第3話

 僕はリスクを測り始める。


 たしかに、ここで割って入ると、一緒に殴る蹴るの扱いを受け、外にいたら石だって飛んでくるだろう。

 ついでに「お前はラクダのことが好きだったのか?!」と囃し立てられるはずだ。

 あいつらは、ちょっと女子と口を聞いただけで、すぐにそういう幼稚な反応をする。

 おそらくラクダは、味方を見つけて感謝するどころか、それがもとで無言で迷惑そうに僕から目を背けるだろう。

 

 そして、そして僕は僕で、また元通りの日々に戻っていくにちがいない。


 そこまで僕はほとんど時間をかけずに計算できてしまった。

 ほとんど肌感覚だ。

 これまでの経験と生存本能が、その高精度の予測を可能にしているといっていい。


「どうする?」

 ヒロノが、僕の肩を突いた。

 僕の正義心を試そうとしているのだろう。

 あいにくこの教室内で正義が勝つことはない。

 それとはまた別の力が支配している。

 本当に正義が果たされるなら、僕はとうに救われていたはずだ。


 僕が、今のラクダと同じ目に遭っていたとき、何を期待しただろうか。

 救いがやってくるとは到底思っていなかっただろう。

 この嵐が過ぎ去るのを、ただ頭を低くして、じっと待っていた。


 現に、僕はようやくその嵐から解放された。

 まさに今朝からだが。

 彼女もまたそうなるのなら、僕がそうしたようにこのまま耐えろと声を掛けてやることが、彼女のために今の僕にできることなのだろうか。


 大きく固い物音に、僕は思わず首を縮めた。

 彼女の机があいつらに倒されたのだった。その中身が、床に飛び出している。

 三人がそれぞれ、ノートや教科書を蹴っては踏みにじり、くっきりとした足跡をつけた。

 そのあいだ彼女は俯きかげんで椅子に座ったまま、両方の肘を張り、拳をぐっと固めて膝の上に置いていた。


 それらがなお細かく震えていることに気づいたのは、僕だけかもしれない。


 教室は、やわらかな陽射しに包まれていた。それが、薄ら笑いで眺めている他の級友たちを照らし出す。


「見てらんねえな」

 ヒロノは肩をすくめてから、そういった。

「なあ、お前は何のために戻ってきたんだ?」

 何のため?

 戻ってきたって、どこからだ?

 僕は、未だ空白しかない記憶に混乱する。


「笑わせるよな。そういうオレこそ何のために、ここにいるんだろうな?」

 ヒロノの横顔が、微かに自嘲の笑みを浮かべたが、それはすぐに消えた。

「オレなんかさ、どこにも自分の席すらないのによ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る