第8話 二人組の正体
「魔法…ですか?」
なぜ、なんのために!?
聞きたいことはあるけれど、これは騒ぐほどのことだろうか。
飲み物の色が変わっただけだ。魔法というより手品に近い。
動揺を隠して、冷静を装った。
慌てているところなんて見せたら、相手に舐められる。
「飲み物の色を変える魔法なんて、可愛いらしい魔法ですね」
私の言葉に、モアディはムッとしたみたいだった。
この人、感情を隠さない人だな。
「いまのはちっせぇ魔法だけどな。こう見えて、モアディは位の高い魔法師だぞ」
「え!?」
クククと、イリは喉の奥で笑いをかみ殺している。
そんなにおかしい事かしら?
「私は王立魔法軍所属です。こんなのは確かに子供だましです」
「王立まっ……ごもごも」
エリート中のエリートじゃないっ。
思わず大きな声で叫びそうになって、イリに口を塞がれた。
「シー」
人差し指を口にあてて、秘密ごとだと制された。
たしかに、魔法軍の魔法師がこんな酒場にいるなんて、おかしい。
私以上に、あやしい。
「なんだその目は」
訝しむ視線が伝わって、考えていることがバレてしまったけど構わない。
王が抱える魔法師は、医術と軍部とふたつある。
その中でも軍部は、医術も習得しないと上がれないからエリート中のエリートということになる。
その存在は、脅威として知られているのでこの国に他国は容易に攻めてはこない。
手厚く護られていて、王のいる城から出ることはないと聞いていたのに。
「あなたが魔法師だとすると、この人は?」
視線をイリに飛ばすと、二人は顔を見合わせた。
私に話していい事なのか、目で相談しているみたい。
「俺はこいつの護衛だ。国の宝になにかあっちゃ困るからな」
「あぁ……」
それは説得力のある話だ。
なにかの理由で動いているのだろうけど、魔法師独りで城外はない。
「で、お嬢さまはここで、なんの社会勉強を?」
イリが、グイっとお酒を流し込み、出されたつまみを口に放り込んでから聞いてきた。
本題にさっさと入ってくれたのは、助かる。
ここは空気が悪いから、早く出たい気持ちがでてきた。
「実は…」
お金を稼ぎたいからとは、直接言えないけれど。
「毛皮を……毛皮を買いたいの」
「毛皮? おいおい、冬が終わったばかりだっていうのにか?」
笑われたけど、私は続けた。
「それと、ハスの毛を……大量に」
モアディは、出されたお酒に口を付けない。
魔法師はお酒を飲まないと聞いたことがあるけど、だとしたらなんで二つ頼んだのかと思ったら、さっと手が伸びてきてモアディの前のグラスをイリがさらって飲み干した。
「ウハイ茶をひとつ」
その行為も不快なのか、眉間のしわが深くなる。
自分で飲むものを注文すると、モアディは私を見た。
「大量に、とはどういうことですか?」
この人が高位の魔法師というのは本当かも。
学園にも時折魔法師が訪れ、講演やその魔法に触れさせてくれることがあるけれど、その「先生」に空気が似ている。
穏やかに刺してくるこの感じ。
乱暴な物言いのイリとは違い、丁寧な言葉を紡ぐのにそれが冷たい温度に感じる。
私を信用していないからだろうけれど。
この人の魔法は、なんとなく氷属性かなと思った。
「商売です。いずれ私は父の跡を継ぎます。でも、私は私の力で資産を築きたい」
「それは、立派なお考えだな」
鼻で笑ったイリが、嫌味のように言う。
イラっとしたけれど、それを飲み込んで私は続けた。
「父にはまだ秘密裏に動きたいのですが、資金も足りません。そこで、価格が安いこの時期に冬の素材を買っておいて、いちばん高い時に売って、資金を増やしたい」
「商売の基本だな」
いちいち嫌味っぽく水を差してくる。性格悪いの?
