龍祇祭
今日は龍祇祭当日である。ニト先輩はあれからエリスを祭りに誘った。舞い上がっているエリスはこの機会に恋が進展しようと意気込んでいて、それが私にも発揮された。
前世でも祭りというものに馴染みがなかったので、私はうきうきで昨夜は寝るのが遅くなった。そのせいで寝坊をしてしまい、起きたら目の前に櫛や服やらを持ったエリスがいた。
お姉ちゃん的存在であるエリスは、テキパキと私の身支度をした。私が寝ぼけている間に素早く寝間着を脱がし、服を着せ、いつもおろしているだけの髪をセットする。
「よし、できた。鏡で見てみて」
髪のセットの後、手鏡を渡される。覗いてみると、リボンを使った編み込みのツインテールだった。複雑なつくりでどうやってやったのかと驚きながら、色々な角度で見る。
「凄い……」
「えへへ、ありがとう」
「ねえ、このリボンって」
紫色である。エリスを見ると、少し照れながら次の言葉を言った。
「今の髪の色でも似合ってるけど、紫だった髪好きだったから。だからせめてリボンで紫色を纏えたらなあって思って」
「駄目?」と私の顔を伺うエリスに「そんなことない!」と言う。
私の母も紫の髪を好いてくれていた。多くの人にとって、髪と瞳に紫は恐れを抱くものだ。その色を好いてくれることは嬉しいことである。
エリスは今髪に編み込まれているリボンをプレゼントしてくれるらしい。私は祭りに行く前から、幸せな気持ちとなった。
龍祇祭ということで、街は人で溢れかえっていた。人族だけでなく初めての猫の耳をした亜人の姿も見えて、祭りの人を呼ぶ効果は大きいものだった。
そんな人だかりを、子供特有の体の小ささを活かして歩く。肩からかける鞄の中にはリューが収まっているが、重くない程度に身体強化をしているので足取りは軽やかだ。
大道芸や吟遊詩人の歌、遠くの地の珍しい品物、屋台など圧倒されるものばかりだ。リューは鞄の中にいてもいつもと違うことは分かるようで、きょろきょろと見ている。
一応、鞄にローブに付着されていた魔法を発動させているので、鞄からはみ出ても真っ暗にしか見えない。
そのため龍とは分からない。私が変な目で見られることにはなるが。
だが今日は祭りだ。いつも窮屈な思いをしているリューに、今日は大人しくしていてとは言わないつもりである。
「ガウー」
「あれが欲しいの?」
「ガウッ!」
喧騒に紛れるリューの声に従い、主に果物を買う。声が周りに聞こえないよう、風魔法でリューの声を私にだけ届かせているが、範囲は小さな声だけだ。大きな声までにすると、目に見えて魔法の風が見えてしまうからである。リューが大きな声にならないよう、素直に指示通り動く。
そうして果物を鞄の近くに持っていくと、ぱっと手からなくなる。鞄の中で食べているだろうが、後で鞄の中身を見るのが怖いものだ。
私も目についた魔道具を買う。そして気付いたのだが、鞄は一つでその中にはリューがいる。
「入れる場所がない」
どうしようかと立ち止まって考えていると、耳元で「ガウ〜〜!!」と大きな声がした。魔法のせいもあって、がんがんと頭が痛いがそれよりも。
周りが「がうー?」「がうって言った?」と困惑している。リューは気にした様子はなく、とある方向に行けと鞄の中で動く。私はその場から逃げるように行くと、そこには。
「土……?」
先程の反省をしてか、とても小さな声でそうだという反応が聞こえた。土のために私はあんな思いをしたのかとプルプルと震える。弁明するように何かを伝える声がするので、よくよく観察するとこれは魔力が潤沢に含んでいるようだった。
リューがじっと眺めている様子から、太古の龍の魔力ではないかと推測する。魔力の質が森で強く感じるのと同じであることが、それを裏付けた。
土の値段を聞くと、驚きの値段だった。きっと森の深くまで潜ってとってきただろうから、その分の手間がかかっているのだろう。手持ちのお金の三分の二は減るが、森の深くまで潜る事は私には難しいので泣く泣く買った。
そして増えてしまった荷物は邪魔となるだけなので、一旦家に帰ることにした。魔道具は結局鞄の中にいるリューに持ってもらう。手でベタベタになりそうだが、踏みつけられて壊れるよりはマシだ。
そうして軽やかでなくなった足取りで歩いていると、哀愁漂うイオの姿が見えた。明らかに元気がないイオの状態を見ていられなくて、「ねえ」と声をかける。イオは座っていたので、パッと上を向いた。
「大丈夫? 元気ないけど」
「……」
返答はないが、それがかえっていつものイオでないことが伺える。私は持っている土を、黙り込むイオの横に置いた。
