第22話 弱いと浮雲

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 〈夫〉が何やら失礼な事を考えているから、脇腹わきばらへエルボをかましてあげたわ、ちょっとスッキリ。

 〈夫〉は「うっ」と息が詰まって情けない顔をしていたけど、自業自得だと思うわ、〈リズ〉と〈ライ〉が笑っていたから、場がなごんで良い感じになったね。


 〈リズ〉のお気に入りのレストランに連れてきてもらった、個室だから周りを気にしないで話せるのがすごく良いわ、内装もこの世界ではおしゃれで、素敵な会食になりそう。


 料理も上品で野菜をふんだんに使ったコースがあるんだ、お高いけど、私達にはお金の余裕があるから、また来ても良いわね、〈夫〉も上等なワインを飲めて嬉しいみたい。


 話は自然と金札のチームの事になったわ、〈リズ〉と〈ライ〉から私達が教えてもらうだけだけど、〈リズ〉も思うところがあるらしくて、饒舌じょうぜつに話してくれたわ。

 今まで信用出来て気軽に話せる女性が、いなかったみたい、迷宮に潜る女性はとても少ないし、一癖ひとくせどころか、三癖も五癖もある感じだから、それは身に染みて良く分かるわ。


 〈リズ〉の話によると、迷宮に潜る女性の多くは、娼婦上がりらしい。

 〈ライ〉も頷いていたから常識なんだな、私と〈夫〉は「へぇー」と間抜けな声を同時に出していたらしい。


 「返事が同時なんですね。 ふふっ、本当に仲が良くていらっしゃる」


 と〈リズ〉にからかわれ、〈ライ〉に笑われたのが、かなりしゃくな気分よ。


 迷宮なんかに、普通の女性が潜る訳がないらしい、それはそうよね、高い確率で死んでしまうもの、お金が稼げるとしても死んでしまったら何もならないわ。

 男は、何らかの事情で村を出た者か、貧困におちいった若者が、一角千金を夢見て潜るらしい。


 そんな場合でもあっても、女は迷宮なんかへ潜らなくて、娼婦に身を落とすのだとか。

 魔物に食われて、死ぬよりはマシってことだろう。


 そんな娼婦の中にも、ほんのたまに、迷宮へ潜ろうとする者が出るらしい、何者にもしばられない自由を求めてだ。

 毎日毎日、バカなくせに偉そうな男達に、愛想あいそを振りまいて抱かれるのが、心底嫌になるのだろう。


 体を売ったお金をコツコツ貯めて、雇ったか体を与えた男達に守られながら、二階層へと降り立つと言うことだ。

 宝箱を開いて自分の運を確かめる事になる、人生を賭けたガチャを引くに近い。

 有用な物が出ればどこかのチームに誘われ、木札から鉄札への昇格が叶うことになる、娼婦では得ることが出来なかった、金と自由と恐れられる権利を持つことが可能となる。

 恐れられるってことは、バカにされたら、ただじゃ済ませないってことだ。


 でも有用な物が出ない場合や、使いこなせない時は、魔物のエサになるのね。

 でもそれは人生の中で初めて自分で選んだ選択だ、私は良く理解出来ると思った、自分がその立場なら私もそうするだろう。


 だけど、迷宮は全く甘くなんか無い、銀札になっている女は十人程度しかないと思う。

 娼婦だった彼女達が、早々と迷宮に見切りをつけて、第三の人生で幸福になっていることを願うばかりだわ、でも迷宮に呑まれた人の方が多いのだろう、聞かなくても分かってしまう。


 「〈サル〉と〈デル〉が警戒されているのは、素性すじょうがまるで読めないからです」


 〈ライ〉の言うことは、分かる気がする、私達は異分子だものね。


 「えっ、そうなのか。 俺達は村を追い出されたんで、仕方なく迷宮に潜っているんだけどな」


 〈夫〉が言っていることはその通りではあるけれど、何も言っていないに近い。


 「ははっ、ただの村人が銀札になんかになれませんよ。 なれるなら、今頃は迷宮に人が溢れて大変な事になっていますよ」


 「夫の言う通りです、〈サル〉と〈デル〉は神に選ばれた特別な人なんでしょう。 歴史上何人か、そんな人がいたと言う伝記が残っていますわ。 〈みいれられた者〉と言われる人達ですね」


