第40話「あっ、あの挨拶しなくていいの? ほら、子猫ちゃん(イケボ)ってやつ?」

 大仏のような顔で押し黙る栄太郎。

 そんな栄太郎の反応を気にも留めず、大倉さんは話し続けていた。


「あっ、名前が『Ataro』でまさかと思ったら本当に島田君でちょっと笑っちゃった」


「……あっ、はい」


「あっ、あの挨拶しなくていいの? ほら、子猫ちゃん(イケボ)ってやつ?」


「いや、リアルではその……」


 大倉さんとしては、配信が面白かったよと褒めているつもりなのだが、それは栄太郎にとって辱め以外の何物でもない。


(くっ、殺せ……)


 何やら楽しそうに話す栄太郎と大倉さん(西原目線)。

 当然、栄太郎の事が好きな西原が興味を示さないわけもなく。


「何々? 何の話?」


 2人の話題に入り込む西原。

 栄太郎にとって最悪な展開である。


「いや、気にしなくて……」


「あっ、島田君ねVtuber始めたんだよ。挨拶で「小猫ちゃん(イケボ)」とか言ってて面白いの」


「フーン」


 ニヤニヤと流し目で栄太郎を見る西原。

 やめてあげて欲しい。栄太郎のライフはもう0である。

 それでもまだまだ私のターンと言わんばかりに、大倉さんが栄太郎の配信がどんな感じだったかを身振り手振りを交え、ニコニコと話す。

 それを聞き、ニヤニヤが止まらない西原。


「お、俺、そういえば今日日直だったわ」


 こそこそと教室を出ていく栄太郎。

 教室を出る際に、チラッと西原と大倉さんを見ると、2人が栄太郎を見ながら楽しそうに話している。


(今絶対俺の事笑った!)


 流石にそれは自意識過剰である。というには状況が状況なので仕方がない事だろう。

 演じている時は良かった。終わった後も高揚感に包まれ最高の気分だった。

 だが、それを知っている人に指摘されるのはこれほど恥ずかしいものだとは思わなかった。


 この日、栄太郎は全ての授業が終わるとスマホのメッセージで「今日は先に帰ります」と西原と大倉さんにメッセージを送り、逃げるように家へと帰って行った。

 西原も大倉さんもそのメッセージの意図を理解していなかった。あぁ、帰ってVtuberの配信の準備がしたいんだな程度で。


 急いで帰宅した栄太郎。

 そのまま部屋に戻ると、ベッドの中で頭から布団をかぶり、悶絶する。

 配信で恥ずかしい事をしていなかっただろうかと、不安になりながら配信を見るが、しっかり恥ずかしい内容である。少なくとも栄太郎にとっては。

 枕に顔をうずめ、声にならない声を上げる栄太郎。彼の枕は湿っていたのは言うまでもない。



 その日の夜。

 西原は自室の鍵を閉め、ヘッドフォンを被りパソコンの画面を覗いていた。

 もちろん見ているのは、昨日の栄太郎の配信である。


(栄太郎ったら、普段はどこか弱気で誘い受けかと思ったけど、強引な攻めも出来るじゃない。リスナーじゃなくて私に『子猫ちゃん』って言いなさいよ!)


『京ちゃん、いや、小猫ちゃん。どうしたいか言ってごらん』


『誰が小猫ちゃんよ。だーれーがー』


『俺にとっては、今も昔も京ちゃんは、可愛い小猫ちゃんだよ』


『ちょっと、えー君のくせに生意気よ!』


『必死に強がっちゃって。俺の前では強がらなくて良いんだよ。ほら、にゃんって鳴いてみろよ』 


『うぅ……、にゃん』


 妄想を爆発させる西原。

 内から溢れ出る気持ちを抑えきれなくなり、ジョギングしてくると家人に伝え家を出た。

 獣のような汚い叫び声をあげ、西原は夜の街を走り回る。



 一方その頃。

 

(んほおおおおおお。島田君に小猫ちゃんと言われながら頭を撫でられたい!)


 同じく栄太郎の昨日の配信を見直していた大倉さん。

 だが、こうなっているのは大倉さんだけではない。


(島田パパに飼われたい!!)


(島田お兄ちゃんに、笑顔で首輪をかけられたい!!)


(オタクちゃんに優しいギャル男の振りした鬼畜系じゃん。しゅき!!!)


 栄太郎の事を、我が事のように自慢気に言いふらした大倉さんにより、栄太郎の周りが配信を見ておかしくなっていた。


 後日。自意識過剰から、誰かから見られ笑われているんじゃないかと思っている栄太郎。

 まぁ、実際に彼をチラチラ見ている人はいるのだが。

 次の配信はいつかとソワソワする女子たちに。


 もし栄太郎が羞恥心を感じなければ、人気Vtuberになっていたかもしれない。

 残念ながら、その後、栄太郎がVtuberの配信をする事はなかった。





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