今、ブーム☆ 「ゲイとも」を作ろう!

 「同性婚」なんて最近話題になっているけど、皆の周りに、ゲイの男性を友達に持つ女の子が増えて来てるなんて、みんな知ってた? 実は今、「ゲイとも」が密かにブームになっているらしいのだ! そこで編集部は「ゲイとも」のいる女の子たちに、緊急インタビューを行ったよ!

 ——ゲイの友達のいいところは?

「なんといってもオシャレなところ! 彼氏に服を真似してほしいくらい。そしてあたしの洋服にも、すごく的確な、辛口アドバイスをくれるので、本当に助かってます!」(二十三歳、フリーター)

「普通の人じゃ躊躇して言ってくれないようなことまで、ビシバシ言ってくれるところ。あたしが悩んでいるといつもハッとするような意見を言ってくれる」(二十一歳、大学生)

「恋愛関係の相談はかならず「ゲイとも」にしています! 男性と女性両方の見方でアドバイスをくれて、とても納得できます。この間も彼氏と仲直りさせてくれました☆」(二十歳、大学生)

「とにかく一緒にいると落ち着く。女の社会って疲れるし、男の人には女らしくしろって言われるじゃないですか。でもゲイの人たちといると、そういうの全然気にしなくていいんで、ありのままの自分をさらけ出せて。……私、実は二丁目にもすごい行っています(笑)」(二十四歳、会社員)

(以下略)

——三月十八日号 女性誌『COLOR』より


          *


 結婚のことは全く話題にのぼらなかった。

 光は部屋にこもって買って来た黒木の新刊を読みながら、今日の彼とのデートについて考えていた。光は既に文芸誌に掲載されたものを一度読んでいたので、今度はよりじっくりと、中身を検分するように読もうとした。しかし頭の中は今日のできごとに引き戻され、文字が滑って過ぎていく。

 日本に初めて来るという、光は名前も聞いた事の無い印象派の画家の展示に誘われて、二人で六本木の美術館に行ったのだった。光はおそらく、結婚について何かの話があるのだろうと思っていたのだが、黒木はただ黙って展示の絵を見つめるばかりで、光には何も言ってこなかった。

 絵画を見てもただ漠然と綺麗かそうでないかしか分からない光のような人間でも、展示は楽しめるものだった。淡い色遣いや、ぼうっとした輪郭などは、光に真知子の絵を思い出させた。光はしかしあっという間に見終わってしまい、黒木が見終わるまでに館内を三周してしまった。三周目には、光は結婚のことばかりを考えていた。

 展示を見終わった二人は、施設内のレストランで昼食をとった。口数の少ない黒木がようやく話し始めたのは、先日発生した新宿でのデモについてだった。しかしその会話の中でも、周到に「結婚」という単語は避け続けられ、光もぎこちなくそれに倣った。

 ああいうことが起きるのは予想の範疇だ、と黒木は語った。光は全く想像していなかったことなので、その黒木の発言には驚いた。諸外国でも採択されるまで大きな反発があったことと、ネットで過激に言説が充満していたことを理由にあげた。しかし暴行にまで発展するとは思っていなかった、と黒木は言った。

 多分彼らもそうなると思っていなかったんじゃないか。黒木は呟いた。

 二人はその後、六本木の本屋へ向かった。

 外国文学の棚を見る黒木を横に、光が漫画の無い店内をぶらぶらと歩いていると、珍しく黒木の新作が平積みになっていた。赤い帯には黒い文字で『同性婚という未来』という文字が書かれている。その下に小さな白い文字で『ネット・口コミで話題沸騰!』と書かれていた。

 ほとんどが否定的な意見だけど、と本を手に取る光の横で黒木が言った。黒木が自分の小説について何かを語るのは、それが初めてのことだった。

「そうなの?」

 黒木は無言で頷いた。そして黒木はごく自然な動作で光の手から本を取ると、優しく山に戻した。

 黒木は打ち合わせがあるからと出版社へ向い、駅で見送った光はもう一度本屋に戻ってその本を買った。

 その本では、既に同性婚は一般的に認められ、ごく当たり前のものとなっていた。そしてバイセクシュアルである主人公が、自分が本当に好きな男性と、自分のことを愛してくれる女性との間で揺れ動くという小説だった。同性婚が一般化した社会においても、それは通常の結婚とは一段下のものと見られており、主人公は子どもを作ることや、社会的な目などを理由にどちらと結婚するべきなのか懊悩する。女性が彼に恋人が、それも男の恋人がいると気付くところにさしかかったとき、真知子が光の部屋の扉をノックした。

「ご飯だよ」


 テレビにはデモに参加した学生への取材が流れている。場所はどこかの公園で、大学生らしい、シンプルでかっちりとした服装の彼は、レポーターに一礼すると椅子に座った。膝の上で組まれた手のアップが映る。その手にはカイロが握りしめられて、小さく震えている。指先が赤くなっていた。

 ——なぜあなたはデモに参加しようと思ったのですか?