 また、〈みいれられた者〉と言われたわ、それはどんな人を指しているのよ、とても気になるじゃないの、ストレートには聞かないで探りを入れてみよう。


 「〈リズ〉、止めてよ。 私達は〈みいれられた者〉なんかじゃないわよ。 私なんか、か弱い女だよ」


 「あははっ、か弱いはさておき、俺達はその日暮らしの浮雲なだけだよ」


 ちっ、私の言ったことを笑うな、このバカ〈夫〉、それに〈浮雲〉なんて似合わないことをほざくな、ガサツなくせに。


 「まあ、〈みいれられた者〉かどうかは置いといて、素性が知れないくせに、戦闘能力が高いから、警戒されているってことだよ。 人間誰しも自分が理解出来ないものは怖いってことだね」


 「へっ、〈ライ〉と〈リズ〉は俺達が怖くはないのか」


 「ふふっ、〈みいれられた者〉の卵と知り合いになれたのですから、幸運だと思っていますわ」


 「はぁ、卵か。 そう言えばこの卵は、なんて鳥の卵なんだろう」


 「もう、バカ。 今はそんな話じゃないでしょう」


 「ははっ、さすがは〈みいれられた者〉の卵だな、大物だよ」


 卵か、私達はまだ孵化うかしていないってことなの、見かけは若くなったけど、もうかなりの年齢なのよ。


 「ところで、その〈みいれられた者〉って何のことなんだ」


 おぉ、一転ズバッと確信をついたわね、〈夫〉は頼りないところもあるけど、やる時はやるのよ、単なるバカのような気もしたり、しなかったりするけど。


 「うーん、僕も聞きかじっただけだけど、歴史にその名を残す、異世界からの訪問者だよ。 〈見られて〉〈入れられた〉者って、意味があるらしいね」


 「私が教えられたことは、圧倒的な力を発揮して王になった者もいるし、〈忍びの軍団〉という名の大盗賊団を作った悪い人もいたそうです。 要はただ者じゃ無いってことですね」


 〈忍びの軍団〉って何なの、もろ中二病じゃない、中学生がこの世界へ飛ばされたのかしら。


 「ふーん、簡単に言うと、世界をかき回す者ってことか」


 「ははっ、そうですね。 〈サル〉と〈デル〉がどうかき回すか、秘かに期待しているんですよ」


 「はぁ、私達は違うと思うわ。 そこまでの能力は無いんだから、金札になれれば良いとこよ」


 〈夫〉がじろりと私を睨みつけている、〈みいれられた者〉でないと明確に否定しろってことよね、でも〈リズ〉に嘘を吐きたくないの、この世界で初めて出来た友達だから。


 「ふふっ、金札になれることを、簡単そうに言ってしまえるのが、その時点でかなりおかしいことなんですよ」


 「ふぅ、もう〈みいれられた者〉は止めてよ。 それに〈ライ〉と〈リズ〉の方のが、よほどすごいわよ」


 「んー、それは違うな。 僕達の素性は皆知っているよ。 僕は下級貴族の三男なんだ、〈リズ〉は四女だな。 普通に生きていれば、面白くもない窮屈な人生が待っているだけだから、迷宮に賭けてみたんだ。 運の良い事に宝箱で〈麻痺〉が出たから、何とかなっているだけなんだよ。 それに自慢じゃないが、小さな頃から剣術の訓練はずっとしてたんだよ、〈リズ〉もそうだよね」


 「えぇ、下級貴族の娘は、下級貴族か商人へ嫁ぐしか道がないのよ、それも四女だからめかけになるわ。 私は女だけど剣の才能が少しあったから、夫と子供の頃に約束したの、金札を目指そうと。 金札になれば国の騎士団の試験が受けられるわ、困難だけど挑戦してみる価値があることなの。 娼婦よりはマシだけど、妾には自由もないし尊敬もされないわ」


 こう言って、〈リズ〉は剣ダコで固くなった手の平を見えてくれた、女性なのに幼い頃から剣の修行を必死にやっていた証だ、この努力が私にはとてもまぶしい。

 それに比べて私の手はどうだ、柔らかい手のままだ、〈等級〉を上げて得られた、まやかしの力だと思える、多くの〈みいれられた者〉は簡単に手に入れた力に溺れてしまうのだろうな。

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