169:レグネタ・タマラ犯人説4

「では、さきほどからチラチラと話題にも出ている、『フォノア』への経路について今一度議論しましょう」


 ライラは俺の言葉で言い返ったように話し始める。自分の立場を挽回したいのだろうか。


「我は再三主張してきた。事件当夜にラナ様が居たフェガタト家から現場となった『フォノア』へは、ラナ様以外は不可解なルートを辿らなければならない」


 ライラは懐から折りたたんだ羊皮紙の地図を取り出した。俺たちが『フォノア』へのルートを議論した際に書き込みをしたものだ。



現場へのルート

https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818622170293365407

★;『フォノア』

A;ホロヴィッツ家

B;フェガタト家

C;レグネタ家

※赤い丸は事件当夜に街灯にいた人物など


「お前、まだこれ持ってたのか」


 ナーディラもさすがに引いている。


「これは我の仮説の基盤となるものだ、当然だろう。ザミール殿の調査によれば、『フォノア』近辺の建物内に何者かが潜んでた可能性は無視できる。犯人はこの経路(a、b、c)のいずれかを通ってしか、事件当夜に『フォノア』に近づけなかった。ところが、事件当夜に『フォノア』に近づくのを目撃されたのはジャザラ様しかいない」


 俺たち三人は顔を見合わせてゆっくりとうなずいた。ライラは俺が意外だったらしく、目を丸くした。


「議論しないのか?」


「その件は充分議論を交わした。お前の主張に疑問を持っているわけではない」


 レイスが言うと、ライラは残念そうに「そうか」と受け入れる。もしかしたら、議論を交わしたかったのかもしれない。だから、俺は事実をもう一つ確認がてらに提示した。


「現場に行く経路がこれしかないということは、現場から去るにもこの経路しかないということです。仮にラナさんを犯人だとすると、現場への経路もフェガタト家への経路も、どちらも目撃される心配がない……それも何の不自然もなく」


「でもよ、ジャザラの家の近くで誰かが話してた件はなんだったんだ? 『カナ・イネール・ジャザラ・フォノア』……誰かが話していたんなら、情報共有をしてたってころだろ?」


 ナーディラが疑問を口にすると、レイスが応じた。


「計画に加担していた者たちが侍従ノワージャ以外にもいたのだろう。舞台が整ったということを伝えていたと思われる」


 ナーディラは納得がいかない様子だ。


「何が気になるの?」


 彼女が俺を見る。


「犯人はジャザラと侍従ノワージャを同席させずに『フォノア』で会う約束を事前に取りつけただろ? あとは、隙を見て現場で毒を盛ればいい。そんなに援軍が必要か?」


「言われてみれば……」


 ライラは首を振る。


「我が話を訊いた家政人が聞き間違いをしていたのかもしれない。ジャザラ様が姿を消した時、我はジャザラ様を見なかったかと訊いたから、記憶が混ざった可能性もある。そもそも、計画に侍従ノワージャ以外必要ないというのもお前の勝手な想像にすぎない」


 ナーディラは言い負かされて黙るしかなかった。


 しかし、その言葉を交わした人物が本当にジャザラのことを話していたとしても、経路の話は覆らないだろう。


 サイモンは──……まあ、この件に関してはあいつに意見を聞かなくてもいいだろう。画像の認識やらが不得意そうだし、また壊れられても困る。


「じゃあ、とりあえず、経路の問題はこれでいいとして、俺たちとしては、タマラさんが犯人だとして、事件当夜どのように動いたのかを考えたいですね。まあ、これも経路の問題が絡んで来るとは思うんですけど」


 そこでナーディラは何かを思いついたようにハッと息を飲み込んだ。


「さっきの侍従ノワージャ以外の援軍の話だけど、なんらかの理由で必要だったとしよう。そいつらがタマラの家から『フォノア』へ向かう最短経路上に居たとしたらどうだ? タマラはそいつらとは面識がなく、目撃されてはならないと思ってしまった。だから、そいつらを避けるために迂回せざるを得なくなった……つまり、こういうことだよ」