 ——インターネットでたまたま、呼びかけされているのを見かけたんです。それで。

 ——具体的に以前から、そういった問題について考えていた?

 ——そうですね、なんかおかしいぞ、と思っていました。少なくとも国民の意思を無視して進められてるっていうか、国際的な事情に飲まれ過ぎっていうか。日本っていつもそうでしょう? そこが一番不満だったんですけど。

 ——同性愛者に対してはどのようにお考えですか?

 ——かわいそうな人たちだなって、思いますよ。別に俺も、普通に生きてくのは悪くないと思いますけど。でも、権利とか、自由とか、そういうのの主張が行き過ぎだとは思います。

 ——あなたの身近には同性愛者はいないのですか?

 ——少なくとも僕の知っている限りでは、いないですね。

 ——例えばあなたの親友だとか、とても仲の良い人が同性愛者だってあなたに告白して来たら、どう思います?

 ——(数秒考える)そんなこと、考えたことも無かった。でも俺のまわりには、皆普通に彼女とかいるし、そんなこと多分無いですよ。

 ——今回犠牲になった大学生についてはどう思います?

 ——目の前で見てましたよ。殴られて。かわいそうだとは思いますけど……。(しばらく黙り込む)

 彼はその後何も言わなかった、とナレーターの声が入った。テレビがスタジオに戻される。テレビでは司会者とコメンテーターが、聞き飽きた議論を繰り返すばかりだ。

 夕食に光と真知子は生姜焼きを作って食べているところだった。

 ——結婚っていうのは、やっぱり特殊な形なんですよ。私は二回離婚してますけど、やっぱり結婚っていうのはただつきあっているだけのカップルとは違う、特別なものですよ。

 弁護士の女性が言う。

 ——だから私は、彼らにも結婚は認められるべきだと思います。

「結局これって、どうなるのかな」

 真知子が箸の動きを止めて言った。真知子がこの話題を切り出すのは初めてだった。「なんだかずっと、議論ばっかりされてる気がするけど、政府の方の話って全然出て来ないよね」

「そうだね」

「そういえば黒木くんとはこれで何か話、したの?」

 真知子は光を見た。光は少し沈黙してから、

「結婚しようって言われた」

 真知子は二度瞬きをし、

「そう、なんだ」

 と小さな声で言った。

 ——結婚という制度そのものに問題があるとする見方もありますけれど。動物界では必ずしも、一対一という組み合わせだけではありませんし、人間界でも一夫多妻制などもありますね。

 テレビの声が二人の間に響いた。

「でも、どうなるかなんて分からないし、俺は多分これ、実現しないと思っているけど、もし実現したら、俺は多分黒木と結婚すると思う」

 光の耳の中に光自身の声が響いた。光は自分が何を言ったのかしばらく理解できなかった。

 ——つまり現在の婚姻制度自体を無くしてしまうと?

 ——そういう議論の方向性も当然あるという話です。恐らく、実現は難しいでしょうけれど。

「そう、そうなんだ」

 真知子は空になった光の皿と自分の皿を重ねた。真知子は三分の一くらいを食べ残していた。

 ——さて三月十四日の天気ですが、すっかり春の陽気ですね。今日の気温は四月中旬並みまで上昇すると思われます。

 光は自分の口から出た言葉を反芻していた。

 俺は多分黒木と結婚すると思う。

「そしたら一緒には暮らせないね」

 真知子が静かに言う。真知子に言われて初めて光は、そうか、そういうことになるのかと思った。光の中で結婚は、もうずっと前に諦めたものだったので、生活の実感と結婚という制度が乖離していた。光はずっと一人で生きていくと思っていたし、黒木とつきあい始めてからもその考えは変わっていなかった。それと同時に、この奇妙な共同生活がずっと続いて行くものだと思っていた。

 結婚。

 光が呆然とその考えに囚われる横で、「ごめんねあたし、ちょっと出かけてくるね」と真知子は言い、準備を済ますと足早に外に出て行った。

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