第52話 同盟と自分

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 俺達〈抗う者達〉は、〈妻〉と〈ライ〉を新たに加入させて、四人となった。

 〈仲立ち所〉で〈妻〉が〈夜明けの明星〉の登録を破棄して、新しいチームに登録し直しているところだ。


 「〈ゴオ〉は良いのだけど。 〈ルルちゃん〉達にお別れをしないで抜けるのは、やっぱり気がとがめるな」


 〈妻〉は少し迷っていたが、頭を三回振って、〈夜明けの明星〉の登録を消している。

 〈ゴオ〉と別れたみたいだけど、ケンカをしたんだと思う、〈妻〉は気が強いところがあるからな。

 〈妻〉は〈ゴオ〉に会いたくないから、〈ルルちゃん〉達に別れを告げる事を諦めたようだ。



 七階層のオークまで、ほとんど苦労なく狩る事が出来た。


 〈ライ〉は剣の基礎がしっかりしているから、安心していられる、華々しい活躍は見せてはいないけど、いぶし銀の実力ってヤツだ。

 〈妻〉は〈ルルちゃん〉のポジションだ、〈暗闇〉の効果はやっぱり微妙だな。


 俺達は、盾で攻撃を受け止めるのでは無く、全ての攻撃をかわしているため、〈妻〉が得意の〈回復〉がほとんど必要とならない。

 たまに〈ライ〉が攻撃をくらった時には、直ぐ近くにいる〈シル〉が〈回復〉してしまっている。


 〈シル〉は遠くから〈魔法の弓〉の〈停止〉があり、魔法の〈毒水〉もいやらしい攻撃だ。

 敏捷性を生かした近接戦もかなりのものだし、自分で〈回復〉も出来る、万能の戦士なんじゃないかな。

 一対一の戦闘では、この世界で、ひょっとしたらかなう者がいないんじゃないかな。



 迷宮では〈妻〉が少し居心地いごこちの悪い思いをしているけど、新居では俺がかなり居心地の悪い思いをしているんだ。


 〈ライ〉は夕食を食べた後、直ぐに自分の部屋に籠ってしまうから、俺は〈妻〉と〈シル〉の三人で取り残されてしまうんだ。


 〈妻〉と浮気相手と三人で、何を話せば良いのか、誰か教えてほしいよ。

 天気が良いとか悪いとか、隣のおばちゃんは口うるさいから、気をつけようとか、どうでも良い話をするしかない。


 んー、隣のおばちゃんの話はどうでも良くないか、ご近所さんは大事にしなくっちゃ。


 いづれにしても、オドオドとした、ぎこちない会話しか出来ないんだ。


 寝る前にまた俺と〈妻〉は、お互いの体を風呂へ入る代りに、きあう生活に戻っている。

 この世界では風呂に入るという概念がほぼ無いから、この家にも当然風呂は無いしシャワーも無い。

 〈ライ〉と〈シル〉は部屋で、体を自分で拭いているのだと思う。


 「家をせっかく買ったのに、私も住んでいいの。 やりたいように出来ないでしょう」


 俺の体を拭きながら、〈妻〉がポツンと言ってくる。


 たぶん、〈シル〉との事を言っているんだろうな、俺の気持ちを確認しているんだろうな。


 「うーん、やりたい事か。 遠回しに言われたんだ、〈シル〉は子供を産んで家庭をきずきたいらしい。 けど俺は怖いんだよ」


 「へぇー、あなたもそうなんだ。 私も〈ゴオ〉に言われたのよ。 そんな気は全く無いから直ぐに断ったわ。 それで別れる事になったのよ。 怖いって気持ちは良く分かるな」


 「俺は反省しているんだ。 軽い気持ちで〈シル〉を抱いてしまったけど、〈シル〉は軽くは無かったんだな。 絶対に遊びじゃ無かったんだ。 だけどそう言われても返す言葉が無いよ」