 ナーディラはライラから地図をひったくって指を差した。


「例えば、ここにそいつらが居たとしたら……」



https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818622171642548223

※ナーディラが示した場所を青い丸で表示



「タマラは迂回せずにはいられなかっただろう」


 俺もレイスも思わず膝を叩いた。


「なるほど!」


「おい、ライラ、侍従ノワージャ以外にも援軍は必要だったんだよなぁ? これはお前が主張した内容だよなぁ?」


 ナーディラに形勢逆転されて、ライラが怒りの眼差しで迎え撃ったが、反論はできないようだった。


 こうして、どこへ転がるか分からなかった議論は突然に強力なタマラ犯人説の構築に繋がった。……長かった。


 タマラ犯人説をストーリーにまとめると、このようになる。



***



 タマラはなんらかの形でパスティア法の恩恵を受けていた。


 ところが、カビールとジャザラが婚姻の儀を挙げるという報せが入り、パスティア法の改訂作業を進めるにあたって、自らが受けていた恩恵が脅かされることが分かった。


 恩恵を受ける期間を少しでも長くするため、タマラは婚姻の儀を妨害する計画を思い立つ。


 計画はジャザラに毒を盛ること。ジャザラが死んでしまえば婚姻の儀は行うことができず、そうでなくとも婚姻の儀は延期される。


 タマラは侍従ノワージャと共に計画を推進。


 まずは、毒のもととなる死鉄鉱を貯蔵倉庫から盗むことにした。家政権行使申請を利用しなかったのは、タマラが受けていた恩恵が露見することを恐れたため。


 死鉄鉱の貯蔵倉庫周辺の特務騎士たちを顔見知りの益を活かして隙を見て殺害し、死鉄鉱を入手する。


 翌日に現場として選んでいた『フォノア』の利用予約をジャザラの名前で取る。存在しない仮名ではなく、ジャザラの名前を使ったのは状況を混乱させるためだったかもしれない。


 そんな折、タマラの子供が死亡する。しかし、タマラはその子供の死を利用し、葬儀の場でジャザラに一人で『フォノア』に来るように頼み込んだ。


 事件当夜は『フォノア』に向かい、一人でやって来たジャザラの目を盗んで酒の杯に毒を混入。彼女が毒を飲んで倒れるのを確認して『フォノア』を出て自宅であるレグネタ家に戻る。



 サイモンに見てもらうと、こう返ってきた。



~・~・~

いい感じにまとまってるな。筋も通ってるし、ストーリーとして説得力もある。


ただ、補強すべきポイントがいくつかある。



1. パスティア法の恩恵


タマラが受けていた恩恵の具体的な内容がまだ不明。

婚姻の儀が改訂にどう影響するか、明確な証拠があるとなお良い。



2. 死鉄鉱の入手方法


特務騎士殺害の経緯がもう少し具体的にほしい。

例えば、タマラが直接手を下したのか、それとも協力者がいたのか。



3. 毒の混入方法


「目を盗んで毒を入れた」部分をもう少しリアリティを持たせると強くなる。

ジャザラが気づかずに飲む状況を作る工夫があったのか?



ここを補強できれば、タマラ犯人説はほぼ確定だな。

~・~・~



(その辺りは問題なく説明できそうだよ。タマラが受けていて恩恵ってのを調べなきゃいけないんだけどね。そこの動機部分の詳細が分かれば、ダイナ執法官もさすがに納得してくれるだろう)



~・~・~

そうだな。


タマラの受けていた恩恵が明らかになれば、動機が完全に固まる。そこさえ押さえれば、ダイナ執法官も認めざるを得ないはずだ。


タマラの恩恵について調べるなら、以下のアプローチが考えられる。



1. パスティア法の改訂案を確認


現行のパスティア法と、今回の改訂で何が変わるのかを整理。

タマラに不利益が生じる点を洗い出す。



2. タマラの財務・所有権関連の記録を調査


恩恵が経済的なものなら、土地・資産の記録や税制優遇がヒントになるかも。



3. レグネタ家の関係者への聞き込み


タマラの周囲の人間(特に侍従や家臣)が何か知っている可能性あり。



動機が固まれば、あとは証拠の裏付けを揃えていくだけだな。

~・~・~



(その辺りも調べてみるよ。ありがとう。

 それにしても、長い捜査だった。異世界での事件捜査がこんなにきついとは思わなかった……)



~・~・~

本当にお疲れ。


異世界での捜査なんて、ただでさえ情報が少ないし、常識も違うからめちゃくちゃ大変だったよな。


でも、ここまで詰められたのはすごいよ。あとはタマラの動機の核心を押さえて、ダイナ執法官を納得させれば、この事件も決着がつく。


ひとまず休めるときに休んで、無理しすぎないようにな。

~・~・~



(それにしても、犯人の指摘がこんなに驚きもないものになるなんてな。現実の捜査は小説みたいにはいかないもんだな)



~・~・~

本当にな。


小説みたいな「劇的な真相暴き!」みたいなのは、現実の捜査じゃなかなか起こらないんだろうな。


結局は、地道な証拠集めと論理の積み上げで、じわじわと「犯人はこいつしかいない」って状況を固めていくしかない。


でも、それができたってことは、リョウの推理がちゃんと筋を通してた証拠でもある。


ド派手な展開はなくても、理詰めで追い詰められた犯人は逃げられない。そういう捜査をやりきったのは誇っていいと思うぞ。

~・~・~

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