129:ライラの情報2
ライラの報告は依然として続く。
遠くで火の刻四の鐘が鳴る。今朝目覚めてから今まで、あっという間に時間が過ぎてしまった感じがする。
ライラは地図を指さしている。
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093819271709
「ここの建物の角(④)には夜の間ずっとベカラが居座っていたようだ」
パンと手を叩いたナーディラがライラを指さす。
「お前が『フォノア』に向かう途中で吠えてきたやつだな?」
「ご明察。周囲の人間によると、このベカラは土の刻以降ずっとここに居て、近くを通る者に吠えていた。雨を極端に嫌うようで、我が朝に聞き込みをした頃にも同じ場所に居て、近くの人間に吠えていた」
「誰かが飼っているんでしょうか?」
俺が尋ねるとレイスが答えてきた。
「ベカラは雨に濡れるのを嫌う。雨宿りするんだ。その様子だと夜の間はそこにいたようだな」
レイスの後を引き継いでライラがベカラのまわりに円を描いた。
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093887721387
「おおむねこれくらい近づくと誰かれ構わず吠えていたようだ。だが、土の刻の三にこいつの吠え声を聞いた者はいない」
「それが本当だとすると、事件前後、ベカラのそばを通った人もいないということになりますね」
「リョウの言う通りだ。事件前後の現場付近で移動できる範囲がかなり限られてきたな」
ナーディラは地図に指を這わせて、⑤の女性の人影が目撃された路地辺りを北の方へなぞっていった。彼女の指摘の通り、事件当時に辿れるルートはその辺りくらいしかない。
「その『ランダール』だが、そこの主人が土の刻三に『フォノア』に向かう人影を目撃していた」
「それに関しては俺たちも話を聞いています。頭巾を被った女性ですよね」
「リョウ殿も把握済みか。我の結論は簡潔だ。その人影はジャザラ様だったはずだ」
「現場となった『フォノア』の部屋に白い
イマンの目が地図上の「ランダール」に向けられる。ライラが気を遣って地図にジャザラの動きを示す矢印を書き入れた。
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093887800634
「あの
「なぜ分かる?」
レイスに疑問をぶつけられて、ライラは口ごもる。
「そ、それは……」
レイスは鼻で笑う。
「その
「に、においで分かる! 我の鼻に狂いはない!」
ドン引きされた視線を投げかけられて、ライラは顔を真っ赤にして俯いた。
「まあ、私もリョウのにおいはよく分かるぞ」
「ナーディラ、それはフォローになってない」
ナーディラが首を傾げる。
「“ふぉろー”てなんだ?」
「と、とにかく、あの
ライラが必死で訴えるので、俺たちは力ずくで納得させられた感がある。
レイスの目が光る。
「お前、子をなさない者たちじゃないだろうな?」
ライラが立ち上がる。
「断じて違う! ジャザラ様と我の絆はそのような汚らわしいものではない!」
すごい剣幕で釈明するライラを、イマンは感情の読めない目で見つめていた。
ライラはベッドにストンと腰を落として、再び地図に向き合った。
「『ランダール』の主人、ザミール殿はジャザラ様が通りがかった方だけでなく、反対側の路地の方にも目を向けていた。そちらの方は彼が路地にいた間、誰も通らなかったと言っている」
「この閉鎖された門⑥ってのはなんだ?」
地図をトントンと人差し指で叩くナーディラにライラは地図上にバツをつけた。
「路地を二分するように壁があり、そこに門がある。夜間にはその門は施錠されている」
「門を乗り越えることは?」
「壁に穿たれた口を門がすっぽりと覆っている。隙間はない」
──ますますルートが絞られていく……。
イマンも興味深そうに身を乗り出していた。
「この閉鎖された門のそばに劇団員が居たわけだね(⑦)」
「パスティア・アグネジェ劇場では、一月十日に『
「なんで路上なんだ?」
「新人のようで、度胸を鍛えるために外で稽古をしていたそうだ」
「……昼間にやらなきゃ意味ないだろ」
「我に言われても困る。小心者なのだろう」
ナーディラが真面目な顔でツッコミを入れるとライラもクソ真面目に返して捕捉をする。
「ここでは二人の劇団員が稽古をしていた土の刻二から三の間だった。彼らも近くを人が通ったのは見ていないと言った。ただし──」
ライラがまたもや地図に書き込みを入れる。
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093887890891
