第13話 受け継ぐ者


「何……?」

「どうなってるの?」


 クラスメイト達の声が微かに聞こえる。

 視界を遮る煙中えんちゅうから、散在する人影が鮮明になっていく。

 

 そこで待ち受けていたのは、上席から見下げる仮面の女性の姿であった。

 

 俺達が立つのは聖堂の真ん中。


 すると、エルゼと名乗る女性が仮面の女性と入れ替わり、事の経緯を説明し始めた。

 

 『祖の女神』『魔法数』『魔導書』。

 聞き覚えのある単語が度重なると、俺は疑念を抱く。


 まさか、この世界は……。

 そして、同時に黒野綴の名前が頭を過る。


 魔法数マジカルナンバー……。

 やはり、同一の世界と考えるべきか。

 

 先程の仮面の女性は祖の女神だという。

 その女神の転移魔法により、俺達クラスメイトはこの異世界に飛ばされた。


 そして、勇者候補となり、敵対する魔王軍と戦う為、これから育成を受けるという。


 彼女等の指示の元、魔法適正と魔力測定を行う円陣に一人ずつ入ると数字が綴られた帯状の光が発生し、次々にその才が判明していく。


 そして、最後に俺の番がやってきた。


 その魔法陣に足を踏み入れるが、前人の様な現象は起こらず、不穏な空気が漂った。


 異世界人達が怪訝な表情を浮かべると、上段に立つ中年の男性が祖の女神に近付いていく。


 そして、エルゼは口火を切った。

 

「皆さん、聞いて下さい。この世界に置いて、魔力を持たない者は異端者となります。彼は異端者として、女神様により断罪されます。女神様直々に手を下して頂けること、それは即ち彼にとっての救済なのです」


 異端者……。

 早すぎる展開に理解が追いつかない。


 俺はその説明に耳を傾けながら、マジカルナンバーの展開を思い起こしていた。


 これはおそらく、転移魔法だ。

 創作物でよく見る光景だが、マジカルナンバーのストーリーにそんな記述はなかったはず。


 だとしたら、この世界は既存の物よりも先の時代。

 もしくわ、彼女はifルートを書き綴ったのか……。


「質問よろしいでしょうか?」


 沈黙するクラスメイト達の中で、煉が一声上げる。


「どうぞ」

「その救済とはいうのは……つまり、どの様な処罰なのでしょうか?」

「…………」


 すると、後方から祖の女神が現れ、俺にこう告げた。


「――無の異端者は、ここで処刑します」


 異世界に召喚され、ものの数分で死の宣告を受ける。

 クラスメイト達はそれぞれに反応を見せていたが、結果として、その決断を受け入れつつあった。


 おかしい。

 友達とは言えずとも、顔馴染みである人間が今この瞬間にの淵に立っているというのに、この空気感は尋常ではない。


 ふと、黒野に目をやると、いつもの様にポーカーフェイスで無言を貫いている。


 俺は親友の三人ならと希望を抱いた。

 煉と朔は悲しみに暮れながら、顔を俯いている。


 重たい空気が張り詰める中、幼馴染の陽菜が口火を切った。


「女神様! 私達はまだこの世界のことを何も知りません。どうか処刑だけは……」


 すると、側近の一人が彼女の発言を遮る様に声を荒げる。


「黙れ小娘! 勇者候補と言えど、女神様に異論を唱えるなど!!」

「構いません。彼女の人を尊ぶ心は勇者の資質とも取れます。しかし、これは世の定めなのです。魔法の才を持たない者は、ここで裁きます。これは異端者の為でもあるのです」

「……そんな」


 女神の説得を受けると、彼女は泣き崩れ、顔を手で覆った。


 クラスメイト達の殆どが俺に蔑みの視線を送っていた。


 その瞬間、頭に一つ言葉の可能性が過った。


  『洗脳』。


 俺は事の真相を確かめるべく、声を上げる。


「……ふざけるな」


 当事者を除く話し合いに何の意味もない。


「――――!!」


 黙り込んでいた俺が啖呵を切ると、周囲の人間は視線をこちらに集中させる。


「転生して、たかだか数分で俺達の運命が決まるだと……。馬鹿言うな」


 すると、再び女神の側近が先程よりも怒りを表す。


「貴様……! 勇者候補でもない異端者が女神様の決断に口を挟むな!!」


 そして、クラスメイト達に視線を向けると、何人かが続いて声を発した。


「あの人はもう救えない」

「一哉……貴方にはがっかりだわ」

に口答えするなんて……死ね!」


 卯月は殺意の高い言葉で俺を侮辱する。


 女神様か。


「…………っふ」


 俺は思わず失笑する。

 僅かな時間で異世界人を崇拝し、顔馴染みのクラスメイトを切り捨てるなど、並みの人間の倫理観なら、その判断は出来るはずがない。


 俺はよほど彼女に嫌われていたらしい。


「一哉、女神様に謝って……」


 そして、陽菜までもが十数年を共に生きた俺よりも数分の関係値の女神に信用の天秤を傾けていた。


 不快だ。


「……黙れ」


 祖の女神はその場から一歩踏み出すと、下に佇む俺に手を向けた。

 俺はそこで初めて仮面の彼女と視線を合わせる。


「――――!?」


 その瞬間、俺は忘却の彼方に忘れ去られた二人の存在を思い出す。


 何故、彼を――。

    彼女を忘れていたんだ――。


 女神は何かに動揺し、動きを止めた。


 どうして……。

 俺は一度、朔に視線を移した。


「…………」

「――――!」


 騎士の男は静止する女神に異変を感じ、声を掛ける。


「女神様……?」

「……いえ、大丈夫です」


 、そう確信した。

 国外追放の余地すら与えられない、迅速な対応に常習性を感じ取る。 


「何人殺したんだ……」


 俺はその場でボソッと呟く。

 そして、女神の反応を引き出し、疑念を確信に変える為、挑発する。


「お前等にとって余程、異端者の存在は都合が悪いみたいだな?」

「ええい、黙れ!!」


 女神よりも側近の一人が分かりやすく感情を露わにしている。


 やはり、彼女等にとって異端者は不都合な者らしい。


 この瞬間にも死は刻一刻と迫っている。


 ここで僅かな抵抗をしようとも、人数の暴力と魔法で抑えられるだけだろう。

 今の俺には戦う術も策も持ち合わせてはいない。


 女神の制裁とやらを受け入れる他ないのだ。


「…………」


 なら、せめて最後の瞬間まで抗ってやる。


 女神の意志とこの世界に。


「俺はここで死ぬだろう。だけど、必ず俺と同じ意志を持った者が現れる。あんたは戦い続けなければならない――その意志と」


「――――ッ!」


 俺の言葉に女神が一瞬、苛立った様に感じた。


 彼女は仮面の下で、どの様な表情をしているんだろうか。


《0.775187896580317891378136813789161837861…………》


 そして、頭上に広がる魔法陣から大魔法が放たれる。


 この瞬間、5人の思考は巡った。


「(引き返す道はない!!)」

「(似ている……。しかし、そんな筈は……)」

「(私は……どうして……)」

「(彼ならきっと……)」

「(ここは女神の加護を信じる他ない)」


「――女神アテーナ制裁・サンクティオ!!」 

 

 その刹那、俺はまるで呪いの様に小さく呟く。

 

 ここで肉体が消えようとも、この意志は不滅だ。


「必ず殺しにいく――」 

 

 女神の大魔法は聖堂内に大きな光と衝撃を与えた。


 そして、一人の異端者はその場で裁かれて、その姿は完全に消失したのであった。

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