第4話春子の事情

 佐伯さんが帰った後、木村さんに「マスク似合わんってどういう事やろか?顔が丸いからかな?」と、聞くと「春子さんの綺麗な顔が見えないからじゃないですか。」と、言った。心得た従業員である。

世の中は、サービス業や飲食業、旅客交通関係など、緊急事態宣言発令による自粛要請により、パートやアルバイトは仕事が無く困っていると毎日報道されていた。密になる散髪屋、美容院はどうなのか。パチンコ屋はどうなのか?、と議論された。映画、観劇、スポーツ,お祭り、学校行事など、何もかも中止になった。東京オリンピックも遂に来年に延期が決まった。そんな中、有難い事に薬局や食料品スーパー、電気水道など生活必需な事業所は営業していても良いとお達しが出た。春子は薬屋であることに感謝した。全く影響がないわけではないが、店を開けているとお客さんが来てくれるので助かった。

袋の中の残り少なくなったマスクを取り出し、穴を開けていると、バリバリというバイクの音がした。次男良夫が帰ってきたようだ。時計を見ると六時を過ぎていた。春子は内職の手を止め、店に出て「お帰り。」と、出迎えたが良夫はこちらを振り向きもせず、店の奥の台所に直行した。荒らしく冷蔵庫の扉を開ると、冷えた炭酸水をゴクゴク鳴らして飲んだ。

「お帰り。」

もう一度声を掛けると吐き出すように言った。

「しんどい。もう嫌だ。」

「どうしたの?何かあったの?」

「母さんに言うてもわからん。」

「言うてみたら?」

「言わない。言うたら母さん怒るから。」

「何?」

「オレ死にたい。」

 春子は一息吐いて努めて穏やかに答えた。

「それは、肯定はできんわ。いくら私が理解ある母親でも」

「やっぱりね。」

「でも死なんでもええんじゃないの。死ぬほど辛いなら仕事辞めたらええんよ。命あってのものだねよ。世話になっているからとか、金掛けていろいろな免許取らせて貰っているからと義理立てしても、社長も会社の為に君に投資しよんやけん。」

 春子はいつものようにスマホから目を離さない良夫の横顔に言った。春子も「現実から逃避したい。」と、思った事は当然あるが、言葉にすると不穏な波動に押し潰されそうな気がするので口にしないようにしていた。生きている事は辛いものなのだ。

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