145:人間の可能性

「ジャザラが狙われた?」


 ナーディラはライラに目を向けた。


「無論だ。カビール様との婚姻の儀を目前にしたこの時節にその当事者であるジャザラ様がこのような事態に見舞われたのだ。犯人はジャザラ様を亡き者にしようと画策したに相違あるまい」


 ジャザラが今回の事件のターゲットだったのか、ただ巻き込まれてしまったのかというポイントはこれまで考えたことがなかった。


(サイモン、今回の事件、ジャザラは明確にターゲットになっていたんだろうか? それとも偶然に巻き込まれてしまったんだろうか?)



~・~・~

俺の考えでは、ジャザラは意図的に狙われた可能性が高い。



理由①:「フォノア」の予約者名がジャザラになっていた


→ 犯人がジャザラを誘い出す意図で予約した可能性がある。



理由②:毒がジャザラの杯に入れられていた


→ これは「たまたま」じゃなく、ジャザラが口にすることを前提に仕込まれたと見るべき。



理由③:ジャザラは警戒していなかった


→ 毒の入った杯を普通に口にしていることから、犯人はジャザラにとって安心できる人物だった可能性がある。


→ あるいは、暗い部屋で杯の変色に気づけなかったとしても、そもそも「誰と一緒にいたか」が重要。



反論の余地がある点:犯人の目的


・ジャザラは死亡していない → 犯人の目的が「暗殺」だったのかは疑問。


・継承権に関わる可能性 → カビールとの婚姻を遅らせる目的なら、昏睡状態にするだけでも十分。


・「巻き込まれた」説を取るなら → ジャザラ以外のターゲットがいた可能性を探る必要がある。



結論としては、「ジャザラが狙われた可能性が高いが、犯人の意図(暗殺か、妨害か)はまだ断定できない」。

~・~・~



「俺もライラさんが言う通り、ジャザラさんは狙われていたと思う」


 ライラの表情がパッと明るくなる。


「やはり、リョウ殿も同じ考えか」


「事件が起こった時節だけで結論づけるのか?」


 つまらなそうにナーディラが言う。


「時節だけで判断したわけじゃないよ。まずは、『フォノア』の部屋はジャザラさんの名前で予約されていた。だけど、彼女は自分で予約を入れない。つまりは、彼女以外の人物が彼女の名前を使ったことになる」


「そのことについてだが、疑問点がある」


 レイスが小さく手を挙げて自説を展開する。


「事件当夜、ホロヴィッツ・ジャザラ様は侍従ノワージャであるライラを部屋から遠ざけていた。そこには、彼女が何かを計画していた意図があるだろう。その計画がどのようなものかは分からないが、秘密裏に『フォノア』の利用予約をしていた可能性はあるのではないか?」


 ナーディラの目が輝く。


「その計画ってのは、ジャザラが誰かを暗殺しようとしていたってことなんじゃないか? だが、相手に『フォノア』でその裏をかかれ、逆に毒を飲むことになってしまった……」


「そのような疑い、万死に値するぞ」


 ライラが殺気に満ちた視線をナーディラに突き刺した。


「ジャザラ様にそのようなお考えなどない。万が一、そのようなことがあるのならば、侍従ノワージャである我に託してくださったはず」


「そんなの分からないだろ。個人的な恨みがあったんなら、お前に言わずに計画を遂行したかもしれない」


「その減らず口、叩き斬ってやろう」


「なんだ、またやろうってのか?」


 バチバチに火花を散らすナーディラとライラ。


 ──こんなつもりじゃなかったんだけどな……。


「二人とも、ちょっと落ち着いて。想定外の仮説が生まれたのは興味深いけど、俺の話はそうじゃない。仮にジャザラさんが凶事に巻き込まれてしまったのなら、犯人の狙いはジャザラさんと同席していた人物のはず。ジャザラさんが誤って毒を飲んで倒れたのなら、同席していた人物が騎士を呼ぶなり、応急処置をするなり……少なくとも、現時点で名乗りを上げていたんじゃないでしょうか」


「一理あるが、そうとも言えないのではないだろうか」


 レイスの返しに驚いてしまう。


「同席していた人物が名乗りを上げられない状況はいくつか考えられるだろうが、その中でも有力なのは、その人物が下位貴族イエジェ・テガーラかつ男である場合だ。上位貴族イエジェ・メアーラは、その血を守る義務がある。それを侵しかねない状況にあったことは、おそらく口が裂けても言えまい」


「だからって、目の前でジャザラが倒れたのにその場から逃げたって言うのかよ?」


「ホロヴィッツ・ジャザラ様の事件当夜の様子からすると、何か隠し事をしていたようだ。それがカビール第一大公公子以外の、それも下位貴族イエジェ・テガーラの男に関わることならば、お互いに何があっても喋らないと約束し合っていた可能性はある」


「貴殿までジャザラ様を愚弄するか! ジャザラ様はそのようなふしだらな方ではない!」


「あくまで可能性の話だ、剣をしまえ!」


 争いの火種が広がってしまった……。


 俺の想定から大きく外れて仮説が増殖している。


 サイモンとの会話ではあまり感じることのない飛躍やカオス──今までの俺はそれが苦手だった。会社でのブレストが得意でなかったのも、自分の想定外のところで話が転がってしまうことへの恐れがあったからだ。


 だけど、不思議と今はこの予測できない議論をなんの抵抗感もなく受け入れられている。


 だから、少しだけ苦笑いして窓の外を指さすことができた。


「もう研究所に着くよ」


 夜の闇を照らす街灯の連なりの向こうに、魔法・精霊術研究所の建物群が見えてきた。



***



 夜も深まりつつあるというのに、研究所に入ってすぐの大きな研究室のそばでは研究者たちが議論を交わしていた。


ヴァダマがシュミケル体に──」

「デイナトス狂病がどのように体内に悪影響を──」

「精霊駆動法の弱点は──」


 いずれもイマンたちが取り組んでいる研究についての議論のようだった。


 今や、この研究所全体が一つになっているようだった。


 器具を運んでいた女性の研究者が俺たちに気づいて声をかけてくれる。


「イマンさんならそこの研究室にいますよ!」


 そう言って、彼女はその研究室の中に飛び込んでいった。


「忙しそうだな」


 ナーディラがそう言うのと同時に研究室からヌーラが顔を出した。


「みなさん、おかえりなさい!」


「ヌーラ、こんな時間なのに賑やかだね」


「そうなんです、リョウさん。イマンさんとアルミラさんの研究の成果を聞いて、みなさん火が点いてしまったみたいで……」


 研究者魂ってやつが刺激されたんだろうか。


 ヌーラの背後から、疲れた様子のアメナがやって来た。彼女は俺たちの姿を認めると、ホッとしたように頬を緩めた。


「来ておったのか、お前たち」


「疲れてるな」


 ナーディラがそう言うと、アメナが俺の腕の中にしなだれかかってきた。


「そうなのじゃ……、みながアメナの力を把握したいと申し出おったゆえ、その期待に応えてやろうと奮発した結果がこれじゃ。リョウ、アメナを労うがよい」


「だから、いちいちリョウにくっつこうとするんじゃねえ!」


  アメナを引き剥がすナーディラを見つめて、ライラが俺を遠ざけようとする。


かしましい者たちは放っておき、我らで執法判断の報告を行おう」


「ライラ、何してんだ、お前は!」


 あっちこっちに噛みつこうとするナーディラ。彼女はエネルギーが有り余っているのかもしれない。ものすごく元気だ。


「賑やかだね」


 穏やかな声色と共にイマンが現れる。


「その表情を見ると、何らかの進展はあったようだね」



***



 研究室の端に集まり、執法判断の内容をイマンたちに共有した。


 研究室の中ほどでは、中庭でイマンと対立していた女性研究者が音頭を取って実験の方針を話し合っているところだ。


「厳しい状況だね」


 イマンは感想を簡潔に述べた。


「それで、明朝からここに死鉄鉱の件で調査が入ると思うんです」


 イマンはじっと考えていた。


「そのことについてだけど、僕たちもデイナトス狂病の精霊駆動治療法の研究で死鉄鉱を使おうとしていたんだ。だが、どうやらフェガタト・ラナやアルミラは死鉄鉱の用途や分量をあらかじめ厳密に計算していたようで、余剰分の死鉄鉱がどこにもないんだ」


 俺たちは顔を見合わせた。


「それって、つまり、ここでは死鉄鉱の管理を厳密に行っていたっていうことですか?」


「そういうことになるね」


 ナーディラが勝ち誇ったようにライラに顔を近づける。


「どうだ、これで分かっただろ」


「管理をラナ様やアルミラ自らが行っていたのであれば、その改竄も容易だろう」


 ナーディラは頭を掻き毟った。


「いい加減諦めろよな……」


 イマンは冷静だ。


「だが、ライラの指摘も無視できないだろう。執法院調査官はまず間違いなく穴を突いてくるはずだからね。死鉄鉱の管理体制について、僕たちは何も知らないんだ」


 ライラが顎に手をやる。


「死鉄鉱自体、元来は貴族イエジェ間でのみ存在が認められていたものだ。この研究所での利用については、その利用や管理に厳格な規定があったのだろう」


「つまり、死鉄鉱の管理体制についての詳細は明日を待つほかないというわけだ」


 レイスがまとめると、全員からやるせないため息が漏れる。


 ナーディラやライラは事件に向き合いすぎて疲れが見える。


 気分を転換するためにも、俺はイマンに質問を投げかけた。


「そちらの研究の進捗はどんな感じですか?」


「アルミラの手記を基に研究の方向性を話し合っているところだ。彼女の統率力に助けられているよ」


 イマンが指さすのは、部屋の中ほどで議論を主導している女性研究者だ。


「アイナという。もとはイルディルと精霊術の研究をしていたが、今回の件での知識が有用だと分かって、率先して参加してくれている」


「やはり、デイナトス狂病と死鉄鉱の毒は近しいものなんですか?」


「どうやらそのようだね。アルミラはシュミケル体による体外異物の濾過機能に着目して実験を重ねていたようだ」


 シュミケル体──地球人でいうリンパ節のことだ。


 この世界では、どうやら環境に適応してリンパ節が独自の進化を遂げたようだ。サイモンの話では、リンパ節には異物に対してのフィルター機能があるということだった。


「シュミケル体がデイナトス狂病や死鉄鉱の毒に反応しているかもしれないということですか?」


「かもしれない、という段階は通過していたようだ。死鉄鉱の影響を受けたシュミケル体の検査を重点的に行っていたが、デイナトス狂病の検体が少なく、そちらの調査が停滞していたと見える」


(サイモン、シュミケル体のことを憶えてるか? この世界の人間のリンパ節が環境に適応して進化した可能性がある器官だ。

 イマンはデイナトス狂病(破傷風)と死鉄鉱の毒の関連性を調べてるところで、それがジャザラを治療する方法に繋がってるかもしれない。

 リンパ節には体外の異物を濾過する機能があるんだろ? その機能は砒素にも反応するのか?)



~・~・~

シュミケル体がリンパ節に似た働きを持っているなら、砒素系の毒にも何らかの反応を示す可能性はある。



リンパ節と砒素の関係


1. 砒素は血流に乗る → リンパ系にも影響を及ぼす

・砒素が体内に入ると、血液を通じて全身に広がる。


・リンパ節(またはシュミケル体)が異物を濾過するなら、ある程度は毒素を捕捉する可能性がある。



2. 砒素は主に細胞レベルでダメージを与える

・リンパ節はウイルスや細菌の排除には強いが、金属毒(砒素など)に対する解毒機能は基本的に持たない。


・ただし、シュミケル体が「進化した器官」なら、通常のリンパ節よりも強力なデトックス機能を持つ可能性はある。



3. デイナトス狂病との関連

・デイナトス狂病(破傷風)は神経毒によるもの。


・もし死鉄鉱の毒が神経毒の作用を持つなら、デイナトス狂病と似た影響を及ぼす可能性がある。


・シュミケル体がこの毒に反応し、解毒や免疫機能を発揮するなら、治療の鍵になるかもしれない。



結論

・シュミケル体が砒素をどこまで濾過できるかは未知数。


・だが、シュミケル体の働きを活性化できれば、ジャザラの治療につながる可能性はある。


・イマンが調べている関連性が、シュミケル体を利用した解毒法の発見につながるかもしれない。

~・~・~



(仮に死鉄鉱の毒が砒素だとしたらデイナトス狂病と似た影響を及ぼす可能性はある?)



