14
さすがに烏龍茶とカルピスの混合物はまずかったらしく、濁った色の液体は少し口をつけただけで放置されていた。
「そうそう、五月さんの新刊出たから買ったけど、読む?」
五月さんというのはBLの、僕たち二人の共通して好きな作家の一人だった。心理描写がとてもうまい作家で、絵柄もどこか中性的なところが魅力だった。
「読む」
そう言って漫画を受け取る。
「それで、用事ってこれ?」
漫画を鞄に仕舞いながら聞くと、雪穂は小さく首を振った。
「ちょっと大事な話があって」
僕の心臓が高鳴った。まさか、と思う。頭の中に昇の言葉が蘇る。僕はみるみる心拍数が上がって、心拍数が上がるということは、と思ったけれど、いや、ただ緊張してるだけなんじゃないか、と思って、なんでそんなに無理に否定しなきゃいけないんだ、と考え直し、そもそもそうとは限った訳じゃない、例えば学校に溶け込めないとか、そういう相談かもしれないじゃないか、と思うと、申し訳ないが少し落ち着いた。
「何? 何か相談?」
「うん」
——相談。ということは告白ではない。僕は急に冷静になった。なるほどこれがロマンチック・ラブ・イデオロギーというヤツなのかもしれない。そんなことを考えていた僕に、
「告白されちゃった」
と、鈍器でぶん殴るような言葉が投げつけられた。
そうか、そういう可能性は考えていなかった。よくよく考えれば雪穂の学校は共学だった。当たり前にあり得る話だった。僕は動揺を隠した。
「へえ、そうなの。相手はどんな人なの?」
「同じクラスの子で、バスケ部で、かっこいい感じの人」
自分とは全く違う世界の住人だ。しかも『かっこいい感じ』なんて雪穂が言うのだから、相当なイケメンなのではないか。僕が黙っていると、
「なんか、入学式からずっと私のこと気になってたんだって」
「性格は?」
「うん、爽やかで、クラスの中心にいる感じ。皆と仲良いよ」
「すごいじゃん」
心にもない言葉がするりと出てきた。
「なんで私なのかなあ……」
雪穂は余り自分に自信がないが、見た目は決して悪くない。中学でも友人も多かったし、別になんら不思議なことはない、
「雪穂は自分に自信なさすぎなんだよ。中学でだって友達いっぱいいたし、別に顔だって悪くないし、告白される要素は十分あるよ。少なくとも俺なんかより遥かにね」
「自分に自信が無いのは朗も一緒じゃん」
雪穂はそう言って笑った。
「でもほんと、喋ったこともほとんど無いのに」
「同じクラスなんだから、ちょっとは接点あったんでしょ?」
「うん、まあそりゃ少しはね、でも、なんでかなあ」
「どうするの? 受けるの?」
「うーん……」
僕はふと思いついた。今が絶好のチャンスではないか。
「他に好きな人がいるとか?」
僕は緊張して雪穂の顔を見た。雪穂は一瞬目を見開いてこちらを見、視線を斜め上に投げた後、
「今はいない、かな」
と言った。僕は体から力が抜ける感じがした。そうか、いないのか。
「だったら、断る理由も無いんじゃない?」
「うん、そうだね、それに、断りづらいっていうか」
雪穂は少し表情を歪めた。
「どういうこと?」
「人気者だから、ファンみたいな感じの子が結構いて、多分断ったらすごい難癖つけて来そうなんだよね」
僕は急に不安になった。
「それって、付き合うってことになってもヤバいんじゃないの?」
「うん……でも多分、断る方が『何様』って感じになると思う」
「そっか、でも、その男子に悪い感情は持ってないんでしょ?」
「まあそうだけど、なんか自分の意思で決められない感じがすごい嫌」
「いつまでに返事しなきゃなの?」
「とりあえずしばらくは大丈夫だって言われてるけど」
「だったらちょっと待ってもらえば?」
「それはそれで波風立ちそうなんだよね。ああ、嫌だなあ」
「じゃあ、もう付き合っちゃえば良いじゃん!」
僕は半ばヤケクソだった。
「イケメンなんでしょ? 滅多に無いチャンスだよ! 嫌になったらなんかしら理由つけて別れちゃえばいいんだよ、せっかくだしとりあえず付き合ってみれば良いんじゃない?」
雪穂はしばらく僕の上気した顔を見つめた後、
「うん、そうだね、……ちょっと考えてみる」
と言った。
家に帰ってベッドに横になると、僕はなぜあんな乱暴な提案をしてしまったのかと猛烈に後悔の念が襲ってきた。好きでも無い相手と、無理に付き合うことなんてないのに。頭の中に箭内の見合い結婚の話が浮かんだけれど、無理やりに追い払う。それとこれとは話が違う。
雪穂に彼氏ができる。
その事実が、僕の胸を締め付けた。しかも相手は、クラスの中心人物で、イケメンで、バスケ部だ。僕と真逆の人間。そのうちに雪穂も相手のことを好きになるんだろうか。二人はデートに行く。カラオケに行く。僕と行くときみたいにアニソンは歌えないから、雪穂は何を歌うんだろう。二人は徐々に仲良くなる。デートはどこに行くだろう。僕みたいに漫画を一緒に買いに行ったりはしないだろう。二人でスイーツでも食べるのだろうか。僕の頭の中では、相手はバスケ漫画の、雪穂が攻めだと言っていたキャラクターに置換されている。雪穂はキスをする。場所は誰もいなくなった教室。すっかりできあがった二人は、親が留守だという相手の家に行く。そしてする、セックスをする。
——ダメだ。耐えられない。
僕は好きなんだ、雪穂のことが。でなければ、こんな辛い気持ちになる筈がない。
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