第5話 初めての夜
アンガーボアをなんとなく昔動画で見た知識で血抜きして、木の実を拾って持って帰った俺とアイリス。
戻る頃にはすっかり日が暮れかけていた。
「いやあ、アイリスが魔法使えてよかったよ」
俺はアイリスの魔法で温めた水で体を洗って着替えた後、小さいソファーに座ってキッチンの方で料理をしているアイリスに言う。
アイリスは魔法で起こした火を使って料理していた。
「本棚にこっちの魔法の入門書があったので助かりました」
リビングの端に置いてある本棚には、ぎっしりと本が詰まっていた。
この家の持ち主は勉強家だったのだろう。
女神なので魔力の量は多いらしいアイリスは、夜モンスターを寄せ付けない獣避けの結界を貼ってくれた。
これで安心して夜も眠れるというものである。
俺はアイリスが読んでいた魔法の入門書を手に取る。
(……入門書ってことは、この世界は誰でも魔法使えるのかな?)
「あれ? 読めるなこれ」
知らない言語だが読める。
「私たちの天界では、転生先のメジャー言語だけは分かるようにする特典がついてるんですよ」
アイリスはそう言いながら完成した料理を持ってきた。
「おお!!」
シンプルなステーキと、焼いたレバーである。
しかも結構な量。
日本で食べたら結構な額になりそうだ。
「味付けは保存されてた塩とリリカの実の果汁を使った簡単なものしかないですが……」
「いやいや十分十分!! めっちゃ美味しそう!! いただきます!!」
俺は手を合わせると、さっそく肉を口に運んだ。
「……美味い!!」
フルーツの酸味と塩気、それから新鮮な肉の脂が合わさって舌に染み渡る。
食用に品種改良された豚や牛よりも肉は硬いが、むしろ歯ごたえがいい。
「簡単な味付けって言ってたけど、焼き加減も絶妙だし最高だよアイリス!! 料理上手なんだな!! 天界って自炊必要だったりするの?」
「ええと、必要はないのですが……」
アイリスはちょっといいずらそうにしたあと。
「……料理できた方が、女の子らしくて可愛いかなあって」
恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言った。
クソカワ(ドチャクソ可愛いの略)である。
てか、初めての女の子の手料理じゃん。最高すぎる。
「さすが俺の嫁!! かわいい!! 世界一!! 結婚してくれ!!」
俺はテンションを爆上げしながら、料理を食べていく。
「だからもうしてますって……」
テレながらもアイリスは嬉しそうにしていた。
□□
さて、満腹とまではいかないが十分にお腹も満たされて夜である。
今はアイリスが外で体を洗っている。
俺はソファーでくつろいでいた。
脇腹はまだちょっと痛むので、ゆっくりさせてもらってる。
「……さて、後は寝るだけだが」
俺はチラリと家の中に鎮座する、少し大きめのベッドを見た。
ちなみにベッドは一個だけである。
ベッドは一個だけである。
一個だけである。
(あれか!! ここで二人でベットインするやつか!? どうしよう!! やり方が分からない!?)
男、加藤学……ここに来て童貞であることを思い出したのである。
(学生の頃は勉強ばっかさせられて、社会人になってからは週休ゼロ日のブラック企業……経験なんてあるわけない!!)
なんなら彼女すらいたことがない。
じゃあなぜ、あんなに熱烈にアプローチできたのかと言われれば、ただの勢いである。
それだけアイリスが好みだったということだ。
「……どうする……こういうのって男がリードすべきだよな……AVとかエロ漫画の知識ならなんとか」
そんなことを思っていると。
「水浴び終わりましたー」
そんな声が背後から聞こえてきた。
ビクリ、として振り向くとそこには。
「!?」
美の化身がそこにいた。
お湯を浴びて白い肌が少し熱ったアイリス。
着ているのはシンプルなリネンの服だが、逆にそのシンプルさが素材の美しさを際立たせていた。
少し湿った長い銀色の髪、しなやかで長い手足、女性的な起伏に富んだ美しいボディライン。
……湯上がりの俺の嫁、素晴らしすぎる。
「……女神だ」
「え、はい、女神ですが?」
今更何を言ってるんです? という表情のアイリス。
そんな表情もかわいい。
「えっと、私もソファ座っていいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
アイリスが俺の隣に座る。
(にしてもなんという美しさだろうか……)
シミひとつない肌ってほんとにあるんだな……と思う。
もはやあまりにも美しすぎて、性欲すら湧かない。
「マナブさん」
バイン!!
とアイリスがこっちを向いた拍子に、巨大な谷間が目に飛び込んできた。
(ごめんウソ、やっぱりハイパームラムラする!!)
あんなデカくて綺麗な胸に性欲湧かない方がおかしいだろ!!
おっぱいが嫌いな奴はサイコパス(偏見)。
「あの……学さん?」
「え、あ、はいはい」
「その……どうしますか……この後?」
アイリスは顔を真っ赤にしながらそう言った。
(この後!? どうしますか!?)
