第30話

んん?


いけない、いつの間にか眠ってしまったようだわ。


マリーベルはベッドから起き出すと、洗面所へと向かう。


鏡を見ながら軽く乱れた髪をぎこちない手つきでとかし、なんとか身だしなみを整えた。


髪を結わえるのは難しいわね。


アレンジすることができなくて、結局軽く一つに束ねただけだ。


完璧とは言えなくても、自分1人で身支度を整えることができるようになったのは、マリーベルにとって大きな進歩だった。


邸では、こんな風に身支度をすることなんて出来ないものね。 


扉をそっと開けると、両側にはエドワードとフレッドが立っていた。


2人とも黒髪を短く切り揃えた似たような髪型で、どことなく雰囲気も似ている。


顔の認識力の低い私には、区別がつかない。


困ったわ。

何とかして覚えなくては。



「あの、ニコライ様の所へ行ってまいります。」


私は2人に遠慮がちに声をかけた。


2人は目配せをした後、1人の騎士が歩み出る。


もう1人は、扉の前を見張ってくれるようだ。


私が歩き出すと、後ろから騎士も付き添ってくれる。


最初にニコライ様とお会いした執務室に行ってみることにした。


中庭を抜けようとした所、例の女神像が視界に入る。




まぁ、なんてこと…‼︎



ニコライ様の言われていた通りだわ。


私は引き寄せられるように女神像へと近づいた。


周囲の花は見るも無惨に刈り取られていた。


あんなに綺麗に咲いていたのに……


いったい誰がこんなひどいことを。


女神像を見上げると、手と耳の部分に損傷が見られる。


「なんてことを……宝石を奪っていったのね……」



慈しむように女神像に手で触れる。


目立つ大きな宝石を奪っていったのね。


もう一度改めて女神像を見上げたマリーベルは、

その姿に心を痛める。


でも、今の女神像の姿の方が、昨日見た時よりも

スッキリしている気がする。


不謹慎だけれど、

あんなに大きな宝石がぶら下がっていた耳よりも、ゴテゴテとした宝石の花束を持っていた手よりも。


そうだわ。



「せめて、女神様、これをどうぞ」


マリーベルは、周囲に散らばっていた花をかき集て、女神像の手に供える。


その様子を黙って見つめる騎士の存在を忘れて。



それにしても、こんなに硬い像をこのように損傷させるなんて、余程切れ味のいいものを使われたのね。


早く修復されるといいわね。


でも…

多少煌びやかな部分もあるけれど、

あまり大きな装飾もない、今の状態の方がいいのではないかしら。


なんて、神殿の方に失礼になるわね。




立ち去ろうとした時、護衛の方と目が合う。

その表情には後悔の色が現れている。


気になったマリーベルは、「どうかしたの?」

と声をかける。



「━━胸が、痛く……、いえ、何でもありません!」


ビシッと敬礼するように姿勢を正して、語尾を強調する。


痛い? 大丈夫かしら…


それ以上言葉を交わせる雰囲気ではなかったので、気になりつつも、マリーベルはその場を後にした。



執務室にたどり着くと、昨日と同じく皆書類作業に追われていた。


ニコライ様がいないかと探していると、すぐにこちらに気づいてくれた。


「マリーベル様。護衛の方をお連れしていますね。 安心いたしました。

先程部屋へ伺ったのですが、ちょうど入れ違いになったのでしょうね。


本日より体験の予定でしたが、昨夜のこともありこの通りバタバタしていまして。


基本的には、お祈りを捧げたり、奉仕活動として孤児院へ訪問などあるのですが……


本日は、私も手が放せず。良ければ、こちらを見学でもされますか?」


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