第190話 ダンジョンブレイク in 梅田ダンジョン
最初にダンジョンの入口から飛び出してきたのは、複数の探索者たちだ。苦渋の顔をした彼らが数人ずつの塊となって梅田ダンジョンの入口から外へと飛び出してくる。中には移動速度を稼ぐためか、それとも魔力切れで自力では移動できないほどに消耗してしまったのか、戦士風の装備をした男に荷物のように肩に抱きかかえられながら連れ出されてきた青い顔をした魔術師らしき者たちもいた。
「すまない、中ではこれ以上抑えきれなかった!
間もなく無数のモンスターたちがこちらに向かってくる!!
大半はゴブリンやオーガなど上層から中層の魔物だが数が半端じゃない!それどころか、さらに中には下層から先のモンスターも混ざっている!!
すぐに、迎撃の用意をしてくれ!」
飛び出してきた彼らのうちの一人が、ダンジョンの入口前に陣取っていた探索者たちに向けて叫ぶようにそう声をかけた。よほど急いで走ってきたのか、そう警告の声を上げ終えると、地面に両手を突いてへたり込み、ぜぇぜぇと息を涸らしている。
その声を受けて梅田ダンジョン前に待機していた人々が防衛のために慌ただしく動き出すと、その直後、新たな影の集団がダンジョンの中から地上へと飛び出してきた。
それは、醜悪な顔をしたゴブリンがブラックウルフに騎乗したゴブリンライダーの群れである。同時にその頭上からはブラッディバットと呼ばれる暗い赤色の体表を持つ、ラグビーボールサイズの吸血蝙蝠が何十匹と地上に不吉を運んできた象徴だとばかりに、狭苦しいダンジョンの中とは異なる、どこまでも広がる自由な空へと向けて飛び出していく。ただ、外へと飛び出してきたブラッディバットではあるが、上空の魔力はまだ広がりが薄いのか、大空にそのまま飛び立ってはいかず、ダンジョン入口の周辺の地上5~10メートルの高さに広く拡散するに留まるのであった。
「放てっ!」
そんな第一陣のモンスターたちに向けて、ダンジョン入口に待機していた探索者たちのうち、まずは弓や
「いまだ、吶喊!」
その号令に従い、弓手と魔術師達は攻撃の手を一端止めて、代わりに剣士や戦士などの近接職の者たちが一斉に足を緩めたゴブリンライダーたちに向かって駆け寄って、剣や槍によって次々に刈り取っていく。また、撃ち漏らしたブラッディバットの生き残りたちに対しては、スカウト系の探索者たちが投網やボーラによって捕まえたり、投げナイフやスリングなどの武器によって手早く倒していくのであった。
そしてモンスターの群れを一気に刈り終えると、すぐに近接職の者たちが防衛陣地に戻り警戒態勢へと戻る。
だが、そんな狩りを行ってみせたところで、それはほんの数秒の間を得られただけである。すぐに先ほどの倍以上のモンスターたちの群れがダンジョンの中から湧き出てきたのだ。それも先ほどの第一陣が単に機動力が高いモンスターたちであったことを示すように、次に現れたモンスターたちは多種多様な統一感のない群れであった。
パッと見ただけでも、上層のモンスターであるゴブリン種が居る。オーク種が居る。コボルト種が居る。オーガが居る。ブラックウルフが居る。
さらには中層のモンスターであるスケルトンが混ざって居た。レイスが浮かんでいる。マンティコアの姿があった。レッドアイがその身体に絡みついて付いてきている。――そして、見た目は黒い人影の姿で物陰や死角から急所攻撃をしてこようとする『アサシンシャドウ』や、複数の腕を使って武器や装備・アイテムを盗んでくる猿型のモンスター『ローバーエイプ』、ブラックウルフの上位種で影から影を渡って不意打ちをしてくる『シャドウウルフ』や、高い耐久力と再生力に鉄をも曲げる怪力をもってむやみやたらに暴れまわる『バーサークトロール』、そういった梅田ダンジョンの下層で行動するモンスターたちまでもが、ダンジョンから今まさに出てこようとする無数のモンスターたちの群れの中に居ることが見て取れた。
それらモンスターの群れは、ダンジョンの入口から見える内部の範囲、その全ての場所にぎゅうぎゅう詰めの様子で存在しており、入口側に居るモンスターたちが奥側に居るモンスターたちから押し出され追いやられて出てきているかのような勢いで外へと向かって進んできている。その群れの数に怯えた幾人かの探索者が、合図を待たずに矢や攻撃魔術をその群れに向かって放つが、それによって討たれたり地面に倒れたモンスターは、すぐに背後に居たモンスターたちによってそのまま踏みつぶされ、黒い粒子となって姿を消し去っていった。そうして空いたスペースには、すぐにその倒されたモンスターの傍を歩いていたものたちが入り込み、まるでモンスターの肉体で作り上げられた津波のような勢いを殺せないまま、地上の探索者たちが構築していた防衛陣に向けての襲撃を行おうと歩みを進めてくる。
もちろん、人々の側も無為に襲撃されるのを見過ごすわけがない。矢や
広範囲に爆発する炎の玉が撃ち込まれる。荒れ狂う風が生み出した空気の断層が刃となって広範囲を切り刻んでいく。空中に大きな水球が生み出され、そこから吐き出された水がモンスターを押し返す大瀑布として彼らに襲い掛かり押し流そうとする。地面から細く長い土の杭が上へと突き上げるように生み出され、運悪くその杭に下から貫かれたモンスターが百舌鳥の早贄のようになって悲鳴を上げさせる。
だが、そうやって広範囲への攻撃をしたところで、モンスターたちの進軍を押し留められる効果は薄かった。
広範囲を焼き払う爆発が起きたところで、その爆発で吹き飛んだ数以上のモンスターが空いたその空間をすぐに埋めていってしまう。
荒れ狂う風が広範囲を切り刻んだところで、アンデッドやレイスには効果がほとんど無いため、それらのモンスターが刻まれたモンスターたちの代わりとして埋まっていくし、多少の傷などモンスターたちは気にもしないで進み続ける。
大瀑布となった水流がモンスターを押し返そうとするが、モンスターを押し流そうとする水の力よりも、ダンジョンの中からモンスターを押し出そうとする集団の圧の方がよほど強い。せいぜい板挟みになったモンスターが両方からの圧に負けてぺちゃんこに潰れ、臓物を口から吐き出させられたくらいが成果と言えそうだ。
土の杭が下から柔らかい腹や脚を貫いたてみせたところで、数匹しか一度に攻撃することができない。それもその相手が再生力に長けたトロル種や、硬い表皮を誇るオーガであれば痛打も与えられず進軍の足止めにもならない。さらには物理的肉体を持たないレイスや、回避能力に優れたアサシンシャドウが相手であれば、ほんのわずかなダメージすら相手に与えられていない。
そんなモンスターたちの群れは足を止めることはなく、途切れることすらなくダンジョンの奥から続々と地上へ向かって姿を現してくる。延々と、延々と、いったいどこにこれだけのモンスターがダンジョンの中に居たのかと思われるほどの数が地上に向けて進軍してきていた。
まるで地獄の窯が蓋を開け、そこから無限に湧き出てきているのではないかと思わせられるほどの数が地上に向けて吐き出されてくるのだ。その何百、何千、何万もいるのだろうと思われる数の暴力の前には、いくら凄腕の上級探索者たちが徒党を組んで対抗しているとはいっても、数十人程度の数では太刀打ちできそうにもなく、絶望を顕わにする者たちや、腰が引け、逃げ出そうとしている探索者の姿もそこにはあった。
おそらく、彼らだけであれば、やがて探索者側の処理能力がダンジョン側のモンスター排出能力に圧し負けてしまい、雪崩に飲み込まれる木々のようにその集団の中に沈み込んでいって死んでしまうことにしかならなかったことだろう。
――だが、この場には彼女たちが居た。
「ミーナさん。あれ、通っていくのに邪魔だからお掃除をお願いしてもいいかな?」
軽い口調でそう投げかけられる声が迎撃に当たる探索者たちの背後から響いてくると、その要請に涼やかな声が応じる。
「承知いたしました」
次の瞬間、人側の防衛線の前にどこからともなく一人のメイド服を着た女性が姿を現した。その彼女が軽く息を吸い込みながら頭部を軽く後ろに下げる。そして次の瞬間、
「―――――」
彼女が頭を前に少し押し出しながら口を開くと、その目の前の空間に一瞬だけ歪みが発生する。そしてその歪みが起きた場所に巨大な光球が一瞬だけ発生し、それが白光の帯となって彼女の前方に居たモンスターたち全てを灼き払っていった。
さらにはそのまま彼女が顔をわずかに左右に向けて振る。すると、その白光の帯もその動きにつられるように左右へと移動し、その光の帯が通り過ぎた後には一匹のモンスターもその姿を残すことはできなかった。それは地上に湧き出てきたモンスターたちだけではない。ダンジョンの中にまだ居たはずのモンスターたちも、光の帯に触れたものたちすべてが一気に消滅してしまっている。
それをやってのけたメイド服の女性が口を閉じると、遅れて白光の帯も消えさっていく。そして、その後に彼女は片手を口元に持って行って、けほ、と小さく息を吐き出した。
「では、どうぞ優奈さま。いってらっしゃいませ」
そして吹き掃除をしてのけたメイド服の女性――ミーナは、姿勢を立て直すと、呆然としている探索者たちの間を抜けて歩み寄ってきた一人の少女に向けて頭を下げる。
「うん、行ってきます。こっちの方はよろしくね。
って、あ、そうだ。――ここに居る皆さんにバフかけておきますので、戻ってくるまで、この場所の防衛をよろしくお願いします」
そう言って優奈がパチン、と手を叩く。するとその場に居る探索者たち数十人に対し、一斉に幾重もの様々な種類の光がまとわりついていく。
「とりあえず、時間が惜しいんで身体強化系・魔力強化系・持続回復系・防御強化系それぞれを全員に20倍ほどでいろいろかけておきました。
個別に分けてる暇がもったいないので、前衛・後衛の区別なくかけさせてもらいましたので、いらない効果もあるかもしれませんがそこは勘弁してくださいねー」
両手を合わせて「すみませーん、おおざっぱなやり方で―」とぺこっと頭を軽く下げて、逆に申し訳なさそうな顔をしながら、そんなトンデモをやってのけたことを呆然としている探索者たちに向けて伝えた優奈は、「それじゃ行こっか、花織ちゃんたち」と言って、何一つ気負ってない様子でまだまだ無数にモンスターが沸いているはずの梅田ダンジョンの中へと入っていくのであった。
「―――嘘、でしょ」
一方、颯爽と日本の探索者たちの危機に登場し、無数のモンスターたちへと一撃を食らわせて登場のインパクトを与えようとしていたが、ほんのわずかなタイミングの遅れでその機会を逃してしまったファレンは、目の前のその場に残ったメイド服の女性が起こした大破壊や、その直後に優奈がやってのけた広範囲高倍率多重バフの実践をその目に見せられて、そう言葉を絞りだすだけで精一杯であった。自分では絶対に行えない広範囲と、そして同様の魔術使いであるだけに優奈が掛けたバフの種類の豊富さとその量に唖然としてしまう。理解が及ばないのではなく、理解が及ぶからこそその段違いの凄さに開いた口を閉じられないでいるのだ。
「まさか、俺達のことまで気づかれてるとはなぁ」
一方で、バフのことまではよくわからないはずのグレアムも、驚きの声をあげていた。なにせ近くのビルの屋上に居て、かなりの距離があったはずなのに自分たちにまで優奈のバフが掛けられてきたのだ。それはつまりこの距離をものともせずバフを掛けられるということだけでなく、3次元的な方向にいる彼らのことも優奈には把握されてしまっていたことを示している。
「どんだけとんでもない嬢ちゃんなんだかな……あれは絶対に敵に回したくわねぇぞ」
「あたりまえよ……で、ここからどうするの?」
「ま、出番はなくなっちまったようだが……ここでジッと眺めてんのもなんだろ。ちょうど目当ての子がダンジョンに潜るんだ。生でその動きを見てみるのも悪くねぇんじゃないか?」
「あは、それはいいアイデアね!
ま、あのメイドが通してくれるか次第にはなりそうだけど……そのアイデアには乗ったわ!」
そう語り合ったファレンとグレアムは、優奈たちの後を追ってダンジョンへと突入すべく、地上へと降り立った。そこには絶望的な状況から一転、安全な状況に戻ったことに喜ぶより戸惑っている人々の姿があったが、そんな人々はさらに新たに登場した世界的にも有名なSランク探索者たちの姿に歓声をあげるのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なお、この後のミーナさん。
「あの、すみません。優奈さまの配信というのは、どうやって観ればよいのでしょうか……?」
と、近くに居た探索者を捕まえて配信視聴の方法について尋ねるのでした。
尋ねられた探索者はびくびくして対応できなかったため、それを見かねたファレンとグレアムが彼女たちに声を掛けて会話の仲立ちをすることにより、ミーナが視聴の方法を知りたがっていることを知ると、探索者ギルドが急遽大型モニターを用意して優奈の配信を映す手配を取っていく。
そうして他の防衛に当たっている探索者たちと一緒にミーナはこの後、こちらも探索者ギルドの職員が急遽用意した茶菓子と玉露をお供に、のんびりと(片手間にたまにダンジョンから出てくるモンスターをまとめて掃除しながら)優奈の配信を野外視聴し続けることになるのでした。
「おや、この水羊羹はいいものですね……どこで入手できるのか確認し、今度
という彼女の呟きがあったとかなかったとか。
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