第4話
夕方、ピンサロの掃除が終わり、送迎までの時間に近くのデパ地下で弁当が安くなるのを見計らって、弁当を買いに出掛けた。夕食はいつもピンサロで摂るようにしていた。
社長の相澤は俺と北島さんによく飯を奢ってくれた。
「今日は相澤さんが奢ってくれるそうですよ。よかったですね川村さん。
これで一食浮きましたよ。相澤さん、ゴチになります」
北島さんは決して相澤を社長とは呼ばない。ただの名義貸しだということを知っていたからだ。
そして相澤が社長の器でもないこともだ。
北島さんは面倒見のいい人だった。スキンヘッドにハンチング帽を被り、いつも笑顔を絶やさない男だった。
とても模範囚として8年で刑期を終えて出所した凶悪犯には見えない。
将棋が強く、地元の小中学校でも将棋を教えていると言っていた。
グループの従業員は殆どが前科者だったが、彼らには皆共通して「母親を慕っている」という共通点があった。
おそらくそれは刑務所内での矯正カリキュラムに組み込まれていたからなのかもしれない。
歓楽街の食堂に向かって歩いていると、相澤に注意された。
「川村君、道の真ん中を歩いてはいけないよ。真ん中を歩いて良いのは神様と聖沢会長だけだからね?」
俺はそれには逆らわず、無言で歩道の端に移動して歩いた。
「へえー、そうなんですね相澤さん。全然知りませんでしたよそんなこと。あはははは」
北島は私のことを慮って、敢えて相澤に皮肉を込めてそう言った。
不動産営業をしていたこともあり、俺は客商売は得意だった。
すぐに仕事にも慣れ、キャストたちとも仲良くなった。
私がバックヤードのキッチンを汗だくで掃除をしていると、古株の彩さんが声を掛けてくれた。
「新しいボーイさん? そこ汚くていつも嫌だったのよ、ありがとうね?」
「いえ、仕事ですから」
キャバ嬢たちと違って、ピンサロのキャストはやさしかった。
風俗にはあるヒエラルキーが存在する。
スナック、キャバクラ、デリヘル、そして最後がピンサロへと行き着くようになっていた。
スナックのホステスやキャバ嬢たちはデリヘルやピンサロで働く女を見下す。
「私たちはカラダは売らない」
だが風俗嬢たちは反論する。
「カラダも売らないでカネを取るのは詐欺だ」
ピンサロの女の子たちは一通りの地獄を見て来ているので、気立てのいい女が多かった気がする。
「忠さん、たこ焼き買ってきたからこっちに来て一緒に食べようよ」
「待機部屋には入るなといわれているので」
「どうせ相澤さんでしょ? あのエロジジイ。そんなの関係ないからおいでおいで」
そこへ川島さんがやって来た。
「おっ、いい匂いがしますね?」
「川島ちゃんもおいでよ、一緒に食べよう」
「それじゃあ飲物を準備して来ますね? 川村さんも手伝ってもらえるかな?」
「はい」
ピンサロは風俗ビルの5階にあった。バブルの頃には客が一階から五階の階段まで並んでいたらしい。
相澤はアイデアマンで、ハーレムコースなるものを考案し、ひとりの客にふたりの女を充てがうものだった。いわゆるピンサロ版3Pである。
だが近頃はデリヘル等に客が流れ、ピンサロはそこそこの経営状況だった。
意外だったのは店にやって来る客が、若いイケメンが多かったことである。
北島さんはよく客に話し掛けていた。
「お客さんはいい男だから別にウチに来なくてもいいんじゃないの?」
「女と付き合うのが面倒なんですよ」
なるほどと思った。クルマも彼女もいらない、美味い物や服にも興味がない。
入って来る給料の中でいかに生活するか? 彼らはもっと働いて収入を上げ、もっといい暮らしをしようとは思わないそうだ。現状維持で良いというのだ。
必死に働く親を見て、彼らは結婚にも失望していた。
その日は給料日前ということもあり、暇だった。
カウンターで店番をしていると川島さんがグラスにビールを注いで持って来てくれた。
「川村さん、これでも飲んで少し休んで下さいよ。夜は長いんですから」
「ありがとうございます」
その時、目つきの悪い男が店に入って来た。
「ここに良子がいるな? 連れて来い」
還暦を越えたスジ者だとすぐにわかった。左手の小指が欠損していた。
川島さんは冷静だった。
「ウチに良子なんて娘はいませんよ。他の店じゃないですか?」
「ここで働いているのはわかっているんだ。早く出せ」
「この店は聖沢会長の店です、後で面倒な事になりますよ」
「いいから呼んで来い。連れて帰る」
「お帰り下さい。警察を呼びますよ? それとも一緒に事務所に行きますか?」
男は黙って帰って行った。
流石は裏社会で生きて来た男だと思った。
待機部屋にいた彩さんに北島さんが言った。
「彩ちゃん、元旦那が来たけど追い返しておいたからね? 帰る時は俺が駐車場まで送って行くから心配いらないからね?」
「ありがとう、礼二さん」
まるで安いドラマを見ているようだった。
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