ノットナンバー -無の異端者がセカイを壊す-

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第1部

Side story

第1話 その女神、仮面の少女


 かつて、人々の争いに痺れを切らした神は戦地に災厄をもたらした。


 その災厄から祖の女神は人々を護り、その代償として四散し、消滅したのである。


 そして、女神の遺産は7つの魔導書に形を変え、ダンジョンの最深部に眠ったという。


 冒険者によってダンジョンが攻略されると、魔導書は様々な者に魔法の恩恵を与え、都市や街はいちじるしい発展を遂げ、王都と魔都を中心に五つの小国が生まれた。


 そして、新たに一つの伝説が世界に伝播でんぱする。


 『7つの魔導書を集めた時、祖の女神は復活し、一つ望みの魔法を授けられる』というものである。


*


 そして、数百年後、歴史は繰り返される。


 光の魔導書を所持する王国と闇の魔導書を所持する魔王国は再び争いを始めた。

 

 私は『の女神』として、どれだけの功績と罪を重ねただろうか。


 王国の権威と平和の象徴として存在した祖の女神。

 私はその伝説の体現者として継承を受け、今の地位を得ている。


 戴冠式たいかんしきの際、国王は言った。 


 『全ての魔導書を手にし、国家を一つにまとめることこそ、悠久の平和への第一歩だ』と。


 私はその意見に賛同し、この大役を担っている。

 前任の祖の女神は私達をこの世界に招き、その後、その重責から逃げ、姿を消したという。

 

 私はそんな無責任な真似はしない。


 その日、私は誓った。

 必ず、この世界に平和を齎してみせると。


 この王都に来て早数年。

 

 元の世界の記憶は薄れていく。

 共に勇者候補として転移してきた嘗ての仲間達は魔王軍との戦争で全滅し、私だけがこの世界に取り残された。


 戦場に転がる仲間の死体と墓標に刻まれる見知った名前。

 脳裏に浮かぶのは、いつもこの記憶だ。


 仲間の死を無駄にする訳にはいかない。

 いつの日か、私はその使命感に取り憑かれていた。


 私は王宮の一室で王都を眺めながら、椅子に腰を掛けている。


 ふと鏡を見ると、不眠による隈が浮かび上がり、陰鬱いんうつ様相ようそうが映し出されいた。


 これが私、矢矧麗奈やはぎれいなの姿である。


 この国では珍しい黒髪に茶色の瞳。

 王都の人々がまつり上げる祖の女神の正体がこれだ。


「…………」


 私は魔法の才が誰よりもあった。

 既存の魔法に属さない魔法数を持つ、少女。


 ただ、それだけの存在だった。


 三度みたび繰り返される戦争で、また勇者候補が全滅したと聞く。


 人員の補充を行う為、再び転移魔法を生成することとなった。


 コンコン……。

 自室の扉がノックされると、私はすぐに机の上に置かれた仮面をつける。


「どうぞ」


 そこに現れたのはつややかな金髪と碧眼へきがんを持つ少女だった。


「仮面は大丈夫よ」


 彼女はこの国の王女、エレーナ・グランティア。

 私が祖の女神となって以降、こうして度々会う間柄となり、この世界唯一の親友と呼べる存在。


 私は仮面を外し、机に下ろす。


「レイナ、やつれてるじゃない……。ねぇ、大丈夫なの?」

「えぇ……」


 彼女は心配そうに私を見つめ、正面の椅子に座った。


「戦争でまた勇者候補が亡くなったと聞いた」

「そうね……」

「また次の犠牲者を呼ばなければならない……」

「レイナ、よく聞いて。あなたの罪はあなた一人のものではないわ。この国の罪よ」

「…………」


 ふと嘗ての記憶が蘇る。


 三度目の転移魔法を終えた時、その中に私と同じ資質を持つ青年がいた。

 名を更科伊吹さらしないぶきという。


 私達はその力に希望を頂き、今度こそ戦争が終わると信じてやまなかった。


 しかし、伊吹は国家の思想に反発した。


 『あなた方の行いは侵略行為に他ならない。この思想が根付く限り、この国に肩入れすることは出来ない』。


 彼の意見は正しい。


 だが、それは飽く迄も歴史の外野にいる人間の主張に過ぎない。


 私はこの世界の歴史に触れ、この世界の過ちを知っている。


 彼の理想が実現されないことは、過去の歴史が証明している。


 『共に戦争を終わらせてほしい』。

 私は同郷で同じ才を持つ青年に何度も説得を試みた。


 だが、 伊吹の主張は一貫していた。


 『今ある平和で満足し、他国を脅かすのはやめろ』。


 それからも私達の意見は平行線でお互いに歩み寄ることは出来なかった。


 そして、遂に伊吹は国を出て、王都から姿を消した。


 それから、数年の時が流れた。

 戦争で両軍、壊滅的な被害を受けた戦地からたった一人、敵国の兵士がこの王都に侵入したと知らせを聞く。兵士は光の魔導書の奪取だっしゅを試み、王都の聖堂に向かったいう。


