第4話 身に覚えのある消したい感情
休日は特に何も無く、家でダラダラ過ごす日々。気がつけば月曜日の朝になっている。もちろん家にお母さんはいない。
「さっ、行くか」
玄関を出るといつも通り日差しが差し込み眩しくて前が一瞬見れなくなる。六月に入って何回これを経験したことか。
いつもと同じ、学校に着いたら上履きに履き替え教室に向かう。途中、男子生徒が僕のことを話していた。どうやら体育祭での一件で僕が目立ってしまい、中学の頃の話が掘り起こされ気味悪がられているらしい⋯⋯まさかここまで引っ張るとは思わなかった。まあ同じ中学だった人も男女ともにちらほらいるし広がるのもしょうがないとは思う。というかそもそも期待していない、最初から一人だ。
「おっはよー!」
今日も教室に入ると友達と楽しく話しているであろう西宮さんの声が聞こえる。
「無視されてんじゃん
「あれ? イヤホン外し忘れてるのかな。わたし目ー悪いから代わりに
「うーん⋯⋯イヤホンつけてないと思うけど」
えっ僕に言ってたの。
「ちょ、逃げんの!?」
「古謝くん!」
名前を呼ぶな! 走ったら目立つと思って早歩きしてるんだから、絶対クラスの人たちに見られただろ。いや、西宮さんが関わっている時点でそれは避けられないのか⋯⋯。
僕は教室を出て男子トイレへ一直線に向かった。大丈夫、一時間目の授業は美術。ホームルーム終わって直ぐ移動教室だし、美術の先生はなかなかに癖強いから僕のことなんか絶対忘れる。
このまま僕はホームルームが始まる直前までトイレでやり過ごし、ホームルームが終わると逃げるように美術室に向かった。
ドアを開けると話しかけるなオーラを出している人が数人と、教卓の奥にある美術準備室で授業の準備をしているであろう先生が居た。その姿を横目に僕は自分の席に座り、プライベート空間ゼロな長机に突っ伏す。休み時間はまだあるが、これで誰も話しかけてはこないだろう。
時間が迫るにつれ足音が大きくなっていき、美術室全体が騒がしくなる。そしてそれを静めるかのように授業開始のチャイムが鳴った。
座席は教室と同じだから隣は
「よっ」
⋯⋯? 体を起こすと右手を頬の位置まで上げている西宮さんが右隣に座っている。
「えっ⋯⋯席⋯⋯」
「あー柚三に変わってもらっちゃった! 後ろだしバレないって!」
いやそういう問題じゃないんだけど⋯⋯。
「それじゃ授業始めます。はいまず今日は前回と同じ模写を最初やって、影の付き方とか色の濃さ薄さを思い出してもらいます」
前から渡されたプリントと画用紙。⋯⋯ホントにバレてないし。
「プリント見て、このイケメンが若い頃のパブロ・ピカソの自画像。最初はこれを描いてもらいます。もっと細かく描きたいって人は教科書十三ページを見てください」
「あのさ、
「どうしたんですか?」
小声で話しかけてきた西宮さんに返事をしつつ、僕は絵を描き進める。二十分もあれば大丈夫だろ。
「⋯⋯」
「え、何?」
何故か話しかけてきた西宮さんが黙り込んでしまった。よく分からん。
「まあいいや、私も描こーっと」
一体なんだったんだよ。気になるけど、とりあえず絵を完成させてから聞くか。
それから十五分ぐらいが経ち、僕は絵を完成させた。隣の西宮さんは集中して描いている様子だったので気になったことは聞かず、稲垣先生の所までプリントを持っていき席に戻る。
──すると僕の右肩をトントンと触れて「古謝くん」と囁く西宮さんの声が僕の耳に優しく入ってきた。
「見てこれ! どうよ」
「ん?」
僕は前に向いていた首を西宮さんの方向へ。
「やっと私の顔見た」
「⋯⋯っあ」
僕の情けない声と共に視界には右肘を立て、頬を包むように手を当ててニコッと微笑む西宮さんの姿が。少し暑いのか、首に滴っている汗すらも奇麗に見えてしまった。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
何故か僕の喉は声を通さなくなり、西宮さんと見つめ合ったまま。こんな状況誰かに見られたら今度こそ僕の普通な学校生活が終わってしまうのに⋯⋯! 声が⋯⋯出ない⋯⋯。
「恋じゃねえか」
「恋じゃないって! って柚三じゃん、どしたの?」
僕の方に体を向けていた西宮さんの後ろ、ちょうど真ん中の通路に柚三さんがいつの間にかいた。ここからだと必ず視界に入るはずなのに全然気づかなかった。
「プリント早く出しに行くぞ、私らが最後だ」
「マジ!? ごめん古謝くん出しに行ってくるね」
「あっ、どうぞ」
なんだったんだ今の⋯⋯。声は出ないし視線は西宮さんから離れなかった。さっきのは金縛りというやつなのか? でも金縛りって寝て起きてみたらーみたいなやつだよな? ⋯⋯とりあえず深呼吸だ、西宮さんと関わってからというもの何かがおかしい。
「ごめん待ったー?」
「そもそも待ってないですよ」
席違うのにしれっと僕の隣に座るし、西宮さんは何を考えているか分からない。というか女子の考えが一切分からないに近いのかもしれない。
「えー? ──ってどうしたのその手」
「はい?」
西宮さんが視線を向けている僕の右手を見てみると、意識していないのに小刻みに震えていた。見るまで気づかなかったほど自然に。
「震えてる⋯⋯大丈夫?」
「ああ、うん⋯⋯大丈夫」
震えている右手を左手で抑えながらそう答える僕には、この心の底からじわじわと湧き上がってくるような感情に一つ身に覚えがあった。
「はい静かに!」
稲垣先生は手をパンパンと叩く音で少し話し声の聞こえるこの教室を静める。今日は先生大人しくて良かった。
「稲垣ちゃーん! 次は何するのー?」
「俺画用紙配られてないけどー」
あれ? 確かに。僕のところに画用紙あるのに西宮さんのところに画用紙が配られてない。
「次は残りの三十分で隣の席の人を描いてもらいます。画用紙が配られた左側の席の人が隣の子を描いて、私に提出してください」
ということは僕⋯⋯西宮さんを描かないといけないってこと!?
「稲垣ちゃん無理だってー!」
「似顔絵的な簡単なものでもいいですよー。猫ちゃんみたいに描いたり、魔女っぽく描いても大丈夫です。相手の特徴さえしっかり掴んでいれば」
よくよく考えたら僕の絵が下手ってこと隣で見てた西宮さんも知ってるはずだし、別にいいか。適当に描いて提出すれば乗り切れるだろ。⋯⋯ん? 西宮さんいきなり立ってどうしたんだ?
「じゃあ特徴掴んでれば漫画みたいにめっちゃ可愛く描いてもいいってこと!?」
「そういうことです。──あっちなみに、下手だったら下手っていつも通り言いますので覚悟しててください。時間内に直せるところは直してもらいますのでそのつもりで」
稲垣先生がそう言い終わると西宮さんは椅子に腰掛けて僕に目を合わせてきた。不吉な予感のする屈託のない笑顔を浮かべながら⋯⋯。
「古謝くん、めっちゃ可愛く描いてね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます