第14話 鉄札と木の盾

◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 「うぉっと、もう二階層へ行ったのか、やるねぇ。 今日から立派に鉄札だな。 お前さん達は期待の新人だぜぇ。 うははっ、じいさんとばあさんが新人と言うのは、ちょっとアレだけどな」


 窓口の中年のおじさんは、随分ずいぶん大げさに驚いている、だけど悪い気はしないな、私達はこの世界でちょっぴり認められたんだ。

 これはほこって良いはず。


 魔物の買い取りもかなりの金額になった、〈化け鼠〉が十四匹と〈化け兎〉が二匹で、八百四十シリンにもなる、宿代に換算すると四十二日分だ、半分に分けても四百シリンか、一気に小金持ちになったわ。


 でも命懸けなんだから、これじゃ安すぎると思う気持ちもある。

 村では奴隷の様な暮らしだったのが、これからは人並み以上の生活が送れるのに、かなり不満だと思ってしまう、我ながら人の欲とは際限が無いよ。


 宿の帰りまあまあの夕食を食べ、体を拭いた後、〈夫〉は買ってきたお酒をチビチビと飲んでいる、味はあまりよろしくないらしい。


 私は〈孕まない煎じ薬〉を同じように、チビチビと飲んでいる、味は少し苦いわ。

 健康的にどうかと心配になるけど、〈ミトさん〉が特に健康をそこなった感じはしないので、たぶん大丈夫だと思う。


 ベッドの上で裸になり〈夫〉と抱き合えば、新婚の頃を思い出してしまうな、〈夫〉は私を激しく求めてきたわ、うふふ、今は若返って高校生くらいだから、新婚の時以上にガッついているのね。

 私も若返ってピチピチなんだから、大きく体が跳ねてしまう。


 若い時分じぶんに、体力と好奇心でむさぼり合う行為はこうだったかな、経験が無いからもっと下手くそだったはずだ、〈夫〉は私の事を良く知っているから、気持ち良いのが止まらないよ。

 自分が情欲の魔物になってしまいそうで怖くなるわ、あん、〈お願い〉これ以上私を責めないでよ。


 「はぁ、はぁ、ちょっと酷いわ。 激し過ぎだよ」


 「ふぅー、ごめん。 君の反応が可愛いから、止められなかったんだ」


 「ふうん、可愛いのは反応だけなんだ」


 「えっ、あの。 あれだ。 君は可愛いと言うより、とても綺麗だよ」


 「うふふ、本当にそう思っているの」


 「もちろんだよ。 ちかってそう思っているさ」


 私達は何を言っているんだろう、ついこの間までは別れることがほぼ決まっていたのに、これじゃ恋人同士の睦言むつごとにしか聞こえやしない。


 もう一度深く〈夫〉にキスをされて、満足している私は変な女だと思う、〈夫〉はバカな男だけど、過酷なこの世界では、二人仲良く暮らす方が圧倒的に生き残れると、本能が感じ取っているのに違いない。


 だからこんなに気持ちが良いんだわ。


 「そうだ。 明日からはどうするの。 二階層はちょっと不安だよ」


 「そうだよな。 あの刃物の耳を防ぐ方法考えてみるか」


 「うーん、盾で防ぐのはどうかな」


 「そうだな。 すごい速さで飛んで来るから、毎回交わすのは無理そうだしな」


 「そうよ。 明日〈ラトさん〉達と相談しましょう」


 「そうしよう。 今日は頑張ったから、疲れたよ。 もう寝よう」


 「ふふっ、魔物じゃなくて、私を抱くのが疲れたんじゃないの」


 「あははっ、君は魔物以上に、魔物だからな」


 「はぁ、一体それはどう言う意味で言っているのよ」


 翌日になって〈ラトさん〉に相談すると、〈ラトさん〉はすでに攻略法をちゃんと仕入れていた。

 木の盾を構えて、そこに刃物の耳をわざと刺させると言う方法だ、木の盾に刺さった〈化け兎〉はもう動けないから簡単に狩ることが出来るらしい。


 だけどこの方法には制約がある、木の盾を〈化け兎〉が飛んで来る方向に持って行く、腕力と素早さが必要になることと、木の盾が直ぐにボロボロになってしまうことだ。

 木の盾の消耗が激しくて、それほど儲けは出ないらしい、はぁー、世の中はそんない甘くないわね。


 私達は武器屋で、丸い木の盾を二つ買って、また迷宮へ潜ることにした、丸い木の盾は一つで〈化け兎〉の五匹分もする、高すぎるよ。


 一階層で〈化け鼠〉を八匹狩り二階層で〈化け兎〉を六匹狩ったら、もう木の盾はボロボロだ、これじゃ装備とは言えないよ、消耗品だわ。

 帰りに〈化け鼠〉を六匹狩れたから、そこそこの稼ぎにはなったけど、疑問が残るな。


 「考えたのだけど、一階層で〈化け鼠〉を狩る方が儲かるんじゃないの」


 「うーん、それじゃ銀札にはなれないし、宝箱も出ないよ」


 〈夫〉はやっぱりゲームをしている気でいるんだわ、銀札にそれほどの価値があるの、宝箱はそりゃほしいけどさ。


 「その考えは良くわかるぞぉ。 でもなぁ、ずっーとそのやり方じゃいけんらしいのぉ。 いやしいと嫌われるようだぁ。 迷宮に潜るヤツは、おかしいヤツばかりだぁ、せこせこ稼ぐのを卑怯だと思うらしいぞぉ」


 一階層を話しながらゆっくり歩いていると、迷宮に潜っていた一団が、私達を後ろから追い抜いてきた。

 金属の盾を持った体格の良い男性が二人と、黒いローブで全身を包んだ女性が一人の三人のチームだ。


 男性は鉄の鎧を装備しているから、そこから出るガチャガチャした音で、かなり遠くから近づいてくるのが分かっていた。

 私達は三人の一種異様な雰囲気に気圧けおされて、自然と道を譲る恰好になる、そこを三人が当然だと傲慢ごうまんな感じで通り過ぎていく。


 すれ違う時に、体格の良い男性二人は私の体をジロジロと見ていたし、女はローブの中から〈夫〉の顔をチラッと見ていたのは間違いない。

 この人達に卑怯と思われたら、どうされるか分かったものじゃないわね。


 迷宮に潜っている人は、かなり独特な精神構造になるんだと思う。


 普通の人間が出来ない魔物を狩れると言う自負心じふしんと、いつ魔物に殺されるか分からない恐怖心とがせめぎ合い、迷宮へ潜る人達に共通する価値観がごくゆるく生じているんだわ。


 自分達と同じように命懸けで進んで行けば、少しだけ共感してもらえる、ちょっぴり仲間だと感じてもらえる、だけど一階層で金儲けするのは【違う】と思われるんだ。

 仲間とは【違う】、そんな生き方は【違う】、金に卑しい、過度に命を惜しむ、イライラとする者達だ、目障めざわりだから排除してしまえとなるんだと思う。


 はぁー、私はどうすれば良いのよ、三階層へは行きたいとは思えないけど、お金を稼ぐ方法は迷宮しかないのよ。

 今のところはいきなり襲われることはないはずだから、しばらく二階層で様子を見るしかないわね。

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