ちょっとイラっとしたけど、かまわず続けた。
「でも私にはそのパイプがありません。なので街の商人が集まるという酒場で話が聞けたらと声をかけたんです」
しばらく待ってみたが商人らしき人は、店の前にいなかった。
どうしようかと思っているところに、このイリが来て店の前で誰かを待っている風だった。
商人は山賊や盗賊から身を護るために護衛を雇うというから、てっきり雇い主の商人を待っているんだと思ったのよね。
私の勘は外れてしまったけれど。
でも店の中に入っておけば、商人と話せることがあるかもしれない。
壁の方にいる人たちは、なにかの見本を手に対面の人に説明をしているからたぶん商人で間違いない。
ああいう人に声をかければ、ツテにたどり着くと思う。
「甘く見ていると危険ですよ」
私がちらっと見ていた商人をみて、モアディはそう進言した。
危険なのはわかるけれど、私には時間がない。
正攻法でいっていたら、私は首を切り落とされるのだ。
あの冷たい刃が首に当たる感覚を思い出して、ぞくりとする。
「これ、食べていいですか?」
目の前の干し肉を指す。
お腹空いていないと言ったけど、目の前に置かれるとどんな味なのか手を出したくなった。
マリにはよく、「お嬢さまは食いしん坊さまです」なんて言われていたけど、否定はしない。
美味しいものでお腹を満たすのは、私の至福の時だったから。
「なんだ、やせ我慢だったのか」
また鼻で笑ったけど、イリは店員を呼ぶといくつかなにかを注文してくれた。
ここは料理の名前がわからないものばかりね。
家で出ていたのとは、かなり違う。
イリが注文を入れるのを見ると、慣れていてよくここに来ているのがわかる。
護衛なんてする人だから、仲間と来たりするんだろうか。
「美味しい……か、はひゃいけど」
硬いけどと言ったつもり。
「お前本当に公爵令嬢か? 口にものを入れてしゃべるなんて……」
「だってすごく美味しかったから。干し肉って初めて食べました。噛むとお肉の香りが口に広がってきて、もっと噛みたくなる。柔らかくなってきたら、まさにお肉って感じで……飲み込むのもったいない」
正直な感想を述べたけど、二人はあきれ顔。
「お貴族様は、干した肉なんか食べたことねぇのかよ」
「ご、ごめんなさい」
イリの言葉に、思わずあやまってしまった。
ここは城下町だ。
庶民の暮らす領域で、私が配慮に欠けていた。
でも、今夜食事ないかもと思いだしたら、いま食べておかないとと、高まってしまったんだもの。
「いまの言い方は、淑女にも失礼ですよ、イリ」
落ち込んだ私をモアディは庇ってくれたけど。
「いいんです。本当のことだから」
「はい、お待たせっ」
「うわぁっ、いい香り♪」
ドン、と置かれたのはなにかを揚げたものと、赤く炒められた米、それと果実を盛られたお菓子!!
「ぜんぶ食べていいの!?」
「ぜんぶ……」
ぼそりと驚いたのはモアディ。イリは笑っていた。
そういえば、ちゃんと名前を聞いていない。
中に入るのに協力してもらったんだから、名前ぐらい聞いてもいいよね。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「名前を聞くのはいいですが、そんなに食べ物を凝視しながらというのもどうかと思いますがね」
呆れが侮蔑に変わりつつある。
慌てて、食べ物から二人の顔へ視線を戻した。
私が失礼すぎた。
目の前のものに心を奪われすぎてしまった。
「私はモアディ・バイロン、この人は……」
「俺はイリ」
「モアディさんと、イリさんですね。この度は、ご協力ありがとうございます」
これで名前で呼べる。
「さん、はいらねぇよ」
と、イリ。
「私はいります」
と、モアディさん。
面白いコンビだなと思った。
昨日今日の仲ではなさそう?
「ではいただきます! 美味しい! これはなに!?」
コホン、とモアディさんは咳ばらいを一つして大きく息を吸った。
「こちらからジーの揚げ物、カリュの実の酢漬け、ギー、ユッフル」
端から一気に説明してくれた。
私の口の中に入っているのはジー。確か黒い羽を持つ大きな鳥よね。
噛めば肉汁があふれて、口から飛び出そう。
「この酢漬けが付いてるわかる。凄く合うのね」
油が酢で流されてゆく。
飲み込むとき、喉がごくんと鳴ってしまった。
「このお米はケチャで炊いているのね、いいだしを吸ってる」
「お前さぁ……」
「ふぁい?」
食べていいのよね? 私のために注文してくれたものよね? なんでそんなに冷たい目で見るのかしら。
「毛皮商より、飯屋評書いて売った方が金になりそうだな」
なにそれ、いい商売ね。
私が死ななかったら、そういうのもしてみたい。
「金と言えば、良かったら俺らも一枚噛ませてくれ」
「え?」
「イリ!?」
イリの口から出た突然の申し出に、戸惑う。
親切な人たちだとは思うけど、信用していいかはまだわからない。
モアディさんも、驚いている。
目くばせもなかったし、これは勝手にイリが思いつきで言い出したことだ。
「金になんだろ? 俺なら商人のパイプがあるから協力できるぞ」
「ほんとですか!?」
がたっと思わず立ちあがって食いついてしまった。
「イリっ」
今度は突っ走ったイリを窘めるような、モアディさんの口調だった。
でもイリはぜんぜん気にしていない風で、私に耳打ちする。
「俺が信用出来なくても、モアディはどうだ? 学園にくる魔法師にでも名前を出して聞いたらいい」
ここまで言うからには。モアディさんは本当に魔法師なのだろう。
身分が確かなら信用できる。
「この先に、『ハイロー』という古物商がある」
「えっ!?」
まさかイリの口から、キリカのお父さんの店の名前が出てくるとは思わなかった。
「あそこを俺たちの窓口にすればいい。モアディの名前を出せば、言伝をしてくれるだろう」
怪しさは残るものの、店は私も訪れたこともあるしキリカに会いにという理由があれば、誰も怪しまないだろう。
「どういうつもりですか? イリ……」
「別に。面白そうじゃん。お前だって、知りたいだろ?」
「…………」
モアディさんが黙ってしまったので、それを肯定と取ったのかイリはうんうんとなににだか相槌を打つ。
「わかりました。いったんこの話を持ち帰ります。後日連絡を取りましょう」
このあと、キリカの家に行く予定のことは伏せておいた。
信頼したいけれど、いろいろ手の内は明かさない方がいい。
貴族ぽくないと言われても。
「ところで、ここの料理って持ち帰りも用意してくれるかしら?」
私の大好きなものをいっぱい作ってくれた料理長は、もういないのだから。
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