第49話 永遠と愛・名という愛情

 ひとしきり笑いあった後、ふと考える。

 愛を教えるとは、どうしたらよいのだろうかと。

 ウィスティリアは、教えられるというほどに愛を知っているわけではない。

 たった今、奪われるだけではなく、愛もある人生だったと気が付いたばかり。

 あたたかな、気持ち。

 伝えること。伝わること。

 それから……愛を示すということならば……、示す……、そう、宣言。


 考えた後、告げた。


「やはり、結婚式の誓いでしょうか……?」

「は?」


 自分で納得して、こくりと頷いたウィスティリア。

 そして、まっすぐにガードルフを見つめて言った。


「わたし、ウィスティリア・リードは、病めるときも健やかなるときも、ガードルフ様と共にあり、永遠の愛を捧げることを誓います」


 結婚式の誓いの言葉。

 定型でしかない文の中に、気持ちを込める。


 教えるなんて、偉そうなことはできなくても。

 この世界に神様がいなくても。

 誓うことならできる……と。


「この命果てるまで、わたしは、ガードルフ様と共にあります。そして、わたしが死を迎え、肉体も魂も無くなっても。この想いがずっとガードルフ様の心の中に残るよう願います」


 願う。

 すぐに死んでも。

 ずっとガードルフがウィスティリアを記憶してくれるのならば。

 永遠とも言える時間を生きるガードルフが忘れずにいてくれるのならば。

 ウィスティリアの愛は、きっと永遠になる。


 たとえガードルフが、ウィスティリアの次に誰かを愛したとしても。


「覚えていてください。わたしを」


 ウィスティリアはガードルフの両手を取って、その掌を自分の手で包んだ。


「これが、わたしの手」


 そして、そのガードルフの手を今度はウィスティリアの頬に触れさせた。


「わたしの頬」


 それから、胸に。


「心臓の鼓動が伝わりますか?」

「あ、ああ……」

「この鼓動が止まるまで、わたしはずっとガードルフ様を思います。あなたがしあわせでありますように。嬉しいことがありますように。願い続けます。ううん、鼓動が止まるまで、じゃない。止まっても、たとえ無になっても、ずっと……」

「それが、お前の愛か……」

「はい」


 楽しかった。

 嬉しかった。


 使用人のみんながしてくれたこと。

 涙があふれるほどの優しさ。


 同じように、今度はウィスティリアがガードルフに伝える。


「わたしは、愛など知らないと思っていました。でも、ガードルフ様のおかげで気が付いたんです。愛を、受けていたなあって。辛かった時、リード子爵家の使用人たちが、わたしに優しくしてくれた。あれが、わたしの知る愛です。だから、わたしは男女の愛とか家族愛とかはガードルフ様に伝えられないけれど、使用人のみんながわたしにくれた優しい気持ちなら、誓うことができます」

「そうか……ならば、私もウィスティリアに誓うとするか。誓うが、嗤うなよ」

「何を誓ってくださるのですか? それに笑うではなく、嗤う……?」

「……私にも親という存在がいてだな」


 親っ! と、うっかり叫び声を上げそうになった。

 人間とは異なる存在だと言え、ガードルフも生きている以上、生まれてきたはずだ。ならば、親という存在もいるだろう。

 だけど、想像したこともなかった。


「ガードルフ様のお父様とお母様……ですか?」

「ああ。私の種族は人間の赤子とは違い、生まれて名を付けられた後は、即座に自我に目覚め、自立する。だから、親に育てられるわけではないのだが……」


 人間も、ガードルフの種族と同じように生まれてすぐ自立できる生き物だったら。リリーシアの面倒など見ずに済んだのかもしれないと、ウィスティリアは少しだけガードルフを羨ましく思った。


「生まれてほぼすぐに親元から離れる故に、その……なんというか、つける名前に山ほどの愛情を込める……らしいのだが」

「なるほど。ガードルフ様のお名前は、ご両親が考えてくださった愛情の証ということですのね」


 名前が愛情なんて、素晴らしいですね……と、続けるはずだった言葉が止まった。

 ガードルフが顔をしかめたのだ。


「ガードルフ様?」

「……それは私の名前のいわば短縮形というか、私が他者に名乗る時に使っているものでしかなく。……親が付けた本名ではない」

「えっと、では、ガードルフ様には別のご本名があると」

「ああ。……頼むから笑うなよ」

「笑いません。だって、大切なお名前でしょう?」

「まあ……、両親が悩んで考えた素晴らしい名前を、全てくっつけてしまったらしいのだかな……」


 ぼそりと告げられた名は、一度では聞き取れなかった。


「え、っと……」


 笑いはしない。嗤いもしない。だけど。


「ウルフ、シュレーゲル、スタ……。ご、ごめんなさい。聞き取れなかったです……」

「……こんなに長い名など、あまり名乗りたくはないのだが、誓いであれば正式名称を告げるべきだろう。が、別に覚えなくてもいい。呼び名はこれからもガードルフで構わない」

「は、はい……」


 だけど、ガードルフの名なら、ご両親が愛を持って付けた名であるのなら、きちんと覚えたい。そう思った。


「私、ウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフの名において、誓う。私は愛というものは知らん。親がつけた愛情がこもっているはずのこの名前も、実はふざけて付けたものなのではないかと疑っている。だが、これから先、ウィスティリアと共に愛を知って生きたいと思う。これから、二人で、命尽きるまで。慈しむことが上手くできるかどうかはわからんが、いつかの未来で、ウィスティリアを愛せればいいと思う」

「ガードルフ様……」


 いつかの未来は来なくても。

 この誓いを、今、ここで、してくれたこと。

 それが嬉しくてしあわせだ。


 神はいない。

 招待客も親族もいない、二人きりの誓い。

 この場所は、結婚式を執り行う教会でもない。

 だけど、今二人でいるこの場所は、かつて人が住み、月を神として崇めた神殿だ。


「結婚式、みたいですね」

「そうだな。では、永遠の愛となることを願って、誓いのキスでも交わすとするか」


 ガードルフはウィスティリアの頬をそっと包む。

 そうして、ゆっくりと唇に、触れた。

 穏やかで、優しくて。だけど、どこか熱い。お互いがお互いを欲するようなキスだった。

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