俺は、ラブコメの鈍感主人公ではない。
ここでアイリスの言葉の意図を取り違えるほどはアホでもない。
……つまり、そういうことだろう。
まあ、夫婦になったのだから、しかも今夜は新婚初夜。
このまま合体にしゃれこむことは、水が上から下に流れるくらい自然なことである。
(いやしかし……俺はリードしてあげられるような知識や経験なんて……)
そんな俺の頭に、営業時代の先輩の言葉が思い出される。
■■
「よし、法人への初飛び込み営業行ってこい」
「え、いや、俺初めてなんですけど……」
地獄の研修を終えて三日目の俺は、巨大なビルの前に立たされていた。
このビルには時価総額一兆円を超える企業が入っている。
そこに営業を初めて三日目で飛び込み営業してこいというのだ。
「どうやったらいいかさっぱり分かりません、自信ないっす!!」
「弱音を吐くな!!」
「ひでぶ!?」
バチーン、と頬を引っ叩かれて吹っ飛ぶ俺
「しばくぞ!!」
「もうしばかれました!!」
先輩は俺を見下ろしながら言う。
「いいか、自信というのは実績と結果によって初めてつくものだ。初めてやることに自信なんてあるわけない」
確かにそうである。
「だが一つだけ、初めてでも誰でも持てるものがある……分かるか?」
俺は首を横に振った。
「勇気だ」
先輩は自分の胸に手を当ててそう言った。
「勇気だけは、何も知らなかろうが持てる。いやむしろ何も知らない方が持つことができる」
「……!!」
「勇気があればなんでもできる。さあ、さっさと行け。あと一分ここにいたら◯す」
「ぞ、ゾズ!!」
■■
(……よし!! 勇気があればなんでもできる!!)
俺はカッと目を見開いて自分に渇を入れた。
ヘタレるな加藤学!! あの時大企業のフロントで感じた、とりつく島もない冷たい感じに比べたら、向こうもその気になってくれている今など恐るるに足らず!!!!
(とにかく、よく分からんがまずはキスだっ!!)
俺はアイリスの肩を持って、顔を近づける。
そこで。
アイリスが少し震えていることに気がついた。
(……あーそうだよな……まだ緊張するよな。会ったばっかりだし)
嫌がられているわけではないのは分かるが、さすがにまだ怖さとかもあるのだろう。
「うん……アイリス、今日はまだやめておこうか」
「え……あ、いや私は……」
「大丈夫だよ、もう少しお互いのこと分かってからでさ」
「そうですね……すいません」
しゅん、と落ち込んで俯いてしまうアイリス。
この子のことだから、俺の期待に答えられないことに落ち込んでしまっているのだろう。
そういうところが、俺は最高に愛しいと思う。
「だから代わりに今日は一緒にくっついて寝てもらっていい?」
俺は一つしかないベッドの方を指差してそう言った。
「え、はい。それはもちろんいいですけど……それだけでいいんですか?」
「それだけなんてとんでもない!! アイリスみたいな可愛い子と一緒に寝るなんて、全男のロマンだよ、間違いない!!」
俺は拳を握って力説した。
「そ、そこまでではないと思いますけど」
アイリスは少し照れながら笑ったのだった。
□□
……そして。
「布団は一枚しかないけど、二人で入るとあったかいなあ」
俺とアイリスは一緒にベッドに入った。
一つのベッド、一つの布団に二人だ。
「狭くないですか? 私、ちょっと太いので……」
申し訳なさそうにそんなことを言うアイリス。
肉付きがいいだけで、十分細いしスタイルがいいと思うのだか……乙女心は複雑なんだな。
「全然!! てか狭い方がむしろいい!!」
俺はアイリスに正面から抱きついた。
「きゃっ!!」
ちょっと驚いているが、エッチはまだ先でもこれくらいは許してもらおう。
夫婦なわけだし。
「アイリスあったかいなあ」
俺はアイリスの柔らかくて大きな胸に顔を埋める。
柔らかい感触といい匂いに包み込まれる。
女の子体……心地良すぎるだろ……。
「……ああ、全ての疲れが癒される。素晴らしき母性の塊……」
「だから大袈裟ですってもう……」
アイリスは苦笑しながらも、少し楽しそうだった。
震えはない。安心してくれてるみたいで嬉しい。
不意に頭に優しい感触。
「今日はお疲れ様でした……」
アイリスが俺の頭を撫でてくれているのだ。
「あ、つい……嫌じゃなかったですか?」
不安そうに聞いてくるアイリス。
「むしろ永久に続けて欲しいです……」
あまりにも心地良すぎる。
ここは天国だな。
間違いない。
色々とありすぎたせいか、すぐに眠くなってきた。
心地よい匂いと体温と感触に、意識がぼんやりしてくる。
「……アイリス」
「はい、なんでしょう?」
「……だいすきぃ」
そこまで言ったところで俺の意識は、優しい眠りの中に沈んでいった。
「ありがとうございます……私もマナブさん大好きですよ……」
アイリスがそんなことを呟いた気がした。
ーー
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