 私と数人が現場に向かうと、次々と護衛の兵士達が薙ぎ払われていた。


 そして、そこに現れたのは嘗て国を出て姿を消した伊吹の姿だった。


 彼はあの後、魔王国に渡り、多様性を重んじる国家の在り方に感銘を受け、魔都に滞在していたらしい。


 伊吹は両国の思想や文化に触れ、魔王軍に肩入れすることを決心したという。


 彼は戦う前に私に向け、一言告げた。


 『僕とあなたは同じだ』。


 私は女神の護衛騎士フォル・クロノと共に、伊吹を殺すことを決意する。


 戦いは熾烈しれつを極めた。

 彼から繰り出される異才の魔法に、同等の魔法を当て相殺する。


 彼はフォルの剣戟をいなしながら、間髪入れずに魔法を生成し、私に攻撃を放つ。それを魔法の障壁で弾くと魔法の光線は王都の民家に直撃し、建物は倒壊していく。


 『(これだけの力があれば、戦争を終わらせられたかもしれない……)』。

 私は彼と対峙する中で、そう何度も思った。


 戦場からの連戦で満身創痍の彼は次第に手数を減らしていき、魔力も底を尽きようとしていた。


 私の度重なる妨害魔法に連携し、フォルが巧みな魔法と剣捌きで致命傷を与える。彼は片腕を落とし、次の魔法を即座に生成すると、鋭い一撃は私の頬をかすった。同時に仕掛けた重力魔法の一撃が直撃すると、彼は地面に転がり、仰向けに空を見上げていた。


 彼の眼前に魔法陣を形成し、とどめの一撃を放つ。


 その瞬間、伊吹は最後に私に対してこう言い残した。


 『この戦渦に居る限り、争いは終わらない。あなたは戦い続けなければならない。それはまるで……呪いだ』。


 その言葉は私の心に深く刻まれた。

 

 『(同種の人間ですら分かり合えないというのに、悠久の平和など……)』。

 死に際に放った彼の言葉で、私の気持ちは少し揺らいだ。


 この事件は“勇者候補の裏切り”として、王宮内に衝撃を与えた。

 国王はその事実を伏せ、王宮内に口止めを図り、魔王軍の侵略として王都の人々に伝わった。


 そして、数年後――。

 次の勇者召喚の儀式が行われた。


 私達は同じ過ちを繰り返さない為に、聖堂内に洗脳魔法を充満させ、異世界人の意志を服従させることを決意した。


 彼等の意志を支配し、戦場に送り出すことは歴史の犠牲に他ならない。

 その罪の意識に苛まれながら、私は己の倫理と戦い続けた。


 いつか訪れる平穏な日々を目指して……。


 それから、何度目かの勇者召喚の儀式の際。

 

 一人の青年の反応に違和感を覚えてた。

 彼はクラスメイトの様子に異変を感じ取っていた。


 そして、彼が魔法適正を見る為、魔法陣に踏み入ると、魔法数は既存の7属性を示さなかったのである。


 すぐに私と同じ才能の持ち主だと気付いた。

 同時に判明したことがある。


 この無属性の所有者には洗脳魔法が効かないということだ。


 私達の脳裏には伊吹の存在が頭を過る。

 異世界人の戦力を他国に流さない為、加えて可能性の阻止。


 それは即ち――最優先事項として置かれる、に当たる。

 

 その場ですぐに協議し、決断は思いの外早かった。

 同じ轍は踏まない。その意識は首脳陣に共有されていた。


 そして、彼を魔法を持たない“無”の同じ思想を持たない“異端者”として、葬ることを伝え、その審判を下した。


 彼は多少の動揺の後、冷静さを保っていた。


 そして、小さく微笑んだ。

 私はその様子に不気味さを感じ、彼に何か策があるのかと警戒した。

 

 この聖堂内に死角はない。

 張り巡らされた魔法防壁の結界に、洗脳魔法。集団の全員が王国の支持者で、女神の護衛騎士を始めとする腕利きの側近達、数的優位は保たれている。


 それに加え、彼はまだこの世界に来て数分。

 魔法のことは何一つ知らない筈だ。


 せめて一瞬で。


 私は彼の頭上に魔法陣を生成した。


 すると、彼は死を悟ったかの様に私を見上げ、言葉を発した。


『僕はここで死ぬだろう。だけど、必ず僕と同じ意志を持った者が現れる。あなたは戦い続けなければならない――その意志と』


 そして、彼は無抵抗のまま魔法の光に飲まれ、その姿は消滅したのである。


 私に一つ、傷を残して。


※追記

視聴ありがとうございます。

☆、コメント頂けると作者のモチベに繋がります。


1~4話:女神視点。

5~10話:一颯視点(前転移魔法)。

11話~:本編。

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