シゴ語り

泡沫の

霊視






 朝、目が覚めると

もう見慣れた木製の天井が目に入る。

ピピピ…とうるさくなるケータイアラームを勢い良く止め

そのまままた布団に突っ伏する。

 数分後、またピピピ…と鳴った音にイラつきを覚えながらも

なんとか起き上がり、とめた。


 最初こそ慣れなかった寮生活も、もう1ヶ月となる。


 私の通う高校「先端技術高校」は、治安が悪い地域に建つ。

プログラミングなどの技術や科学を学びたい人がだいたい1%で

 あとは、全日制高校に行き場をなくした人たちの最後の砦。

そんなイメージだ。

私は一応前者ではある。


起きたあとは、自分の半分ほどの高さの冷蔵庫を開けて、中身を確認する。


………なんにもない。


昨日買っておけばよかった、と後悔するような量。

まともに食えるものがない。

しょうがない、朝飯抜きか。


 やってしまったからにはしょうがないので、割り切って歯磨きを始めた。

鏡の前で寝癖の酷い頭を見ながら、歯を磨き続ける。


今日も、また1日が始まるのか


気だるげな脳がそう言う。

 ここ1ヶ月、いいことがまったくなかった。

今日なんて格好の例だ

朝飯抜きだし。

 なんなら、一昨日なんて晩飯抜きだった

買いにいくのがめんどくさかっただけだけど。

うだうだと考えながら

歯磨きを終えた。


 その後、ほぼ意味を成さない制服を着るために、ズボンを履いた。

うちの高校は、男女ともにズボンOKなのだ。

その上に、カットシャツを着て、黒い上着を着る。

クラスにも、ちゃんと制服着てる人なんていないし、どっかか改造してる。

まあ先生は許してるからな。


 ある程度準備が整い、カバンの中身を見た。

…あ、今日日本史ある。

どこにあるっけ…。


思い出せてよかった。

先に、入れられるスペースを作ろうとカバンの中を整理する。

時計も持っていかないと、教室の時計ちょっと違うからな…

 そう思いながら、時計を見た。


「あ、やば」


もう遅刻スレスレだった。

寮生活だからといって、時間にルーズにしすぎてしまう

こんなのもうしょっちゅうだけど。


カバンを背負い

駆け足気味に、隣の高校に向かった。



○○○



 教室の扉を開ける。

 すると


「うわ、まじで!?」

「そーそー!めっちゃキモいよね!」

「すげぇなそれ!」


うるさいヤンキー共が教室の真ん中で騒いでいる。

これも、もう慣れたものだ。

 でも、まだあのヤンキーの中心人物がいない。

遅刻か?


まあ、私には関係ない。


 そう思いながら、席に座り

1限目の用意をしようと、カバンを漁った。


「…あ」


なかった。

1限目の、日本史が。


最悪。


 ダッシュで取りに行けば、先生が来るまでには間に合うけど…


どうしよう…。


…いや、この前も忘れて、先生に怒られたばっかだし

これ以上怒られたくないから取りに行こう。

 私は、教室を出て

寮に向かって走り出した。



○○○



ない。

ない、ない。


どこにも、ない。


 寮に帰ってから、すぐに探した。

けど、どこにもない。

いつもの棚にも

机の上にも

ベッドの上にも

キッチンにも


ない。


このままじゃ、遅刻になる…

諦めるか…。


そう思って、部屋から出た。

すると


「あ、そこのキミー」


聞いたことがある声が聞こえた。

その方に振り向く。


「ごめんね、いきなり」


 そこにいたのは、クラスの中心人物

女癖の悪いと噂のチャラ男

謎に成績のいいヤツ


神陵恵玲斗、がいた。


いや、ここ女子寮なんだけど…


「これ、キミのでしょ?」


そう言われて、手元を見ると

「獅子目麗」と書いてある日本史の教科書があった。


「あ、そう、だけど」

「ごめんねー、隣の席だから間違えて持って帰っちゃったみたいでさ」

「まあ、大丈夫です」


何だ、そういうことか…

よかった、見つかって。


「またあとでー」

「…はぁ」


そう言って、教室の方に踵を返した。

すると


「なんじゃなんじゃ、せっかく教室に忘れたって言っておったから、隣の寮から取って来てやったのに」


まるで、時代劇から出てきたような口調

普通、今の時代に聞くことがないはずなのに。

違和感。

後ろに、おかしな雰囲気。


躊躇なく

後ろを振り返った。

振り返ってしまった。


「いらねぇっつったろうが」


小声で話している

けど、研ぎ澄ました耳には

完全に

会話しているように聞こえる。


あのチャラ男と

もう片方に

白く、狐の耳と9個ほどの尻尾の生えている、子供の姿をしたヤツが、浮いていた。


「…ぇ」

「…お?」


小さく、こぼれた。

たった一言の言葉。


それだけで

この物語の歯車が

回り始めてしまった。


「なんじゃ、あの娘。」

「ワシが」


「視えておるのか?」


「…あ?」


2人

いや、一人と一匹が

こちらを振り向いた。


「…なぁ、キミ」

「コレ視えてる?」

「コレとはなんじゃ!!」


プンスカ怒っている。

…視えてる。


それを聞くってことは

やっぱり、このチャラ男も…


「……………うん」


…視えている。


「…まじで?」

「…うん」

「まじか、視えてるヤツと久しぶりに会ったわ」

「…」


ほんとに驚いた顔をするチャラ男。

そして

ゆっくりとその口を開く。


「…なぁ」

「…はい」

「1限目、サボらね?」

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