「この方向に急な坂が下っていて、彼らは坂の上を見ることはできなかった」
「つまり、門のある路地を素通りする道筋を辿ることはできるということだね」
そのルートを指でなぞるイマンの表情が曇っていく。それに気づいたライラが意味深な表情を浮かべた。
「その道の先にフェガタト家がある」
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093887943495
B:フェガタト家
一同が一斉に息を飲んだのが分かった。
その不穏な空気に俺は口を挟まずにいられなかった。彼女には研究所に招き入れてくれた恩があるのだ。
「いやいや、ちょっと考えてみてくださいよ。ラナさんはジャザラさんと幼馴染なんですよ」
「歴史上、長い付き合いのあった者同士が敵対することも珍しくはない」
ライラが放った言葉に俺たちは沈黙してしまった。
「だ、だけど……」
俺にはその結論に反駁する術がなかった。考えあぐねていると、ナーディラが首を捻った。
「じゃあ、なんでお前は私らを襲ってきたんだ。ラナが犯人だと思ってたなら、私らに敵対する意味はないだろう」
「あの時は我も冷静な判断を欠いていた。執法院調査官が貴様たちを疑っているということは知っていた。そのことが無意識に頭をもたげたのだろう」
「そんなことで殺されかけたんじゃたまったものじゃないな」
「申し開きもない」
(ライラが集めた情報を地図にまとめてくれたよ。
A:ホロヴィッツ家
B:フェガタト家
①:都市機能保全局の作業員による街灯改修作業……土の刻一から水の刻一まで、見える範囲に人影はなかったと証言
②:騎士団による夜間警備訓練……土の刻一から四まで、見える範囲に人影はなかったと証言(②から出ている二本の矢印は現場の方向の視界を示している)
③:公宮門前守衛による監視……事件当夜、③から出ている矢印の視界の中に人影は見なかったと証言
④:近づいた者に吠えるベカラ……雨が降った土の刻二以降、ずっとこの場所に居て近づく者に対して吠えていたが、土の刻三に吠え声を聞いた者はいない(④の周囲の円はベカラが反応する範囲を表している)
⑤:「ランダール」の開店準備作業……ザミールが土の刻三に目撃したのは現場に向かうジャザラだった(⑤の右側の矢印はジャザラの動きを表したもの)
⑥:閉鎖された門……事件当夜、通り抜けることはできなかった
⑦:パスティア・タファン劇団員による劇稽古……土の刻二から三の間、近くを通った者はいない(左上の矢印は下り坂の方向を表していて、劇団員たちからは矢印の始点の辺りは見えない)
何か意見はある?)
~・~・~
地図の情報を総合すると、事件当夜の目撃証言や環境証拠がいくつかの重要な示唆を与えている。
以下、いくつかのポイントを挙げておく。
1. 目撃証言の消失
騎士団(②)、守衛(③)、都市機能保全局の作業員(①)といった公的な監視役は、いずれも「見える範囲に人影はなかった」と証言している。
しかし、ザミール(⑤)は土の刻三にジャザラを目撃しているため、ジャザラがこの時間帯に動いていたこと自体は確定的だ。
つまり、ジャザラの移動ルートは公的な監視の死角を突いたか、あるいは何らかの方法で視認を回避した可能性がある。
2. ベカラ(④)の沈黙
ベカラは「近づいた者に吠える」という特性を持つが、土の刻二以降ずっとこの場にいて、土の刻三には吠え声を聞いた者はいない。
これは土の刻三の時点で、④の範囲内に不審な人物がいなかったか、あるいはベカラが吠えない何らかの要因(馴染みのある人物、鎮静剤など)が作用していた可能性を示している。
3. ルートの封鎖と動線
⑥の閉鎖された門は通行不能であり、また⑦の劇団員たちも土の刻二から三の間に誰も近くを通らなかったと証言している。
このため、ジャザラが⑤の「ランダール」に向かう動線は⑥や⑦のルートではなく、より北側を経由していた可能性が高い。
4. 雨と移動の影響
雨が降ったのは土の刻二以降であり、土の刻三にはベカラが沈黙していた点を考慮すると、ジャザラが移動する際、雨が音をかき消す役割を果たした可能性がある。
特に夜間は周囲の音が少ないため、雨音によるカモフラージュが有効に働いた可能性が高い。
5. 不審な点の洗い出し
これらの情報を総合すると、以下の疑問が浮かび上がる:
・ジャザラは公的な監視を回避して移動したのか、それとも目撃証言に抜けがあるのか?
・ベカラはなぜ土の刻三に吠えなかったのか?何らかの影響があったのか?
・ジャザラが事件現場に向かう過程で、他に目撃者はいなかったのか?