「なんだこれ」
「土。見ておいて」
あいた手で近くの屋台に行って、何個か食べ物を買う。日の位置から時刻はお昼近くだ。がっつりとしたものを選び、イオに差し出す。
「……いらない」
「じゃあ、持って帰って。日頃のお礼だから」
「礼されることしてない」
「よくエリスにお菓子あげるでしょう?」
お溢れをもらっていることを伝えると、遠慮なくもらってくれた。お腹が空いていたのか食べ始める。私は食べ歩きをしていたので、見ているだけだ。
ものすごい速さで食べ終わったので、他にも買った食べ物をあげる。それらを全て胃に収まったのを見届けてから、話しかける。リューはいつの間にか寝ていたので、しばらくは時間があった。
「何かあったの」
こうは言うが、エリスと言ったときにピクリと反応があったのを見逃してはいない。エリスがニト先輩と一緒にいるところを見たのだろうという考えは当たっていた。
「……エリスがニトの野郎といるのを見たんだ」
「うん」
「祭りに誘ったんだ。だけど断られた。俺の何が駄目なんだろうな」
「エリスを思う気持ちは勝ってると思うよ」
「他には?」
「お菓子をくれるところ」
「エリスはお菓子が好きだったのか」
「いや、私が好きなだけ」
お菓子は美味しい。今世になって、そのことに気付いた。前世は食べても味気ないものだったのに。
イオは「お前の好きなものは聞いていない」睨んだ。魔物と対峙していると、子どもの睨みは怖くもない。ただ睨む程度の元気が出てきたなと思ったぐらいだ。
「……私はイオのことたいして知っていないけど、今みたいに突っかかってくるぐらいの方が似合うよ。だからまだ溜まっているものがあるなら、話してくれていいよ。なんならストレス発散に殴っても」
勿論魔法で防御はするが。 痛いのは嫌いである。
「……なんでそうまでしてくれるんだ?」
「エリスがニト先輩と一緒にいる原因つくったの、私だから。その責任はとらないとね」
説明すると、顔をしかめる状態となった。
「怒った? 殴る?」
「……殴らない」
「別にいいんだよ、思いっきりやっても」
「いい」
「剣は向けて来たのに?」
木剣で勝負をしかけてきた過去があることを指摘する。あのとき躊躇していなかった。
「あのときはお前があんな綺麗なか、…………なんでもねーよ!」
なんだか急にキレられた。背中を向けているので顔が見えないが、まあ元気が出ただろう。私は座っている状態から立ち上がる。
「せっかくの祭りなんだから、楽しまなきゃ駄目だよ」
イオは現在は一人でいるが、きっと友達といただろう。はぐれているだろうから、私が必要以上に引き止めることはしなくていい。
それにリューがイオの声で起きた。もそもそと動く鞄を隠しつつ、土が入った袋をもった。
別れた後、やはりイオとはぐれてしまっていた友達と会った。一緒に遊ばないかと、イオと同じ内容のことを言われる。
だが土を持っていること、他にスノエおばあちゃんに昼に一度家に帰ってくるようにと言われている。詳しいことは言わなかったが、きっと龍関係である。
家に到着すると、おばあちゃんは椅子に腰掛けていた。二人分のコップと飲みかけなお酒が目についた。
おばあちゃんからの目配せから、二階の自分の部屋まで行って土と魔道具を置く。そうすると早くも土のところに植物を生やしているリューである。私は当分そうしているだろうと経験則から判断し、おばあちゃんの元に向かった。
「太古の龍が来ていたんだよね」
「そうさ。だがあんたらが帰ってくるのを察知して、逃げてしまった」
「引き止めることは出来なかったの?」
「ただの人が龍を止めることなんてできないよ」
加えて、毎年太古の龍の住処のに赴いて儀式を行われているが、今年はいつもより時間を早めて始めるらしい。逃げる口述として、太古の龍は逃げる際に用いた。
「会いたいのに逃げてしまう気持ちが、私にはよく分からないよ」
「われてしまうのを避けているだろうさ」
合わせる顔がないと理由として言っているが、人化していると顔の表情から考えていることがバレバレらしい。だが来年か再来年までには、きっと親子の龍は対面できるだろうと言った。
「今日は無理だったが、それまでにはなんとか説得できそうだからね」
今日話してみて手応えがあったらしい。
良かったという言葉が口に出る、その前にカタリという物音がした。物音がした方を見ると窓で、そこから外に飛んでいくリューの姿があった。
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