192:離脱

 夕食を終えた頃合いに、俺はみんなの前でドルメダがルルーシュ家を敵視する理由についての考察を明かした。


 もちろん、ハラ大公妃がグールだということや彼女がドルメダだということは隠したままだ。


 俺の考察を聞いた遠征隊のみんなはそばの隊員と言葉を交わしている。真面目に受け取った様子の者から半信半疑のものまでさまざまだったが、鼻で笑うような人はいないようだ。魔法・精霊術研究所の人間だ。頭ごなしに否定するようなことをしないのだろう。


「俺は地球からやって来ました。少なくとも、俺の意識は。この身体の元々の持ち主は、ドルメダの鍵を持っていたことから所属は明らかでしょう」


 隊員の一人が手を挙げる。


「そのことをなぜここで話したんですか?」


「方舟が落ちた場所からさらに先に、ドルメダの聖地があると聞きました。俺のこの身体ならば、聖地に潜り込んでも問題はないんと思うんです」


 ナーディラが顔をしかめる。


「おいおい、まさか乗り込もうとしてるんじゃないだろうな?」


「俺は自分の身に何が起こったのか知りたいんだ」


「だからって、そんな危険なこと考えるな!」


 ザリヤは余った料理をもぐもぐしながら、頭を掻いている。


「うえー……、ザリヤさんでもねー、さすがにドルメダの聖地に乗り込むんはきちぃよ……」


「だから、聖地へは俺一人で──」


「ダメだ! そんなこと許さない!」


 ナーディラが激しい口調で異を唱える。やっぱりそうなるよね……。


 俺は別にドルメダの過去を探りたいわけではない。俺自身に何が起こったのかは知りたいが、それを最優先にしているわけでもない。この後に起こるドルメダの“歓迎”を恐れているのだ。


 こちらにはザリヤがいる。彼女の力でドルメダを排除できたとしても、ハラ大公妃が手筈を整えていたことだから、その失敗がドルメダに伝わることでよくないことが起こる可能性は高い。


 ザリヤがいたとしても、何らかの不測の事態で裏をかかれる可能性もある。その場合は、ザリヤだけでなくナーディラやこの遠征隊のみんなの命が危ない。


 どちらも避けるためには、俺が単独で向かい、“歓迎”してくれる連中と合流、そして聖地へというのが最もリスクの低い方法だ。


 この身体の元々の持ち主タリクが転移魔法を持つ選ばれし者なのだとしたら、そして、その転移魔法の実験を行っていたのなら、ドルメダはタリクを──つまりこの身体を安易に傷つけることはないはず。


 そして、同時に“歓迎”は俺をターゲットにしているはず。行方不明になっていた俺をドルメダに連れていくためのきっかけにすぎない。


「いいか、絶対にドルメダの聖地になんか行かせないからな!」


 ナーディラが怒っている。俺の身を案じてくれているのだ。遠征隊のメンバーたちも、


「方舟が落ちた場所を調査することが現在の目的」


 として、俺の単独行動には反対を示した。


 俺は事情を話すわけにもいかず、この場ではただ折れることしかできなかった。



***



「私がお前を見張るからな!」


 宿泊部屋に変わった車の中で、ナーディラが息巻いている。


「んー、えと……、なんでザリヤもここにいるんじゃい……。お菓子タイムしたい……」


「お前は強いんだからリョウが逃げ出そうとしたら遠慮なくぶっ放してやれ」


「いや、それもう俺のこと殺そうとしてるじゃん……」


 ナーディラは鋭い眼差しを向けてきた。


「殺してでもやめさせるからな」


 うわー、この人の目がマジだ。


「わかった、わかった。一時の気の迷いであんなこと言って悪かったな」


 そう言ってもナーディラは俺から疑いの目を離さない。


「こういう時のお前はだいたいいつも何か考えてるんだ。私には分かるぞ」


 ──長い間一緒に居たことで俺の思考が読まれている……。


 ナーディラはザリヤに命令を下す。


「よし、今夜は二人でリョウを見張るぞ!」


「えー……、ザリヤさんのお菓子タイムは……」


「持ってくればいいだろ!」


「……んー、言っとくけど、お菓子はあげないからね」


「お前は子供か!」



***



 夜が更けている。


 ナーディラとザリヤがお互いを枕にして眠っている。


 二人には申し訳ないが、眠ってもらった。


 遠征の出発前、俺はアルミラのもとを訪れていた。そこで睡眠薬を調達してきたのだ。いろんな事情を隠しながら手配するのは骨が折れたが、実験を口実に頼む込むと、彼女は闇の笑顔で快諾してくれた。


 ドルメダの“歓迎”を受けると分かってから、みんなと行動を別にするきっかけを探していた、そのひとつとして睡眠薬を用意していたのだが、こんなにうまくいくとは……。


 荷物を持って車を降りる。


 キャンプは静まり返っていた。みんな寝入っているのだ。


 休んでいるファマータのもとに向かい、そっと起こす。


「ごめんな」


 キュイ、と小さく鳴くファマータの頭を撫でる。


「ふーん、やっぱ、そういう感じかー……」


 ダウナーな声が背後から聞こえる。


 ザリヤが立っていた。


「睡眠薬、効いてなかったんですか?」


「なんかねー、訓練させられたんよねー……」


 特務騎士には薬も効かないのか。


「ナーディラを起こさなかったってことは、俺を行かせてくれるんですか」


「うーん、まあ、そんな感じかなー……。でもねぇ、ナーディラブチ切れ案件だよぉ……」


「そうですね……」


 ザリヤがキャンプの方を振り返って言う。


「行くなら早く行った方がいいよー……」


「すいません」


 ファマータに跨って行く手に目をやる。


「あー、あの、えっと……、これ……」


 ザリヤが手のひらに載せたお菓子のタウパウを差し出してきた。


「え? これ、ザリヤさんの……」


「あの、うーんとね、お腹空いたら食べてね……」


 断ろうと思ったが、強引に押しつけられてしまった。


「ありがとうございます」


 空には月が浮いている。


 ファマータが駆け出す。


 夜の砂漠はそれほど寒くはなかった。

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