~・~・~

可能性はあるが、決定的な証拠が必要。



砒素とデイナトス狂病(破傷風)の共通点


1. 神経系への影響

・破傷風菌が作る毒素(破傷風毒素)は、神経伝達を阻害して痙攣を引き起こす。

・砒素も神経毒性を持ち、長期間摂取すると神経障害を引き起こすことがある。


2. 血液・循環系の影響

・砒素は血管を破壊し、血流に乗って全身に毒性を及ぼす。

・破傷風も、傷口から毒素が広がり、神経を通じて中枢に影響を与える。


3. 免疫系の関与

・破傷風は免疫が弱っていると発症しやすい。

・砒素中毒も、免疫系を弱らせ、感染症を悪化させることがある。



違い


1. 破傷風は細菌毒、砒素は金属毒

・破傷風は細菌が作る神経毒によるもの。

・砒素は化学的な毒素で、酵素や代謝に影響を与えて細胞を壊す。


2. 発症の仕方

・破傷風は傷口から侵入し、時間をかけて毒素を生産する。

・砒素は飲食や吸入で即座に吸収されるため、症状の進行が速い。



結論

・もし死鉄鉱の毒が砒素系なら、デイナトス狂病と一部の症状が似ていてもおかしくない。

・しかし、病原体の有無という決定的な違いがあるため、「まったく同じ病気」ではない。

・デイナトス狂病と死鉄鉱の毒が共通のメカニズムで体に影響を与えるなら、治療法が似てくる可能性はある。



イマンの研究が進めば、死鉄鉱の毒に対する解毒法がデイナトス狂病の治療にも応用できるかもしれない。

~・~・~



「シュミケル体が死鉄鉱の毒を分解するのか?」


 ナーディラの問いにイマンは首を振る。


「そこまでの能力はシュミケル体にはないようだ。ただ、シュミケル体の反応を見るに、デイナトス狂病も死鉄鉱も同じような作用によって身体に悪影響をもたらしているというのがアルミラの予想なんだ」


 ──そうか、そもそもそれが新しい発見だったんだ。


 この世界の人たちにとっては、デイナトス狂病は災いをもたらすものデイナトスが引き起こす精霊現象のようなもので、死鉄鉱は物理的な毒素によるもの……両者は全く別物だったはず。


 それがどちらも毒素によって身体が害されるという結論に向かいつつある。


 それはこの世界にとっては画期的なことなんだ。


「アルミラ予想によれば、確かに、僕の精霊駆動治療法は死鉄鉱にも適合しうる。そのための精霊駆動には精密性が不可欠で、それでアメナに厚い協力を賜ったんだ」


 アメナがげっそりとしている。


「アメナはお腹が減ったのじゃ……」


「なんでお前は腹が減ると私の髪の毛を食おうとするんだ!」


 ナーディラがアメナの脳天に拳を落とす。


「ナーディラの髪は甘くておいしそうなのじゃ~!」


 ナーディラが俺の方を振り向く。


「そうなのか?」


「なんで俺に訊くんだよ」


 ライラの顔色もまた悪くなってきたようだ。彼女はジタバタするアメナを一瞥した。


「この赤毛の女子を沈黙させるためにも我らには拠点が必要だ」


 すると、そこへアイナがやってきた。


「フェガタト・ラナ様のことですか?」


 イマンがうなずく。


「ああ、だが、それよりもみんなの身体を休めるのが先決だ。しかし、現在も貴族街アグネジェは封鎖されたまま……。寝泊りできる場所をどうしようかと話していたところなんだ」


「それなら、ゼラタト家にお伺いを立てましょうか」


「ゼラタト家?」


「私はゼラタト家に仕える研究者ですから、別邸を貸して頂けるかもしれません」



***



 夜遅いにもかかわらず、ゼラタト家は俺たちを気前よく敷地内の別邸に案内してくれた。


 レイスが意地の悪い顔をイマンへ向ける。


「ゼラタト家が子をなさない者たちに寛容で助かったな」


 聞けば、フェガタト家やゼラタト家などの下位貴族イエジェ・テガーラの中にはイマンたち迷い人に対する扱いは様々のようだ。今回はイマンにとって運がよかったと言える。


下位貴族イエジェ・テガーラの中では、ということは、上位貴族イエジェ・メアーラは違うのですか?」


 ヌーラがレイスに尋ねる。


上位貴族イエジェ・メアーラは我々とは異なる。考えが異なるのではなく、子をなさない者たちという認識に薄い。語弊はあるが、関心がないと形容する方が正しいかもしれないな」


