女子会

「―――で薬が高い位置にあってね。それで困ってるとニトは何気なくとってくれたの」


 エリスは楽しげにニコニコと話す。私はそれに相槌を打ちながら、本当にニト先輩のことが好きなんだなと思った。


 今日はエリスが薬屋の家に泊まりに来ている。リューはニト先輩とスノエおばあちゃんに任せ、私とエリス二人で女子会というものをしている。


 場所は私の部屋だ。最初は最低限の調度品だったのが、リューの魔法から誕生した数たくさんの植物と闇魔法の研究で必要な道具と紙で、凄い状態となっていたのを片付けて、場所を確保してのことである。


 夕食を食べた後ではあるが、恋のトークをしていれば自然と机に置かれたお菓子の数は減っていく。私は誰かに恋をしたことがないので、話し手はエリスとなる。その結果、すぐにお菓子に手が伸びてしまうのを我慢しながら恋する乙女の話を聴くが、延々とエリスのときめくニト先輩のことを話すので、夜のこともあってうとうとしてしまう。


「ねえ、ちゃんと聴いてる?」

「んー……? ……うん、聴いてるよ」

「えー、今寝てたよね」


「起きてー」とほっぺたをぐいーっと引っ張られたので、「いふぁい」と文句を言う。だがそのおかげで眠気は引いた。


「寝るのにはまだまだ早いんだから。いつもこの時間には寝てるの?」

「そんなことないよ。夜中までは起きてる」

「流石にそれは遅すぎだよ。身長伸びなくなるよ」


 最近気にしていることを言われる。


 私より少し高いぐらいの身長であったエリスが成長期でぐんぐん伸びて差が開いているのを、日頃感じていたのだ。

 歳の差が二歳だから、そこまで気にすることでもないかもしれない。だが子どもには十分な睡眠が取れていないのには変わりはない。


「また研究してたんでしょ」

「……だって、夜しか時間取れないもん」

「研究する時間を寝た方がいいと思うけど」

「でもそのおかげで闇魔法、できるようになったんだよ」


「ほら見て」と私は魔法を発動する。魔法陣に組み込まれていた闇魔法は扱えるようになったのだ。きっとエリスには私が闇に溶け込んでいるように見えるだろう。私のいる場所を探るために手で探っている。


「やっぱりクレアは凄いね。魔法を師事することなくできるなんて。私なんて詠唱を省略することすらできない」

「まあ、私は補助する魔道具と本に恵まれていたからね」


 母は冒険者で稼ぎが良かったので、欲しいものは街にあるものなら買って与えてくれた。そして私は強くなりたいと行動した。

 今思い返すと、あの頃の私はとても切羽詰まっていたものだ。


「でもこの魔法、それだけだと役には立たないよね?」

「うん。だからここから何か発展させるつもり」


 魔法で幻影をつくることが出来るようになるのが目標である。そしたら髪と瞳の色を変えて、フードを被る必要はなくなる。


「闇属性を持っていることも隠さないといけないんだよね」

「うん。人族は持っていないからね」


 人族は光、魔族は闇ということで、極稀にその属性の性質の魔力を持つことがある。私は半魔であるからその半々の血を持っているが、多分魔族の血の方が強いのだろう。私が闇属性の魔力を持っているという点で見ればだが。


「……でも特に闘争心とか強くはないのだけれど」  


 エリスには聞こえない声で呟く。母から聞かされた魔族の特徴と、この間買った本をちらりと見る。


 あれは見ていて気持ちが良いものではなかった。現在も数十年に一度の間隔で続けられている、半魔の復讐についてを人族から見た視点の絵本であった。

 ただただ半魔に対する恐れを知らしめるための絵本である。話の内容や半魔の姿が異形であるところから、半魔は絶対悪として書かれていることが分かった。

 復讐をしているという半魔が実際に絵本に書かれている通りなら何も言えない。だが私自身がそう人族と変わりがないところからして、どこか事実と異なる部分があるのだろうと思う。


「やっぱり眠い?」


 絵本に対する不満とだんまりとなった私を見て、エリスがそう言った。


「ううん、違うよ」

「じゃあ、何か考え事?」

「まあちょっとね」


 答えを濁したのだが、「半魔のことについてでしょ」と言われた。

 なぜ分かったのだろうか。


「目線で分かるよ。―――あのね、私はクレアに会うまで半魔は悪いものだって思っていたよ。でも今はそんなことない。クレアは良い子で私の妹弟子だもん。だから、そこまで気にしなくていいんだよ」


 そう言って、ぎゅーっと抱きしめられる。思わず目が点になってしまった。

 ふんわりと笑うエリスの様子から、私はそんなに慰めが必要に見えただろうか。抱きしめられると、よく母が同じことをしてくれたなと思い出して安心する。


「……エリスはきっと良いお母さんになるね」

「え、私、お母さんよりお姉ちゃんがいいな」

「それはもうなってるよ」


 私はお返しにぎゅうっと抱きしめ返した。


 *



 ニト先輩に用事があったので、数ある部屋を虱潰しに探す。なんだか最近は同じ家にいるのだが、ふらっと先輩が帰ってくるまで行方が知らずということがある。今回もその場合であった。


