こころのこる

悠真

第1話

 おかしいな、と思ったんだ。


 僕の靴も筆箱も教科書もそのままだった。

 いつものように僕の席には花が飾ってあったけど、僕のものが何も捨てられたり隠されていないのは、非常に珍しいことだった。


 自分がなくなった物があることに、まだ気づいていないだけかもしれない。

 あいつらは、今度は僕から何を奪っていったのだろう?

 僕はしきりに考えた。


 そういえば、今朝から僕の机や椅子を蹴る奴、上履きの靴で叩いてくる奴がいない。

 わざわざ寄って来て僕の耳元で「くさい」とか「チビ」だとか言って騒ぎたてる奴もいない。


 いいかげん、そういうのに飽きてしまったのかもしれない。

 むしろ誰も僕を相手にしなくなった。

 まるで僕がそこにいないかのように。


 今度は新たに皆で示し合わせて、僕をシカトすることにしたというのだろうか。


 平和になったには違いないが、所詮闇から闇だ。孤独のまま。

 だから何も笑えないし、[幸せ]なんて言葉、陳腐で聞き飽きたけれど、まだまだ僕の手に届くところにはなさそうだ。


 こんな中途半端な状況にあるくらいなら、すっかり絶望していた昨日までの方が脱出への渇望という意味で、まだ希望があったといえるかもしれない。

 絶対にここじゃないというなら、どこへ向かえばいいか迷わないし、自棄をおこしたにせよ、そのための勇気だって僕にはあったと思う。


「つまり、なにか心残りでもあったのか?」


 いつのまにか僕の席のそばに立っていたヒロノが、いかにも涼しげにそういった。


「何の話をしているんだ?」

「別に。分からないならいい」


 ふと思い出した。

「ちょっと待ってくれ」

「あん?」

「ヒロノはなんでここにいるんだ? 病気は治ったのか?」

 そう、彼はずっと入院していたのだ。

 高校に入学してクラスで顔を合わせたあと、その春からいきなり来なくなった。


「治ってはいないんじゃないかな。気づけば、ここへ……」

 えらく他人ごとのような口ぶりだ。


「そっか」

 答えのなさそうな問を重ねるのを止めた。

 そんなふうにして深入りするのを避けて、案外物わかりのよいふりをするのは、僕の悪い癖であるのかもしれないけれど。



 

 

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