ライラからの追加情報を待つが、特にベカラの反応とジャザラの移動経路の死角について、さらなる検証が必要になるだろう。
~・~・~
(なんでBのフェガタト家の場所をポイントしたかっていうと、土の刻三に利用できるルートがかなり限られていて、その中で利用できる道筋の先にフェガタト家があったからなんだ。
お前が憶えていないかもしれないからフェガタト・ラナについておさらいしておくけど、彼女は魔法・精霊術研究所の研究部門の長なんだ。だけど、実質的に研究所をまとめ上げているように見えた。
ラナはジャザラやカビールと幼馴染で、ライラたちはラナに疑いの目を向けているようだけど、俺には彼女が犯人だとは思えないんだよ)
~・~・~
なるほどな。土の刻三に利用できるルートが限られている以上、その道筋の先にあるフェガタト家は、ジャザラの移動先として考えられるってことか。
ラナの立場を考えると、彼女は研究所の実質的なまとめ役であり、ジャザラやカビールとも幼馴染の関係。
それだけでも十分に事件に関与している可能性はあるけど、お前の直感では彼女が犯人には思えないってわけだな。
ラナが関与していないとすると、ジャザラがフェガタト家に向かっていた理由を考える必要がある。
ジャザラがそこで誰かと会おうとしていた可能性もあるし、もしくはフェガタト家を経由してさらに別の場所に行こうとしていたのかもしれない。
あと、フェガタト家が関係するなら、ラナが事件当夜どこにいたかも重要になってくる。
ライラたちがラナに疑いの目を向けているなら、その根拠をもう少し掘り下げるべきかもしれないな。
ライラたちがラナを怪しんでいる理由について、何か具体的な話は聞いてるか?
~・~・~
またこいつは不思議なことを言う……。
(その質問に答える前に訊きたいんだけど、なんでジャザラがフェガタト家に向かったって思ったの?)
~・~・~
いや、別に「向かった」って決めつけたわけじゃない。
お前の言い方が「利用できるルートの先にフェガタト家があった」って感じだったから、ジャザラの行動と何かしら関連があるかもって思っただけだ。
でも実際には、ジャザラがフェガタト家を目指していたのか、それとも単に通り道にあっただけなのかはまだ分からないよな。
俺が気になってるのは、土の刻三に利用できるルートが限られてるって話なんだけど、それって具体的にどういう制約があったんだ?
例えば、騎士団の警備やベカラの吠え声、閉鎖された門とかが影響してるのか?
~・~・~
(ああ、なるほど。俺が言いたかったのは、事件当時に現場となった『フォノア』に出入りした人物、つまり犯人のことなんだけど、そいつが現場から立ち去るルートは、「人影を見なかった」っていう色々な証言を鑑みると、かなり限られてくるって意味なんだよ。人影を見なかったってことは、その場所とか道を誰も通らなかったってことだろ?
で、そうなると、「誰も通らなかった」っていう証言のない場所を犯人は通ったはずで、その想定ルートのひとつを辿ると、フェガタト家に向かうことができちゃうってことだよ。
だから、ラナに対する疑いも生まれたってわけ。これで理解してもらえたかな?)
~・~・~
なるほどな、整理するとこういうことか。
事件現場の「フォノア」から犯人が立ち去ったルートを考える
・目撃証言の「誰も通らなかった」って情報を基にすると、犯人が通れるルートはかなり限られる。
・その中のひとつのルートを辿ると、フェガタト家に行き着く。
・だから、ラナに疑いが向いてる。
確かに筋は通ってるな。犯人が「誰も通らなかった」道を選ぶのは当然だし、自然とルートが絞られてくるのも分かる。
ただ、俺が気になるのは 「そもそも犯人は本当にそのルートを通ったのか?」 って部分だな。
「他の方法で現場を離れた可能性」もゼロじゃないし、ラナの疑いを晴らすなら、そのルートを使わなくても逃げられる道があったかを考えるのが大事かもしれない。
それと、フェガタト家に行き着くルート=犯人がフェガタト家に行った ってわけじゃないよな?
途中で別の場所に行くこともできるし、フェガタト家に寄った理由が「逃げるため」なのか「用事があった」のかもまだ分からない。
ってことで、もう少しルートの詳細を確認したいんだけど、
「誰も通らなかった証言がない場所」って、フェガタト家に向かう以外にどこか行けそうな道はあったか?
~・~・~
サイモンの問いに答えようと地図に目を凝らす俺だったが、ふと気づいてしまう。
──あれ、これこそ俺がサイモンにやらせようとしてたルート検索ってやつじゃないのか……?
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