「どこにいるんだろうね」


 あっちへいったりこっちへ行ったりと、せわしなく飛んで探してくれるリューに言う。すると「ガウガー……ウ!」と返ってきた。言葉だけなら何を伝えたいのかは分からなかったが、魔力を動かしたことでようやく分かった。

 それはニト先輩のもつ魔力を探せばいいということだ。 その方法があることをすっかり頭から抜けていた。


「……いた」


 空気中に漂う魔力や薬に含まれる魔力とかの関係ない魔力を無視しつつ、探知する領域を広げていくとあっさりと見つかった。

 家の角にある部屋の部屋の中にいた。隠し部屋のような部屋だ。何ヶ月か住んでいるが、初めて知った。


「ニト先輩、何しているんですか?」


 私は静かに部屋に入り、声をかける。


「うおっ! ……あー、クレディアちゃん。あとリューも。どうしてここに?」


 やけに慌てた様子だった。


「薬草の処理で分からないところがあったので、教えてもらおうと。それでニト先輩は何をしてたのですか。……いえ、何を隠しているんですか」


 手の後ろで何かもっているのを、私は先輩の挙動で感じ取っていた。それをリューがナイスアシストで隠しているものを奪い取る。


「ありがとう、リュー」

「ガゥー」


 リューから受け取ったものは瓶に入った液状の薬らしきものだ。今まで一通りの薬は調合してきたが、初めて見る。そのためじっくり見ようとすると、その前に先輩に奪い返される。


「何するんですが、先輩」

「いや、それは俺が言いたい言葉だからなっ!」

「隠そうとしなければしませんでした。最後にもう一回だけ言います、何してたんですか」


 未だ隠し通そうとする先輩に「エリスに言いますね」と背を向けると、「分かった、分かったから!」と不承不承に私を引き留めた。


「……調合をしていたんだ」

「見れば分かります」

「その、薬のだな……」

「それはもう分かりましたって」


 私は何度同じ言葉を言えばいいのだ。まごついている先輩の頭に乗っているリューだって、ベチベチと叩いて抗議している。そうして暫くしてから、先輩はもごもごと「男が元気になる薬だ」と白状した。


「体が漲るといったところですか? 戦闘職の人とかに好まれそうですね」 

「まあ、うん。そうだな」


 なんだか煮え切れない返事である。まだ何か話してないことがありそうなので追求すると、ボソリと「薬は強壮剤なんだ」と言った。

 リューは首を傾げているが、私はようやくニト先輩の態度の意味が分かった。


「その、自分用ですか……?」

「販売用だっ!」


 はっきりと言われる。まあ、確かにそうであろう。皆働いている中で、そんなことをするはずがない。先輩は仕事を真面目にする人であるから。 


「クレディアちゃんが来て仕事を覚えるのが速いから、時間がとれるようになったんだ。昔はスノエさんの弟子は今より一人二人多くいたからな。そのころに販売してた薬を止めていたのを、最近になって作るようになったんだ」


「求める客もいたことだし」と話を終え、私は事情を理解した。エリスは先程の先輩の様子から、このこと知らないようだ。隠し部屋に関しても同様に。


 男性用があるのなら女性用についての薬もあるのでは。

 そう思い、魔力探知で探すとスノエおばあちゃんの部屋の隣の部屋にあるようだった。


「このことはエリスに言わないようにな」


 先輩に口止めをされ、用事を終わらせてからリューと共にその場を後にした。


「どこ行ってたの」


 長居しすぎたのでエリスに咎められた。素直に謝ると、エリスは優しいので直ぐに許してくれる。


「あとはクレアの分だから、今度はサボらずやるんだよ」


 私がいない間に今日調合する分を終わらせてしまったようだ。邪魔しないようにリューは連れていかれ、私は一人もくもくと魔力を注ぎながら回復薬をつくる。

 そうして魔力が四分の一程度減ったぐらいで、「もうニトなんて知らない!」とバタバタと廊下を走っていく音が聞こえた。瓶に回復薬を移している手を止めて様子を見に行く。丁度エリスが家を出ていく後ろ姿が見えたところだった。


「クレディアちゃん! エリスはどこ行った!?」

「えっと、外です」


 言い終わるや否や、エリスの後を追っていった。


「……もうすぐ納品の時間なんだけどねぇ」

「スノエおばあちゃん」

「あの馬鹿達がいつ帰ってくるか分からないから、クレア、店番してくれないかい」

「うん、分かった」

「すまないね。すぐ戻るから頼んだよ」


 なんだか何なんだか分からない内に、店番することになった。

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