勘に負ける

 次の日に宿屋の店主から狼人について聞いてみると、王都内で住んでいる人はいないらしい。店主の生き物好きは、動物や魔物の他にも、異種族と幅広い。絶対の自信をもって「いない」と言いきれるぐらいの熱意さは感心した。その店主の熱意がロイに向くことになったので、リュークを生贄にしておいた。


「この辺りに狼人が住んでいないかって? 聞いたことはないが、森でそれっぽい匂いがあった場所は知ってるぞ」


 護衛任務を共にした獣人の冒険者は、偵察の際に魔物ではないが何かがいた形跡があったそうだ。優れた嗅覚からは純粋な人ではない匂いが何十人もあったらしい。そのおおよその場所は、王都から近くはないが遠くもない。

 奴隷狩りをしていた人達の行動範囲を知りたいところだ。そしたら獣人の冒険者に教えてもらった場所が、ロイが住んでいた場所だと確信がもてる。


「そういえば、ずっとあの状態のままでいるのかな……」


 情報源として思いついたのは、リュークが植物魔法でぐるぐる巻きにした芋虫男だ。奴隷狩りをされた子達を助けにいこうと決めた後、芋虫男の仲間に見つからないような場所に放置したままだ。


「聞きにいこうかな」


 ついでに憲兵か騎士のところにまで連れて行こう。


 そう決め、私は綿菓子が口の中で溶けていく感覚を不思議がっているロイには宿屋にいてもらう。芋虫男がいる場所は治安が良くない区域なので、ロイは危険なので連れていけない。一人にはしておけないので私と一緒に行こうとするリュークと共に留守番してもらう。

 陽気なリュークなので、ロイにとっては私よりも気の許しがあった。ショックではあるがリュークなら仕方ない。とても信用できる相棒であるので、ロイを任せる。


 取り敢えずどれだけ時間がかかるか分からないので、屋台で沢山昼食を買っておいた。甘い物中心なのは、ロイが好んで食べていたからだ。ロイのために買った服の他にも耳を隠すための帽子で表情は見えにくいが、頬を緩めて食べていたのは分かっていた。

 もう絆されて食べ物を沢山買う私は、リュークが便乗して果物も買うはめになった。財布の中身が心配であるが、なくなれば稼げばいいい。

 私は軽くなった財布はしまっておいた。


「確かここ……かな?」


 暗い道を一本一本覗く。似たようなのばかりだが、この道だけは見覚えがある。

 昨夜のような静けさはなかった。ヒソヒソとした声が、どこからか聴こえる。奴隷狩りの取り締まりで、騎士が来たことを話しているようだった。その騎士はまだ数人がうろついているようだ。だがそのかいあって、この場所に似合わない綺麗な服装をしている私を狙う者はいなかった。

 粗悪な身なりの者からの突き刺す視線は受け流す。そうしているうちに、芋虫男の前まで来れた。


「んん゛〜!」

「とるから。だから騒がないでね」


 ぐるぐる巻きになっている口元の植物を短剣で切ってやる。思いっきり叫ぼうとするので、口いっぱいに魔法の氷を食べさせてあげた。

 男が大人しくなるまで、その状態は続いた。


「一つ聞きたいことがあるの」

「なんだよ」

「貴方達はロイをどこで捕まえた?」

「ロイ?」

「狼人の子だよ」

「ああ。確か―――どこだったかなあ。縛られているから、思い出せるものも思い出せねえよ」

「はぁ」


 溜息をついてから体全体の植物を切ると、男は饒舌に語りだす。


「森だよ。ティナンテル辺りにある森。ちょうど王都に向かう途中に、『助けて』って泣きわめいて来たんだ。多分魔物から逃げてたんだろうな。俺らの人数見て、魔物はどっかいっちまったが。それで助けてやったから、お礼の代金としてそのロイっつうガキは捕まえたって訳だ」

「……そのティナンテルは、貴方達が普段いる領地?」

「ああ。それがなんだ?」

「いいえ? ただ、騎士に提供する情報ができたと思って」


 不愉快だった。私の雰囲気に気が付いて男は逃げようとするから、その前に凍らした。本当は逃してもいいかと考えていたがやめた。こんな男を逃したって、悪いことしかしない。

 聞きたいことは最低限聞けた。切った植物の余りで再び縛る。手と足と口だけなので、切った余りでも十分な量だった。


 身体強化しつつ、男を引っ張っていく。凍らした部分は重たいので、魔素に還しておいてある。

 目指すはこの男のアジトだった場所だ。近くまで行くと、思っていた通り騎士が二人いた。一人は見覚えがある。確か捕まっていた子ども達に笑って元気づけていた人だ。


 この人なら信用できるだろう。二人の騎士の前にどさりと男を放る。


「この男は奴隷狩りしていた内の一人。普段は援助してくれている貴族の領地のティナンテルにいたらしいよ」


 それだけ言って立ち去る。後ろから「はっ? ちょ、待て、おい!」と慌てた声を出すが、ぐんぐん走った。


 だが相手は私を追いかけてくる。引き離そうとするが、地理に詳しくなく身体強化するも距離は開く様子はない。身体強化には限界かあるのだ。そうでないと体に負担がかかりすぎる。

 幼いこの体では強化できる分は少なく、歩幅は小さい。追いつかれるのも時間の問題だ。


 私は角を曲がった瞬間、魔法を構築する。闇に溶け込む魔法だ。一息の時間で発動させ、いくつもある路地の一番暗い場所に入り込む。行き止まりで後悔したが、追いかけてくる騎士にバレなければいい。


 騎士が来た。隠れながらその様子を見る。私がどの道に行ったか、分からないようだった。だかある程度悩むと、「……こっち、か?」と私がいる路地へ来た。隠れる物陰もないのでじっと身動きをしないでいたが、目が合った。


「やっぱりそうだったか」

「……なぜ分かったの?」

「勘だ!」


 ドヤ顔で言われた私は、どう反応していいか分からなかった。


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