第9話 作戦ってただ突撃するだけではダメなのよ


 ラパンを連れて宿に戻った私たちは、現状の確認を含めた作戦会議を開くことにした。ラパンも私の側で大人しく座っている。ニナを含め、村人たちが何とかラパンの気を引こうと働きかけたんだけど、彼女は私の側を離れようとしなかった。


 「現状分かっていることは、焦げ茶色のナイトラビットがいるということだね」

 まず、年長者のミズキさんが口火を切った。こういうときの進行役はいつもミズキさんだ。それが私たちのパーティーの暗黙の了解となっている。


 「そいつの討伐が今回の依頼内容ということで良いのか?」

 とライトさん。

 「ううん、できうる限り捕獲するという依頼内容に変わったわ」

 お嬢様がライトさんに応えて言った。


 そうなのよね。ラパンの事があって村人の意見が2匹目のドジョウ狙いに変わったのよ。被害としては鶏数羽が盗まれる程度の軽い被害という事もあって、元々討伐まではしなくてもいいんじゃないかというような意見が村人の中にも多かったみたい。


 村としてはナイトラビットという怖い魔物が出るという噂が一人歩きしてしまって、この時期に観光客が来なくなっているのが問題なのよ。だからナイトラビットは怖いという噂を払拭できれば良いわけ。


 そしてあわよくばナイトラビットは可愛いというイメージが流布出来れば、新たな村の観光資源となり得る。『花とモフモフに囲まれて過ごす穏やかな時間』なんて売り文句まで村長さんは考えてたわ。捕らぬタヌキのなんとやらだと思うんだけど。


 「そんなに上手くいくんでしょうか?」

 ヨシュアが疑問を投げかける。捕獲は討伐より数倍難しい。それはモンスターをハントした事のある人なら、誰でも知っている事実だ。ラパンはあくまでも例外なのだ。


 「それについては考えがあるんだ。ブラウンは夜、鶏を盗みに現れる。だから罠を張る」

 「どんな罠なんですか?」

 と、私はミズキさんに聞いた。

 

 「それなんだけどね……」

 ミズキさんが少し言いにくそうな顔をして私を見た。

 「ラパンに協力して貰うことは出来ないかな?」


 ミズキさんの考えはこうだ。まずナイトラビットの棲息する場所、つまり巣を特定したい。何故ならナイトラビットが、ラパンとブラウン以外にも存在するかどうかを知る必要があるからだ。


 作戦の概要としては、現れたブラウンをラパンに追わせて巣を突き止め、報告を待って行動に移るというもの。同じナイトラビット同士であれば、それ程警戒もされないだろうという目論見だ。罠と言うよりはおとり捜査に近い。


 「ラパン、お願いできる?」

 お嬢様が私の傍らで控えるラパンに問いかけた。しかしラパンは何も反応しない。


 「ディアナ、無理だ。ラパンには聞こえていない」

 ライトさんがそう言った。

 「どういうこと? この子シーナと話してたわよね?」


 「かつて兎人の冒険者に聞いたことがある。兎の耳で聞けるのは音だけで、人の言葉は人の耳で聞いてるのだと」

 え……? あっ、改めてラパンの顔を見ると彼女には人の耳がなかった。獣人というのは獣の耳と人の耳、合計4つの耳を持つ。だけどラパンには人の耳がなかいのだ。彼女にあるのは兎の耳だけ。兎人ではないという事が詳しい人には分かっちゃうわね。


 「つまり、ラパンにはシーナの言葉以外は理解できないというわけか……」

 「ああ、そういうことになるな」

 「でも、しゃべってたよね? 人の言葉が聞けないなら話す事も無理なんじゃ?」


 確かに。目と耳が不自由だった偉人の話を思い出す。彼女の先生が、耳の聞こえない彼女に話す事を教える話。それがどんなに困難な事であるかを本で読んだ事がある。


 「恐らくシーナの感覚を共有したんだろう」

 とライトさん。……どういうこと?

 「あ、リンクで……。そうか、そんな使い方もできるんだ」

 ヨシュア、もう少し私にもよく分かるように言って。ぷりぃず!


 「人の言語を理解してるのはシーナさんの知識とリンクしてるからです。そして人の言葉を話せるのは……」


 ヨシュアの説明で私にも何となく理解できた。つまり私の知識、経験、感覚をラパンは全て共有しているのだ。声の出し方、つまり声帯の震わせ方まで。後は言葉の意味を理解して、それに対応する声帯の震わせ方をしているだけ。だから声帯の形が違う兎の時には話せないのだ。


 「ということは、ラパンは私を介してしか人と話すことはできないのね」

 と私が言うと

 「そういうことだな。聞こうと思えばシーナの耳を通して聞けるんだろうが」

 とライトさんが答えた。ラパンにその気がなければダメってことね。


 「ねぇ、それって逆はできないの?」

 「どういうことですか?」

 「シーナがラパンの感覚を共有することはできないのかなって」


 その時、お嬢様と私の会話を聞いていたミズキさんがハッとして私に顔を向けた。

 「それができるならもっと簡単にいくかも知れない」

 その言葉に全員の視線がミズキさんに集まった。


 「ブラウンと話せたら話はもっと簡単になるんじゃないかな?」

 えっと……?

 「面白い事を考えるな、ミズキは」

 ライトさん?

 「あ~っ、そうかぁ!」

 ヨシュアまで。


 「なに? どういうこと?」

 良かった、お嬢様はこちら側の人間だ。


 「あくまで可能性の問題だけど、シーナがラパンと相互共有ができるのなら……」


 なるほど。ブラウンとラパンは同じナイトラビットだからお互いにコミュニケーションが取れるのではないか。もしそれが出来るならば、ラパンを通してブラウンの話を聞き、こちらの考えも伝えられるのではないか。つまり、私を通してラパンに通訳させようってわけね。


 私は早速ラパンと会話を試みた。

 「ラパン、聞きたいことがあるんだけど……」

 そして……ラパンと話してみて分かった事実は、私たちの予想を遙かに超えていた。


 えっ、なに? そういうこと……?



 

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