教わったのは霊術理論だった。


霊能力と媒体霊術の違いや、その仕組み。

媒体霊術に使われる各媒体の霊脈強度やそれによって分けられた用途など、あらゆる霊術知識を網羅するまで霊符に触ることすら許されず、座学を履修し終えてもしばらくはなんの効果も持たないかわりに暴発しないように作られた訓練用の霊符しか使わせてもらえなかった。

両親からは『霊術は知識と技術が身につくまで危ないから使うな』と言われていた為、大人しく言われた通りに訓練していたのだが、今の話を聞く限り霊符は感覚だけで使えるものなのか?

ただ両親が過保護だっただけ?

よく分からないな。


とりあえず今は話の続きを聞いておこう。


「霊符を使うには2つのステップを踏まなければならない。1ステップ目に『解符かいふ』、2ステップ目に『威力調整いりょくちょうせい』だ。まず、一つ目の『解符』は、霊符に霊力を込めていつでも発動できる状態にする、いわば下準備。解符にかかる時間が短いほど、そして解符に使う霊力が少ないほど霊術士として優秀と言える」


霊符に霊力を込めると、薄紫色の光が霊符の梵字をなぞり、それが終わると梵字全体が光を放つ。

これが『解符』が終わった合図だ。


「そして今回の試験では解符に使う霊力量と解符にかかった時間を『解符技能値』という項目で計測する」


解符技能値。

祐も聞いたことがない言葉だった。

戦闘をする上で、強くなるために祐自身が能力を数値化する必要はなかったからだ。

だが、きっと祐が当たり前のように受けていた訓練は父さんが祐の能力値を元に組んだものだったのだろう。

そんなことを考えながら、祐は頬杖をついて話を聞いていた。


「解符が終われば、次は『威力調整』。これは、解符を終えて使える状態になった霊符からどれだけその霊符が持つ能力を引き出すかというもの。これによりその人間が使う霊符の威力が決まる。だが、この威力調整は実にシビアだ。例えば剛弾符は威力効率40%を超えたあたりから急激に操作が難しくなり、60%を超えると、軍に所属している霊術士でも暴発の危険性があると言われている。そしてこの項目は『威力効率』としてパーセンテージで測定する」


威力効率という言葉はさっきとは違い、聞いたことがあった。

岩垣の言う通り、『剛弾符で40%を超える』というのが、霊術士にとっての最初の鬼門になるからだ。

祐が水無月で訓練をしていた時は威力効率45%を超えることを目標に努力したものだ。


「一度聞いただけではピンとこないと思うが、まぁ霊符を『宝箱』なんかに例えると分かりやすいだろう。『解符』は宝箱についた錠前を外す作業。時間がかかるほど無駄な労力を割くことになる。そして『威力調整』は宝箱をどれだけ開けるか。大きく開けば開くほど、沢山お宝が取れる。だが無理にこじ開けると罠が起動して、ドカーン。暴発だ。そして霊符の種類によって、これらの操作感覚は異なる。錠前が違えば、開錠の仕方も違うのと同じだ」


祐が霊符を使ったのはもう1年以上も前になるが、その頃の感覚と照らし合わせると、多少強引ではあるが中々納得のいく説明だった。

この岩垣とかいう教師はおそらく邦霊の人間だ。つまり元々はなんらかの軍に所属していたのだろうが、教師という仕事は思いのほか天職だったのかもしれない。

実にどうでもいいことだが。


因みに、霊能力を使う際はこの『解符』と『威力調整』という2つの手順は踏む必要がない。

『解符』で無駄な時間や霊力を消費することもなければ『威力調整』で能力の出力を落とすこともない。

岩垣の例えを借りて言うのなら、霊能力というのは錠前のかかってない、開きっぱなしの宝箱。

つまり、媒体霊術より何倍も効率が良いものなのだ。


国同士の戦争や、本気の殺し合いの場では基本的には霊能力で戦い、媒体霊術はサブウェポンとして使うことになる。

だからこそ絶対に自身の能力は他人に知られるわけにはいかないのだ。


「………以上が試験の測定方法と、それに伴う霊符の説明だ。では次に『結界』について説明する」


「…………………」


そう言えばまだあるんだった。

もう終わりっぽい雰囲気だったのに。


祐は項垂れ、数秒間机に突っ伏す。


「『結界』というのは霊符やその他の触媒を使った応用技術で、媒体霊術に使う媒体を5枚繋ぎ合わせて、威力を増大するというものだ。そしてこの『結界』も、大きく2つに分かれる。それが『五芒星結界ペンタグラム』と『六芒星結界ヘクサガンル』だ。その名の通り、『五芒星結界ペンタグラム』は霊符を5枚、『六芒星結界ヘクサガンル』は霊符を6枚使う。だが実際の威力は2つとも変わらない。五芒星結界ペンタグラムは単純に霊符を5枚繋げるだけに対して、六芒星結界ヘクサガンルというのは起動する5枚の霊符に『乱鎖星らんさせい符』を一枚追加することで、結界を高速起動できるようにしたものだ」


結界に関してはほとんどの生徒が知っているだろうから、真面目に聞いている生徒も少ない。

説明が若干雑になっているところを見るに、岩垣も生徒達が知っているのは承知の上で試験の説明として仕方なくやっているのだろう。


だが、結界というものは説明こそ簡単にできるが構造が複雑な為、勉強していた当時は相当頭を悩ませた。


要するに結界というのは霊符を組み合わせて強くする、というただそれだけの技術だ。

普通は5枚の霊符を組み合わせた『五芒星結界ペンタグラム』を使うのだが、霊符同士を結びつけるのが難しく、慣れないうちは結界生成に時間がかかる上、その間無駄な霊力が漏れ続ける。

結界を使ったことがない初心者がいきなり五芒星結界ペンタグラムを生成しようとすると生成途中で霊力が尽きてしまうだろう。


そんな人の為に開発されたのがさっき岩垣がチラッと言っていた『乱鎖星らんさせい符』と呼ばれる霊符だ。

この霊符を5枚の霊符に付け加えることで霊符同士を繋ぐ霊脈の強度がグッと強くなり、霊力漏れが起きにくくなるため、技術がなくても結界を高速起動させることができる様になる。

そして、この『乱鎖星符』を含めた6枚で生成される結界が『六芒星結界ヘクサガンル』と呼ばれるものだ。


これだけ聞くと、全部六芒星結界ヘクサガンルでよくね?と言われるかもしれないが、六芒星結界ヘクサガンルには致命的な弱点がある。


それは、


「………だが、乱鎖星符は多大な霊力を消費してしまう。具体的に言うなら乱鎖星符を使う霊力があれば剛弾符を15発打ってもお釣りがくる。これは解符技能値と威力効率を無視した理論値だが、誤差があるにしてもこの数値はでかい。それでも下手くそが使う五芒星結界ペンタグラムよりは霊力消費は少ないだろうがな。つまり結界を使う上で1番の理想は、五芒星結界ペンタグラムを高速起動させることだ」


簡単に言ってくれるが、そんなことをできる人間は今前線に出ている霊術士でも稀だろう。

邦霊に所属する人間にとっては屁でもないだろうが。

ちなみに祐は媒体霊術よりも霊能力の訓練に力を入れていた為、未だに六芒星結界ヘクサガンルしか使えない。

ここが邦霊の人間とその傘下が集まる超名門校であることを考えると、この中で五芒星結界ペンタグラムをまともに使えないのはもしかしたら自分くらいかもしれない。


「ちなみに、邦霊が基準を設けている六芒星結界ヘクサガンルの起動速度を超えて、五芒星結界ペンタグラムを起動する技術を『即席結界ヘイストレギオン』と呼んでいる。ここまでできるやつは、軍に投入されればすぐにリーダーに抜擢ばってきされるほどの実力者だな」


今日だけでそれをできるやつを2人と、どうせできるだろうなってやつを1人見たんですけど。

改めて聞くと、やはりあいつらは凄いということが分かる。

特に結束は、その軍のリーダーに抜擢されるようなやつを一瞬であしらうことができるのだ。

祐は今頃になって結束との勝負を破棄したくなってくる。


「今回の試験は結界を発動する能力に沿って採点を行う。使用できる霊符は自由とし、試験中は………」


と、そこでチャイムが鳴る。

試験前の休み時間だ。


「っと、いつの間にこんな時間か。続きは試験場についてから説明する。休み時間が終わったら移動するから、準備しておくように」


こうして、試験前の授業が終わり、岩垣は教室をあとにした。


「…………」


これから試験があるというのに休み時間と言われても、正直休む気にはなれない。

特に祐の場合は試験結果以上に大切な、結束との勝負がある。


「………やだなぁ」


チャイムがなり終わると同時に祐は机に突っ伏した。




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