 「ふぅー、私は浮気した自分の気持ちが分からなくなっているわ。 卑怯な事を言うようだけど、本当の事なんだ。 ただ良く分かっているのは、この世界で子供を産む気は全く無いってことよ。 その事で相手が傷ついたのなら、最初から浮気なんてしなければ良かったと、心から思っているわ」


 「俺もそう思っているけど、やってからだからな。 俺も君も図々ずずうしい考えだと思うよ」


 「そうね。 自分でも自己正当化をする嫌な女だと思うわ。 でも図々しい事を言わせてもらうと。 あなたと私は、お互いに傷つけあったから、痛み分けって事かしら。  それに相手も浮気だと分かっていたのよ。 一方的に傷つけた訳じゃないわ。 あなたの相手が女で、私の相手が男だから、あなたは私以上に罪を犯したと思っているのね」


 「そうなんだろうな。 少なくとも女性は、苦い薬を飲まなくちゃならないからな」


 「うふふっ、それはそうね。 あの煎じ薬はとっても苦いのよ」


 俺と〈妻〉は互いの体を拭いた後、一つのベッドで眠ったけれど、ただ眠っただけだ。

 横で眠る以上の事は、何もしなかった、分かったような口をきかせてもらえば、アレをするだけが夫婦じゃないって事だ。


 ただ、また元の夫婦に戻ったわけじゃないのかも知れない。

 当面はこの過酷な世界で協力して暮らしていこうって、同盟を結び直したのに過ぎないのだと思う。


 俺達は少しだけ、元の夫婦に戻ったのかな、それは幻想なんだろう。


 浮気をした事実を記憶から消せるものじゃない。

 浮気っていうのは夫婦関係をこわしてもかまわないって事だから、お互いの信頼を取り戻す事は容易じゃないとも思う。

 

 再び浮気をする可能性も、無いとは言えない。



 〈妻〉が食材の買い出しに行き、〈ライ〉が「少し用事がある」と出かけていった。


 〈ライ〉はまだ〈リズ〉の動向を探っているらしい、まだ裏切られた事を吹っ切れていないようだ。

 そんな女はスッパリと忘れて、違う女に目を向けろよ、と思うけど、それほどまでに〈リズ〉を愛し信頼していたんだろう。


 俺ならどうするのだろう、〈妻〉が〈ゴオ〉の子供を産みたいと言い出したら。

 けっ、止めだ。

 〈妻〉は〈ゴオ〉と別れたのだから、こんな仮定に何の意味もない。


 俺がろくでもない事を考えていると、〈シル〉が俺に話かけてきた、二人だけだから当たり前だな。


 「〈サル〉、今日の夜に、私の部屋まで来て欲しいの。 二人で話したい事があるんだ」


 〈シル〉は見たこともない真剣な目で言ってきた、決意を秘めた感じだぞ、俺はどう返事をすれば良いんだよ。

 急なことでもあり、ただあせってしまう。


 「あっ、そう、えぇっと」


 「〈サル〉、ハッキリ言ってよ」


 うわぁ、〈シル〉を怒らせてしまったぞ、まともな返事をしない俺が悪いんだ。


 「うーん、えぇっと、今じゃダメなのか」


 「もういい。 〈サル〉の気持ちが良く分かったわ。 遊びだったんだね」


 「あっ、…… 」


 俺は〈シル〉を止めようと思ったんだ、だけど足は少しも動いていない。

 止めたところで、俺は〈シル〉になんて言うんだ、何にも無いじゃないか。


 〈シル〉はいつもより強く階段をんで、自分の部屋に行ってしまった、くそっ、俺は情けない男だ、やっぱり〈シル〉を傷つけてしまったな。


 自分のやった事が本当に嫌になる。


 この後の〈シル〉は、必要最低限のことしか話さなくなった、俺の代りなんだろう、〈ライ〉と話す回数が増えている。

 〈妻〉の方が俺よりも、まだ会話をしているくらいだ。


 俺はそのことに、悲しみも寂しさも感じていない、逆にホッとしているんだ、はぁー、どうにも俺は小狡こずるい男だな。

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