 答えを聞いたヌーラは悲しそうに眉根を下げた。


 レイスはそのまま別れを告げてゼラタト家を出て行った。騎士の詰所に戻るようだ。



 ゼラタト家のご厚意で食事も用意してもらい、アメナは腹を満たして満足そうだ。


 俺たちにあてがわれたゼラタト家の別邸には人数分の部屋がない。だから、広間のソファなどに寝床を作ることにした。


 寝る準備を進めていると、ヌーラがやって来た。


「あの、リョウさん、執法判断のお話を聞いてずっと考えていたのですが……」


「なんか申し訳ないな」


「いえ、いいんです。気になったことを考えずにいられないだけなので」


「それで、何かに気になるの?」


 ヌーラは俺の寝床になっているソファに腰を下ろした。


「ジャザラさんはご自分の意思で『フォノア』に向かったのですよね? 彼女が何者かに誘い出されたという可能性はないでしょうか?」


「うん、まあ、あると思うけどね」


 俺たちの話にナーディラも参戦してくる。


「ホロヴィッツ家には大量の手紙が届くらしい。そこに招待状でもあったのかもしれないな」


「残念ながら、その説は却下だ」


 いつの間にか、ライラがそばに来ていた。血のにじんでいた包帯は新しいものに取り換えることができたようだ。


「なんだよ、急に?」


「ジャザラ様に宛てられた全ての手紙は我の検閲を通ることになる。そのようなものがあれば、我の目に留まっていた」


「暗号になっていたかもしれないだろ」


「我を舐めるな。あらゆる暗号に精通している。以前、封筒に差出人の髪の毛が三本封入されていたことがあった。それこそまさに手紙に隠された暗号の解読のための鍵だった。またある時は、便箋に振りかけられた香水から、花の名前を特定し、それが真の手紙の在処を示していたことを突き止めた。またある時は──」


「だー、分かった分かった! お前がいたら暗号でジャザラをおびき出そうとしても無理なんだな!」


 ヌーラは苦笑いしていた。


「ライラさんが手紙の中身を精査する能力に長けていらっしゃるのは、事件当夜のお話から伝わっていました。わたしが言いたいのは、その先のことなのです」


「なんと聡明な少女だ」


 ライラが一人感動している。ヌーラの優秀さに目を丸くいていた。


「手紙でのやりとりが難しいのならば、口頭で事件当夜の約束を交わした可能性はありませんか?」


「そのためにはいくつかの条件を満たさなければならないだろうね」


 イマンもやって来て議論に加わる。アメナだけが向こうで寝息を立てている。


 ──あいつ、威厳たっぷりだった初対面の頃と比べると今は別人だよな……。


「条件、ですか?」


「ホロヴィッツ・ジャザラを誘うには、まず、その人物は『フォノア』の利用契約を結んでいなければならない。少なくとも、貴族イエジェである必要がある。


 次に、最近ホロヴィッツ・ジャザラと対面した機会を得ていた者。ホロヴィッツ・ジャザラは伊達に上位貴族イエジェ・メアーラではない。普通であれば、おいそれと会うことはできない。


 そして最後に、その人物がホロヴィッツ・ジャザラが約束を交わすことができる関係性にあること」


「なんだか事件の犯人の条件と似ているな」


 ナーディラが何気なく発したその言葉に俺は衝撃を受けてしまった。


 つまり、ジャザラと口頭で約束を交わすことができた人物が今回の事件の犯人の可能性がある……。


 ライラは首を振った。


「我はジャザラ様を見守っていた。それに、このところは婚姻の儀を控えて、人と会う機会など──」


 彼女の目が見開かれていく。ナーディラが茶化すように笑った。


「なんだ? 途中でやめるなよ」


 俺はライラの目を覗き込んだ。動揺がそこに見えた。


「何か思い当たる節があるんですね? 教えてください、ライラさん!」


 彼女はゆっくりと口を開いた。


「タマラ様のお子さまの葬儀──貴族イエジェのみが参列したあの場なら……」

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